1ー09 ダンジョン(前)

 ――◆ side:神近洸哉 ◆――



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神近=洸哉(カミチカ=コウヤ)   15歳:男♂

  初期ステータス

   レベル:1   職業:盗賊

   生命力:1300/1300   精神力:1803/1803

   攻撃:426

   防御:695

   魔法:696

   素早:934

   命中:708

   知力:698

   運 :88

   特殊技能:剛力

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 城の裏庭に用意された馬車に男女二手に分かれて乗り、身を揺られる。


 洸哉達がこれから連れて行かれるのはこの国最大のダンジョンだ。一部を除いてダンジョン行きは乗り気ではないため、馬車内の空気は重い。


 この世界に召喚されて初めて城の外に出るのだが、この移動の間外の景色は見ることができていない。外の世界を意識させないためか洸哉達の存在を知られないためか、馬車についた窓はカーテンどころか雨戸のような板で塞がれていた。


「着いたぞ、降りろ。」

「………。」


 唯でさえ緊張で身を硬くする洸哉たちであるが、その空気を更に硬質化させるのはダンジョン行きに同行する人物が原因だ。


「我々が支度している間、お前達はダンジョンに潜る気構えでもしておけ。いいな、逃げるんじゃないぞ?」


 召喚の時と国王への謁見以来まったく顔を合わせなかった騎士団長のガバリルアス=ダント。

 初対面の時の剣幕は漂わせないものの、威圧的な雰囲気を放ちながら同じく同行する4人の騎士とともに乗ってきた馬車を脇に装備を点検している。




 洸哉達は彼らから少し離れた位置に集めて待たされた。騎士達とは距離は少し開けてはいるものの、それとなく逃げることはできないように警戒されているのが分かる。

 視線を動かして仲間達を見ると女性陣は不安げな顔、直輝と隼嗣はニマニマと初のダンジョンということで変な笑みを浮かべて武器を握りしめていた。


 洸哉はガバリルアス騎士団長を視界に収めながら、静かにゾラと方へと近づく。


「ゾラ、一人何処かに行くんじゃないぞ?何があろうと、お前の事は絶対に守ってやるからな。」


「んー………うん?」


 別の方向を見ていたゾラはピクリと動きを止める。驚きのあまり宙でクルリクルリと回していた指を止めて何度も瞬きを繰り返していた。

 その様子を見ていたのか仲間達もギョッとした表情で振り向いたことで、洸哉は自分が何か変なことを言っただろうかと眉を顰める。


「? どうかしたか?」


 疑問符を浮かべる洸哉の様子にゾラはつつつと身を引き、代わりに獅乃が前へ出る。何かを探るような顔で。


「この顔、天然かなぁ。」

「…話には聞いていたけど、この言動。これは噂に上がっても仕方ない。」

「えーなになにー?洸哉先輩がどうかしたのー?」

「直輝!近づいてはいけない!そこの残念なイケメンの餌食になってしまうぞ!」

「ちょっ!おい、なんだよ!」


 不思議そうに洸哉へ近寄ろうとしていた直輝を隼嗣は慌てて止めて距離を取り、女性陣は洸哉へ観察するような目を向けた。

 よく分からない状況に洸哉は混乱する。


「え、なに?ほんとに洸哉くんってソッチの気があったの?ソッチ系で出てくる台詞よね、それ?」

「え!?…コホン、神近くん?教師として助言しておくけど、そちらの道は世間一般では普通ではないし、大変厳しいものですよ?」


「んなぁ!?」


 あまり噂話など気に留めない実嶺が口にした言葉で、自分がどう言った目で仲間達に見られているのに気づいて焦る洸哉。

 追い討ちをかけるように真面目な顔で語りかける深澄の言葉に、すぐに反論する言葉が浮かんでこない。一瞬だけ嬉しそうな表情を浮かべたことに、唯一正面から顔を合わせていた洸哉は気づきもしなかった。


「違っ!俺はただ、この中でステータスが一番低いゾラを心配して!」

「だからって、いきなり『お前のことは俺が守る(キリッ)』とか言われた僕の心境分かる?ねぇ。」


 手を横に振って無実を訴える洸哉に、いつもの笑みを消して嫌そうな表情で腕をさすりながらゾラはいう。その腕にはシッカリと鳥肌が立っていた。


「そんなこと言ってないだろ!俺がじゃなくて、俺達がって意味で――」


「騒がしいぞお前達!………こちらは準備が整った。これからダンジョンに潜るぞ。」


 弁明が終わる前に騎士達の準備が終わり、ガバリルアス騎士団長の号令がかかった。


 この話で幸か不幸か戦闘前の緊張は解かれ、リラックスした雰囲気でダンジョンに向かうことになる。

 洸哉にとっては不幸以外の何ものでもないが。






 馬車を止めた場所から少し歩く間に、これから向かうダンジョンについてガバリルアス騎士団長から説明を受ける。


 これから向かうダンジョンは世界三大ダンジョンの一つ、人神のブルーダンジョン。世界三大神の一柱が祀られているという青の洞窟だ。

 その階層は普通のダンジョンとは違い、ゆうに100層を超える。

 最下層には人神を祀る祭壇があると言われているが、そこまで至ったものは過去一人もいないという。なのに祭壇があると断言されているのは、大昔に通常とは違う特殊な道を用いて祈りを捧げに訪れていたもの達がいたという文献が残っているからだ。


「ダンジョン内の見た目や敵は固定されていない。これはダンジョン内に侵入した人間の想像を元に構成されているからだ。見た目の色合いは全体的に青く、侵入した人間が洞窟を想像すれば洞窟に、神殿を想像すれば神殿になる。敵の方は影のようなもので、こちらも侵入した人間の想像によって姿が変わる。強さは階層によって固定だから、姿形に紛らわされないように気をつけろ。」


 そう言って締めくくると同時にダンジョンの入り口へと到着する。

 そこには大口を開けたダンジョンの入り口、ではなく受付の建物があった。


「へー、開けっぴろげの入りたい放題ってわけじゃないんだね。」


「今は存在が確認されてはいないが、一応神が祀られた祭壇があるとされるダンジョンだ。誰彼構わず入れる訳にもいくまい。まあそれでも国で管理する訳にもいかず、ギルド任せではあるがな。」


 『人神の』とつく訳なのだから一国が管理するのは良くないと、第三者である冒険者ギルドが管理することになっているのだという。一定以上の強さを持つ冒険者や特定機関の許可を持つ者であれば入ることができるそうだ。

ちなみに他の二つ、魔神のレッドダンジョンと獣神のグリーンダンジョンでも同じく冒険者ギルドが管理しているのだとか。


 受付から少し離れたところで足を止め、少し待っていろとガバリルアス騎士団長は洸哉達を置いて一人受付へと向かった。



「ゾラ、不用意にあいつに近づくなよ。危ないだろ?」


 初対面の時の事もあって他の面々はガバリルアス騎士団長の近くには寄ろうとしないのだが、ゾラは一人彼の近くに行き普通に話しかけている。

そんな様子を見て洸哉は苦言を漏らすのだがゾラはどこいく風だ。


「ちょっとやめてよ、嫉妬みたいな言葉漏らすのは。僕を鳥類に変えたいの?」

「んなわけあるか!っていうか俺の言葉をそういう風に変換するのは止めろ!俺にその気はない!!」

「ここまで力強く否定するってことは…実は?」

「マジ本当にやめろ!お前の冗談と演技はシャレにならない状況になるんだからな!?」


 嫌そうな顔で肌を擦る態度に洸哉は息が切れるほど慌てて弁明すると、仕方ないと溜息ついてゾラは口を開いた。


「…騎士団長さんはそこまで警戒しなくていいよ。特定の話題を避ければ普通の会話は成立するから。」

「はぁ?それって、チャーリーさんが言ってた話か?」


 サウマリア王女関連の話はするなっていう、と続けようとした洸哉の言葉はガバリルアス騎士団長が戻ってきた事で中断された。何と無くこの男の前でこの話を続けると危ない気がしたのだ。


「許可が下りた。これからダンジョンに入る。一階層は敵が少ないが油断するな。」


 ガバリルアス騎士団長は一方的に声をかけると、そのまま受付横を通って奥へと足を進める。


 慌てて洸哉達が後を追うと自然と隊列が決まった。


 先頭にガバリルアス騎士団長が、その後ろにゾラと洸哉、獅乃と隼嗣、直樹と実嶺と彩峯と深澄が続く。二列に並ぶ洸哉達の両側と後ろには騎士達が続いた。





 青みがかった岩肌、所々光を放つ鉱石が見える洞窟に洸哉達はいた。


 ダンジョンに潜って数時間。


 ガバリルアス騎士団長に先導され、洸哉達は戦闘を交えながらも足を進める。

 慎重に、恐る恐る動きながらも洸哉達は15階層へと到達していた。


「…ふむ、なかなか様になっているではないか。」

「ほんと、みんな凄いよね。」


 ダンジョンに入った時の隊列はとうに変わっている。


 入った当初はキラキラした目で度々足を止めていた隼嗣が前へ出て敵の足を止め、それを横から獅乃と洸哉が攻撃する。後ろからは実嶺と直輝が魔術や弓で牽制や空を飛ぶ敵を狙撃、周りの様子を見て深澄が撃ち漏らしなどのフォローに当たっていた。彩峯は隊列の中央で法術を使って細やかな傷もすぐに回復している。


 法術を頻繁に使っているのは熟練度を上げるためだ。魔術や法術は何度も使って熟練度を上げないと、いくらステータスが高かろうが使用速度や威力が上がらないのでこの機会に熟練度を上げてしまおうという腹積もりなのだ。


 周囲には騎士達がいるが、洸哉たちに危険がないと動く気はないのか戦闘の邪魔にならない場所を位置取っていた。

 ガバリルアス騎士団長は洸哉たちの動きについての口出しはするが、こちらも基本的に見守る姿勢だ。


「これならば訓練を続け、実戦を重ねれば我が国も安泰…」

「みんなはまだ駆け出しの状態だからね。これからもっと強くなるよ。」

「貴族どもがうるさいが、実部隊に組み込むことも視野に入れ…しかし、サウマリア王女は………うん?お前はココで何をしている。」

「ん?」


 一人思考に耽っていたガバリルアス騎士団長は、横で相槌を取っていたゾラに目を向けて睨みつける。当然のように横にいたので違和感に気づくことに遅れてしまったのだ。


「おいゾラ、お前も戦え!お前だけレベルが遅れてるだろ!」


 敵を仕留め終えた洸哉が後方でノンビリしているゾラを見つけて声をかける。


「えー。だって僕、決定打に欠けるもん。どうせトドメをよ?」


 始めの10階層までは、ゾラは攻撃回数を重ねて立ち回っていた。それ以降はステータスが低いゾラは力が足らず、敵の撹乱役に回った為一人だけレベルに差が生まれてしまった。

 もちろんトドメを刺さなくても敵に攻撃を入れ、傷を負わせれば経験値は入るのだがその成長速度はトドメを刺したものよりも小さい。

 それでも戦闘に加わればそれなりに経験値が入るので、今の様に後方に下がっているのは問題があった。そのせいでゾラと他の者では、5レベルは差が出来てしまっている。


「トドメを刺せなくとも戦闘には参加しろ、馬鹿者め!」

「わぁ!」


 呆れた顔でガバリルアス騎士団長はゾラの襟首を掴み上げると、隊列の前に向けて放り投げた。


 投げられたゾラは文字通り弧を描いて隼嗣より前へ放り出されると、地面に倒れる事なくスタリと着地を決めて仕方無いと嫌そうに先頭を歩き出す。


 この時この中の誰よりもステータスが低いはずの、一番死にやすい防御力のゾラが先頭で戦い事に対する違和感には誰も気がつく事は無かった。

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