1-08 疑惑の視線

 ――◆ side:真藤深澄 ◆――



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真藤=深澄(シンドウ=ミスミ)   21歳:女♀

  初期ステータス

   レベル:1   職業:死霊師

   生命力:1981/1981   精神力:2166/2166

   攻撃:699

   防御:703

   魔法:917

   素早:792

   命中:708

   知力:721

   運 :34

   特殊技能:未来予知

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 各自の装備支給から翌日。



 今日は支給された装備を身体に慣らすため、一日中戦闘訓練に費やされる事になった。

 徐々に鳴らすというやり方ではなかったのは理由がある。それは装備確認後の最後っ屁の様に告げられた一言。


「…明日はダンジョンで戦闘訓練って、何故そんなに急な話を。」


 深澄は一人呟き、憎々しげに唇を噛み締めた。


 召喚当初から告げられていたことではあるが、それでも急に降って湧いた様な話である。まだ模擬戦闘すら満足に出来ていない深澄達に、敵蔓延る場所へ行って来いというにはもう少し日にちが欲しいものだ。

 ましてや新しい装備が昨日支給されたばかりで馴染んでないというのに。


「…これは、文句言わなければいけません!」


 自分は召喚された中で唯一の大人、そして教師である。

 物申す権利はあると、今までの鬱憤もまとめてぶつけるつもりで深澄は行動を起こした。



「………。」


 それを密かに見ていた人物がクルリと宙で指を回す。






 夕食も済んだ空き時間。


 翌日にダンジョンへ移動するためと、夕食後の訓練は無しになりみんな部屋に戻っている。

 本来の決め事では単独行動はなしとしていたのだが、使命感に燃える深澄はそれすらも忘れて一人動いていた。


 行き先は深澄たちを召喚したサウマリア王女のいる部屋。


 本来は知るはずもないその場所を、チャーリーが絶対行ってはいけない場所だと密かに教えてくれていた場所だ。

 深澄はそこへ至るまでの廊下を鼻息荒く、しかし元の性格が出ているのか足音小さく進んでいた。


「ん?なに?」


 階段を上がり幾つもの部屋を通り過ぎた途中、目的の場所に至る前の部屋で話し声が聞こえた。その声は媚び諂うような男の声と少し幼い女の、サウマリア王女と思わしき声。

 その声は少し苛立ちのこもっていた。



「何ですかあの男は!鬱陶しい!!」

「王女、お怒りはその辺に。誰の耳に入るやもわかりません。」



 パンっと何かが叩きつけられる音、その行動を諌めるような呆れた男の声がする。

 静かな場所でのことなので、扉を挟んだ廊下側にいる深澄の元にもその声はくっきりと聞こえてきた。


 深澄は気付かれないよう静かに扉近くの壁に背を付け、身を顰める。事前に考えていた苦情を訴えるよりも、この会話を聞かなければならない気がしたからだ。

 聞き耳立てる人の気配にも気付かず室内の会話は続く。



「部屋に香を焚こうとすれば奴が見つけて臭いと突き返され、食事に盛ろうとすれば配膳前に水を掛けられオシャカにされ!ならばと奴を排除しようとすれば、避けられ見つからず!弱者の分際で!!」

「お鎮まりください、サウマリア王女!」



 軽い音で叩きつけられていた音は、荒ぶる声音とともにバンバンと音を変えて響き渡る。王女の剣幕に男の声も焦りを帯び始めた。


「(…香?…盛る?……言葉通り、じゃないわよね?)」


 深澄とて、この手の会話が出てくる小説を見聞きしたことはある。その中でこれらが意味する内容とはどう言ったものだったか。

 サーっと深澄の体から血の気が引いていく。

 深澄達はこれまで周囲を警戒して過ごしていたはずなのに、それでも十分とは言えず何かが行われていたのだ。


 知らず過ごしていた事に驚き、助けてくれていた誰かに感謝した。

 しかし密かに助けてくれた、サウマリア王女のいうというのは誰の事なのか。自分たちに秘密で影ながら動きそうな人間。身の回りにいる人間の中でそれと一致しそうな者はと考え、しかしまさかとその考えは即座に否定する。

 ならば誰の事だとそちらに深澄の思考が逸れる前に、さらなる衝撃を覚える言葉が耳に届いた。


「あの装備は!…っ、コホン。『隷属の黒輪』は彼らの身につけられているのでしょうね、ターコイズ伯爵?」

「ええ、もちろんです。動作確認も密かに済ませております。」

「ふふ、それは良かった。これで明日、奴に痛い目を合わすことも出来るのね。」

「何でしたらそのまま亡き者にすることも。」


 静かな笑い声が漏れ聞こえるその扉から深澄は身を引く。無意識に口元には手をやり、声が漏れないようにしっかりと塞いでいた。


 驚きを隠しきれない。


 彼女達は『隷属の黒輪』と言った。それは恐らく、今も深澄達の首や腕にはまっている真っ黒な輪っかのことだろう。

 防具等と一緒に渡されたソレを侍女達は、この国の住人であると証明をする物なので肌身離さずつけておいて欲しいと言った。同時に自分達も身に付けていると、実際につけているところを見せてくれたのだ。だからこそ深澄達は信用して装着していた。


「(………なんて、ことなの!)」


 深澄もゲームや漫画を見た事ぐらいある。元の世界ではありえない『隷属の黒輪』なんてものが創作物の中でどんな効果があるのかは想像できる。隷属、それが意味することは。


「(生徒達を守らなくては!)」


 昨日全員に装備を支給されはしたが、今身につけているものは防具だけ。武器は戦闘訓練の時にのみ使用を許され、普段の携帯は許されていない。今思えばそれは王城という場にそぐわないからというより、深澄達に反逆を許さないためだ。


「(私は、どこまで、平和ボケしていたんですか!)」


 武器が手にあったとしても争いのない世界にいた自分がこの世界の人間に敵うとは思えない。しかし、何の抵抗もなく奴隷にされるのも我慢がならなかった。

 ならばせめて今聞いた話をともに召喚された子供達の耳に、と急いで身を動かしたのが悪かった。



 ――ガタンッ



 強張った体を急に動かした為に体勢を崩し、壁に掛けられた絵画に手が触れる。

 物音ひとつない静かな夜にその音は大きく響くようだった。


「っ!」


 先程の会話を盗み聞きした部屋からは笑い声が聞こえない。


 廊下に誰かいると気付いたのか。


 部屋から誰か出てくる前にと深澄は慌てて駆け出した。


 身体能力が上がった身で一歩二歩と足を踏みしめ、しかし足音がならないように慎重に。




「っ、なっ!?」


 幾つかの扉を通り過ぎた先で突然体を横へと引っ張られた。


 どこかの部屋へと引きずりこまれてなんだと驚く間も無く深澄の口は塞がれ、身動きも取れないようにと拘束された。どんな力が働いているのか、その拘束を外すことができない。

 何とか抵抗しようと身をよじっていると、薬でも嗅がされたのか意識が遠のき始めた。


 部屋の外では複数の足音が、部屋の中では小さく何事かが呟かれる。


「まったく、世話がやけるなぁ。」

「…やっぱり、深澄先生には話しておいたほうがいいんじゃ?」

「んー。いや、ダメだね。今の状態だと、また暴走するだけだよ。」


 もうちょっと落ち着いてからねぇと気の抜けたような声で話すその声を、深澄はよく知っている気がした。


 その声の主は元の世界にいた頃から、深澄が要警戒人物として注意していた人物のもの。



 そう頭の中で考えながら深澄の意識は沈んでいった。

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