1-05 謁見と勉強
――◆ side:高円寺実嶺 ◆――
—————◇—————◇—————◇—————
高円寺=実嶺(コウエンジ=ミレイ) 16歳:女♀
初期ステータス
レベル:1 職業:魔術師
生命力:2120/2120 精神力:2288/2288
攻撃:704
防御:731
魔法:1025
素早:702
命中:722
知力:847
運 :53
特殊技能:勇者
—————◇—————◇—————◇—————
高円寺実嶺は後悔していた。
弟の直輝は去年の異世界転移の場にはいなかった人間であり、あのメンバーとは全く関係性がなかった。だから本来、あの日あの高校校舎内にいるはずがなかったのだ。
なのに去年の異世界転移後に家へ帰った実嶺が、混乱治らずに弟にポロリとその話をこぼし。その結果、実嶺達が異世界転移を体験した事を知った直輝が自分もと言い出し、折角出来たこの関係を無くしたくなかった隼嗣の意見が相まって連絡を取り合う事になってしまった。
そして今回ただの小旅行での打ち合わせで集まったはずが、なんの因果か異世界転移に巻き込まれる事になってしまったのだ。
「(…直輝が巻き込まれたのは私のせいだわ。)」
あの時いくら混乱していたからとして直輝の耳に入れるべきではなかった。
仮に話してしまったとしても、隼嗣達と関わる事をやめさせなければいけなかったのだ。直輝の性格を、姉である自分が誰よりも知っているのだから。
いくら後悔してもしたりない。
もう事はおきてしまったのだから。
国王への謁見は午後からという話を朝食の席で聞き、それまでの間は食事をとったその場所でこの世界の歴史についての勉強会が行われた。
曰く、この世界は創造神によって創られたものである。
創造神は世界の発展や進化を望み、人間とその上に人神を創った。
人神によって祝福された人間が大陸を開拓発展させていくと創造神は、獣人とその上に獣神、魔人とその上に魔神を新たに創る。
獣人は時に獣のように野を駆け回り、時に人間のように振る舞うが創造神の意に沿う働きを見せることはなかった。魔人は人間の真似事をし、その力が自分達だけのモノであるはずだと主張をし始める。
人間と魔人が出会って数百年、創造神の願いは魔人が人間を攻撃し始めたことで歩み阻まれる事になった。
互いの悶着状態が何十年も続き、なんとか現状を打破できないかと縋る気持ちで今回の勇者召喚の儀式が行われたのだ。
と、額に汗を浮かべて困り眉毛で語る学者の男に実嶺は呻き声を上げた。
魔人だの獣人だのと夢物語一色な空気に、実嶺は思わず苦虫を噛み潰したような顔になる。
そもそも弟の直輝と違って、実嶺はそういったものが心底苦手なのだ。
実嶺の祖父が原因で。
実嶺の祖父を一言で言い表すならば変人、だ。
良い様に言えば子供心を忘れないお爺さんと表現できるかもしれないが、それに行動力が伴い巻き込まれると在ればたまったものでは無い。
日常会話の中ではファンタジーについて深く語り、遊びと評してワケも分からない武術を仕込まれる。異世界に行った時のための訓練だと言って、弟共々何処ぞに連れまわされた事もあった。
そんな祖父であるからして幼い頃からその行動に悩ませられていた父は近くに住むことを良しとせず、祖母の様子を見に行く時にしか実家へは寄り付かなかった。
しかし子の心、親知らずといった感じで祖父は父には内緒で、孫である実嶺達にしょっちゅうと言っていいほど会いにきていたのだ。その行動によって実嶺は更にファンタジーというものに嫌悪感を覚える様になり、弟の直樹は反対に好意的になっていった。
「(…なんとしてでも直輝は私が守らないと。)」
密かに実嶺は決意する。
祖父はこれまで夢希望溢れる夢物語しか語っておらず、その中に危険な要素が全く含まれていないのだ。
その証拠に今回の転移の時、直輝は周りの不穏な空気に警戒心を抱かず始終キラキラした目で状況を見守っていた。あの場がどんなに異常な場所かも気付かずに。
これから先帰れるかも分からない中、どうやってこの世界で生き抜かなければいけないのか分からないにもかかわらず。
「よく召喚に応じてくださいました、異世界の勇者達。我がファスワン王国国王サンディアナ=デジア=ファスワン様も大変お喜びで御座います。」
半ば意識の海に沈んでいた実嶺は、部屋に響き渡るその声にハッと我にかえる。
ここは王城謁見の間。
簡単な座学の時間のあと昼食も済ませ、予定していた国王への謁見が行われていた。
実嶺の周囲には共に転移した仲間達。先頭に女子代表として教師の深澄、男子代表として洸哉が並び立っていた。
これは召喚された昨日の夜のうちに決めておいたことの一つだ。他にもこれからの行動方針なども話し合っていた。
視線を正面やや上に向ければ、数段高く作られた台の上にあるゆったり座れる一人がけの椅子には豪華な服を着た白銀長髪の初老の男性が座っている。恐らくこの男性がサンディアナ国王なのだろう。
王座の左隣にはサウマリア王女が薄い笑みを浮かべて、右隣にはあの召喚時にもいた貴族風の男が立っている。武官風の男は他の騎士達と部屋の左右両脇でこちらを警戒する様に立っていた。
「申し遅れました。私今回の勇者召喚を国王へ進言致しました、伯爵位貴族のターコルズ=エメルドと申します。以後お見知り置きを。」
貴族風の男、ターコルズ伯爵はそう発言すると礼もせずに口角を持ち上げる。
「(…胡散臭い笑みね。)」
口には出さないが実嶺にはこの男ターコイズ伯爵がどうにも信用できる様には見えなかった。もっとも他の面々も信用できるとは言えないが。
「…オレ達は好きでこの世界に召喚されたわけじゃない。」
実嶺が感じた気持ちは他の皆も同じだったのか、代表で洸哉が睨みつける様にターコルズ伯爵に苦言をこぼす。
苛立った顔の洸哉達の表情にターコイズ伯爵は幾度か首を頷かせると。
「えぇ、存じております。私も召喚を行ったその場にいたのですから。しかし先日もサウマリア王女が口にされていた通り、我が国は未曾有の危機に瀕しておるのです。どうか我が国に勇者様方のお力をお貸しください。」
「………。」
いくら此方が嫌だと言っても無駄なのだろう。その発言は、昨日と同じ内容しか返ってこない。
「勿論こちらに滞在されている間は衣食住や装備と様々な知識、可能な限りの支援補佐はさせていただきます。つきましては今後の皆様の勉学計画を私が、訓練計画をそちらのガバリアス=ダント騎士団長におまかせいただければと。それらが済み次第、我が国の訓練施設であるダンジョンへと赴き、実戦訓練を――」
「ちょ、ちょっと待ってください!私達は知恵を貸すだけでもいいと仰ったではないですか!ダンジョンだなんて、話が違います!!」
ターコイズ伯爵の言葉に弾かれた様に声を上げる深澄。
無理もない。昨晩の実嶺達が決めた今後の行動方針では、荒事に介入する事を避けて元の世界へ帰る術を探すと取り決めたのだから。それを根本から覆される事を突きつけられている。
実嶺達の焦りも意に介さず、ターコイズ伯爵は不思議そうに首を傾げた。
「しかし勇者様方がどう動かれるにしても、戦う力というのは必要だと思うのですが…敵はどこから攻めてくるかは分からない。この城とて何時迄も安全であるとは言い切れないのですよ?」
確かに先日サウマリア王女が口にしていた、魔神に打ち滅ぼされるという言葉からすると何時かはこの城にも敵が攻めてくるのかもしれない。その時、平和は世界から来た自分達が何も抵抗する力も持たないというのは危険だろう。
しかし、ハイそうですかと簡単に返事できる内容でもなかった。
「…今からその勉学やら訓練やらの計画を立てるのか?誘拐同然でオレ達を召喚したにしては対応が遅いと思うんだが?」
せめてもの抵抗とばかりに、洸哉がターコイズ伯爵に疑問の声を上げる。そういったものは勇者召喚が行われると決まった時に、すぐ作成されているもののはずだと。
その疑問は耳に痛かったのか、ターコイズ伯爵は眉間に皺を寄せる。
「お恥ずかしい話、我々も勇者召喚が正常に行われるとは予想外の事だったのです。」
「なに?」
「そもそもあの魔法陣は設置当初こそ正常に発動したと有りますが、それ以降一回たりとも起動したことがありません。それでもこの危機的状況に一縷の望みをかけてと、サウマリア王女にもお力をお貸し頂き今回の事を起こしたのです。まさかそれで8人もの勇者様方が召喚されるとは想像もしませんでしたが。」
肩を落として苦笑まじりに語るターコイズ伯爵の姿は、とても嘘をついている様には見えない。
「しかしこれも神の導き。我が国の危機に我らが人神様が力をお貸しくださったのです。ならば我ら一同、皆様が何の不安無く過ごせる場を提供する事を誓わせて頂きます。」
大きな腹を揺らして声高々に宣言するターコイズ伯爵の姿に、実嶺たちは何の反論も返すことができなかった。自分達はこの世界の知識も、立ち回り方も何も知らず言われるがままにしか動けないのだから。
ただこの謁見の間、薄い笑みを浮かべたまま何も話さないサウマリア王女と何処と無く焦点の合っていない瞳のサンディアナ国王の姿が気味の悪い印象を残していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます