1-02 召喚した国

 ――◆ side:空船ゾラ ◆――



 瞼をこじ開ける。


 瞳に映るのは眩いまでの白の空間。



 鉛のように重たい体を無理矢理起こし、ゾラはぼんやりと辺りを見回した。

 ゾラの前には先ほどまで同じ教室にいた人たちが転がっている。皆ゾラよりも前に目を覚ましていたのか、其々が寝起きのようにボンヤリとしたり驚きの表情で辺りを見回していた。


「うーん…」


 少し前のことを思い出す。

 足元に魔法陣が現れ、飛び退いたと思ったらまた次の魔法陣に囲まれた。そちらに気を取られているうちに最初の魔法陣が向かってきて、何かを抜き取られる感覚の後、意識が遠のき…。


「(一瞬、人の姿を見た気がする。あれは確か…)」


 首を傾げて顔の前に立てた指をクルリと回す。

 自身の状態を軽く確認してから、魔法陣に巻き込まれた全員を眺めて指をクルリクルリ。周囲を見回して更に指をクルリと回した。


 全体を白で統一された家具ひとつ置かれていない大部屋、その中でゾラは奥手に寝転がっていた。


 正面にはこの部屋唯一の装飾豊かな大きな扉がある。

 足元には全員を囲んでまだ余裕のある大きさの魔法陣。光は放っていないが、気絶する前に見たどちらかと同じ物の気がする。完成した魔法陣を直視していないので本当に同じものかはわからないが。


「んー、ん?」


 丸みを帯びた高い天井には天窓がいくつかある。そこから見える青空に目をやって指をクルリクルリと回しながら眺めていると、部屋の外から何かが近寄ってくる足音がした。

 視線を正面に下げると、ゾラ以外の全員が立ち上がっている。どうやらゾラ以外は動ける程度には回復したらしい。


「よいしょっと。」


 指を回すのはやめ、重たい腰を上げる。


 ふと、顔を上げるとゾラの方へと振り向いた彩峯と目があった。五体満足、状態としては問題なさそうだが顔色は悪く、その瞳は驚愕に見開かれている。

 彩峯の様子をサッと見た後、他の面々に目をやると彼らも顔色は悪いものの状態としては問題ないようだ。


 周りに問題がないのを確認して、自身の状態を確認。全身が血の気も何も感じられないほどに青白くなってしまっているが行動するには問題ないだろうと、手足を動かし軽く力を入れたりして自己診断を下していると正面の大きな扉がゆっくりと開かれた。



「ようこそ異世界の勇者様、方。私はファスワン王国第三王女サウマリア=デジア=ファスワンと申します。以後お見知り置きを。」



 開かれた扉の前に立つのは全身甲冑の騎士を後ろに、両側にいかにも貴族風の服装の太った男とお堅い表情をした武官風の服装をしたガタイの良い男を従えた豪華なドレスを着た少女の姿。

 少女は両サイドでまとめた濃い桃色の髪を揺らして僅かに膝を曲げて礼をし、暗い赤色の瞳を細めて笑みを浮かべる。


 口を開く前に僅かに目を見開いたのは、語った言葉が詰まったことから推測するにこの場にいるのが複数の人間だったからだろう。

 鈴がなるような声で語られた歓迎の言葉にゾラ達は感動や困惑などの顔で黙り込み、少しの間の後疑問の声を上げた。


「なんですか、あなた達!私達をどうしようというんです!!これは立派な誘拐ですよ!?」


 声を荒げた女教師の深澄は去年の異世界転移でも、混乱しながらも一番に状況を判断して声を出していた。深澄以外は自身がこの中で唯一の大人らしく前へ出たのだろう。

 深澄以外の者達はというと、実嶺は弟の直輝を抱き寄せて体を硬直させ、直輝はこの状況に目をキラキラと輝かせている。彩峯は忙しなく辺りに視線をやり、獅乃は困惑の表情で頬に手をやって顔を傾げる。洸哉は王女一行を警戒して姿勢を低く身構え、隼嗣は笑みを浮かべて興奮した表情を見せている。


 彼等の様子を見ると深澄が前へと出たのは正解だと言えた。

 しかし、いくら混乱していようがこの状況で相手に詰め寄るように声を荒げるのは少々危険だとも言える。



「貴様!王女様になんという口の利き方!無礼であるぞ!!」



 激怒した表情で武官風の男が腰に挿した剣に手をかけた。


「っ、ひっ!」


 男の威圧する視線に深澄は息を吸うように悲鳴を上げて体を引く。

 そのまま剣が鞘から抜き放たれるか、という寸前に王女サウマリアは武官風の男を手で制した。


「激昂なさるのも無理はありません。此方の都合で皆様を呼び寄せてしまったのですから…しかし我々にも猶予はないのです。このままではファスワン王国は魔人達に討ち滅ぼされてしまいます!どうか我等をお救いください!」


 瞳を潤ませ胸元で手を組み拝むように目を向けるサウマリアに、実嶺と彩峯と獅乃と洸哉は眉根を寄せて互いを見つめ合う。

 隼嗣と直輝は別の意味で互いの目を合わせて何事か意思疎通を図り、その瞳は興奮でキラキラと輝いていた。

 威圧で怯んでしまった深澄の代わりに、洸哉が前に出て会話を引き継ぐ。


「申し訳ないですが、俺達は手に武器を持ったこともない荒事のない世界にいた非力な人間です。とても貴方方の力になれるとは思わないのですが…」


 下手に出る洸哉の言葉にサウマリアは淡い笑みを浮かべ、目を伏せて首を左右に振る。


「我々も無理に前線に出ろとは申しません。可能なら出て欲しいとは思ってしまいますが…後方支援、いえ異世界の知恵だけでもお貸しいただけないでしょうか!」


 サウマリアの言葉に再び互いの顔に目をやる洸哉達。

 むぅと一声唸って彩峯が前に出た。


「…もしそれが済んだら私達は元の世界に返してもらえる?」


 その言葉に実嶺はハッとサウマリアへと視線を投げるが、しかし投げかけられたサウマリアの表情は浮かない顔をする。


「申し訳ありませんが…我々が皆様をお返しすることは出来ません。召喚の魔法陣は我が国に受け継がれていますが、帰還の魔法陣はないのです。」


 悲痛をにじませた声音で語るサウマリアに、実嶺が眉を吊り上げる。


「勝手に呼び出しておいて、帰ることは出来ない!?ふざけないでよ!!」


 先ほど深澄が威圧されたのを忘れて、実嶺はサウマリアに詰め寄るように足を前に出す。


「貴様ら一度ならず二度までも、王女様に無礼であるぞ!身の程を弁えろ!!」

「っ!…抜くなら抜きなさい!その代わり私達が貴方達の言うことを聞く事は無くなると思いなさい!!」

「貴様ァァァァァァ!!」

「おやめなさい、ガバリルアス!!」


 武官風の男の威圧に実嶺は一瞬怯むが更に食ってかかり一触即発になるものの、サウマリアの上げた制止の声に動きを止めた。

 武官風の男は王女に謝罪をするが、その目は実嶺を睨みつけたままだ。


「失礼しました。先ほど帰還の魔法陣は我が国にはないと申しましたが、彼の国ならば存在するやもしれません。」

「…彼の国?」


 実嶺は武官風の男と睨み合ったままなので、彩峯が会話を受け継ぐ。


「はい。その国はセカツ帝国、魔人が治める国です。我々は彼の国と敵対関係であり、此度皆様を召喚した要因となった国でございます。」


 サウマリアの押し殺したような声に、皆渋い顔を浮かべる。

 そこに浮かぶのは様々な感情だ。


「…その国に確かに魔法陣はあるのね?」

「確かな情報です。」


 訝しげな声で尋ねる実嶺にサウマリアは頷きながら答える。

 その姿に実嶺は溜息ひとつ吐いた。


「…分かったわ。ひとまず私達はあなた方に手を貸します。」


 周りに同意の視線を投げてから呟かれたその言葉に、サウマリアは感謝の声と共に頭を下げた。





「(都合のいい話だなぁ…)」


 会話に混じらず外野で話を聞いていたゾラは一人心の中で呟く。


 先程まで重だるかった身体は、静かに休めていたお陰かなんとか気怠いぐらいまでには回復している。これなら軽くを振るう程度の事はできるだろう。


 実嶺達の方で話がまとまった事で、この世界の身分証明をするカードを渡すという話に進んでいた。それはサウマリアに近い方から騎士によって手渡される。


「このカードは一般的に『ステータスプレート』と呼ばれる物です。本来は識別の術で見られる個人の情報を誰でも確認できるようにし、身分を証明するためにも使用されます。使い方は――」


 渡されたのは手のひらに収まるサイズの表裏何も書かれていない青味がかった薄い板で、金属のような光沢を放っている。その端にサウマリアが説明するように血を垂らすと、板の周囲をなぞるように血の赤が線を引いた。


「おやぁ?」


 赤い線が一周回り終えるとステータスプレートが一瞬淡く光り、中央に黒い文字が浮かび上がる。

 ほぼ同時に文字が浮かび上がったのか、周囲から同じ様に声が上がった。そこに含まれる感情はそれぞれ違う。


「まぁ、さすが勇者様ですわ!初期レベルから3桁のステータスがあるだなんて!素晴らしいですわ!」


 どうやら浮かび上がった内容は一度サウマリアに確認されるらしい。身分証明の役割も持つのだから当たり前なのだろうが。


「(…さすがにこの内容はちょっと問題が、っというわけでリテイク、ドンッ!)」


 ゾラは誰にも気づかれない様にステータスプレートを指で軽く弾く。すると僅かな発光と共に浮かび上がった文字が変化した。

 表示し直した内容を吟味してゾラはむぅと唸る。


「まぁ!此方も、皆様素晴らしい強さをお持ちですわ!言い伝えにありました異世界の勇者様は初めから強靭な力をお持ちだというのは本当でしたのね!」


 この感じで行くと自分のステータスが見られるのは最後だろうと、もう一度ステータスプレートを指で弾いた。

 そして再表示された内容を吟味。


「あらあら勇者様は、特殊技能を絶対にお持ちになるのかしら。この世界の人間は特殊技能を生まれ持つものは、神に愛された子と評されるほどに稀な存在ですのに!」


 どうやら転移者は特殊技能とやらを一つは持っていないといけないらしい、と頭の中で考えてまた一度ステータスプレートを指で弾く。

 その後もサウマリアがステータスプレートを覗いてはその内容に褒め言葉をこぼす中、ゾラは静かに自身のステータスプレートを指で弾き続ける。


「(…ん〜。あとはこの職業は変更したいかなっと、よしっ!)」


 すぐ側までサウマリアが歩み寄ってきた頃になり、やっとステータスプレートの内容に満足がいってゾラは小さく拳を握りしめた。


「フフッ、貴方様も素敵なステータスが表示された様ですね。私にも見せていただいてよろしいですか?」

「あ、もう僕の番なの?はい、どうぞ。」


 笑みを浮かべるサウマリアに、同じく笑みを浮かべてステータスプレートを手渡す。


 そのまま手渡されたゾラのステータスプレートを見て、サウマリアは一言。



「…え?」



 浮かべた笑みを固めて眉を寄せつつ、今までとは違った低い声を上げた。


 どうやら僕は何かやらかしてしまった様だ。

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