13袋目 過ぎた礼は眼をぶっ壊す

「んぁああ~~~終わった終わった」

 俺は夕方になってもギリギリまで作業場に残って明日の準備をしていた。日が落ちる寸前まで仕事をしていた俺は帰途に立ち、トラトスの門を大袈裟に伸びをしながらくぐり、街の中へ入る。ヴィクが呆れ顔で俺と一緒に並んで歩いている。

「まったく、仕事のし過ぎだ。川で流されていた子供を一人助けたと思ったら、そのまま仕事に戻るやつがあるか」

 ヴィクは最後まで残っていた俺を待ってくれていた。他の皆が帰る中、責任ある立場になったヴィクは仕様が無く作業場に残っていてくれたのだ。

「いいじゃねーか。明日は明日の仕事があるから、今日は今日できる仕事全部する主義のなの。むしろ他の奴らが仕事を半端に残して帰るのがダメなんだって」

「それもそうだが・・・」

「ま、明日もよろしく頼むよ。明日からちょっと作業場がずれるから、その時はまた力仕事とかお願いするかもしれないし」

 砂金採りは最初の場所から、一区画上流に向けてずれて、また岩をどかす作業から始まる。今日の午後の仕事はどかした岩を元の位置に戻す力仕事と選別作業の場所を移動するだけで終わった。俺が残ったのは備品の二重チェックの為だ。昨日やったいい加減な仕事が今日の仕事に支障を来す事のない様に、よくやる作業だ。

「なんか食べてくか? 奢っぞ」

 俺が泊っている宿屋が見えてきたので、指さしながら誘ってみる。

「いや、ここで失礼する。じゃあなナガトエイト」

 そう言って、ヴィクはそそくさと兵舎に向かって歩いていく。

「つれねぇな・・・まぁ、残業なんて糞食らえって思う世代かもな」

 宿屋に入った俺は、ロビーのソファで退屈そうに座っているエリンを見つける。

「帰ったぞ」

「おかえりー・・・」

 エリンはソファから下りて、俺に近づく。そして両手を差し出して、手の上にある物を俺に見せる。

「ん?・・・ああ、頼んでいた奴だな」

 エリンが頷く。俺はエリンの掌にジャラジャラと音を立てている二色の石を見る。石は俺が指定していた通りの大きさで、色も申し分ない。数も多い。

「よし、いいぞ。・・・・・・ほら、お小遣いだ」

 片手で二色の石を取って、もう片方の手で古銀貨数枚を渡す。エリンはお小遣いをもらえるとは思っていなかったのか、不思議そうな顔をする。

 小首を傾げて古銀貨を見つめるエリンを無視して、俺は1階の6人部屋に行く。

「誰かいるか?」

 俺は無遠慮に、かつて泊っていた6人部屋に顔を見せる。ノリスとロミオがいた。

「よぉエイト。1人で2階の部屋じゃ寂しいか?」

 二人はそれぞれのベッドの端っこに座りながら駄弁っていたようだ。

「どうしたの? 今まで仕事してたの?」

 知り合いの二人が居たので、俺は6人部屋に入る。

「ああ。砂金の採り場が変わるからそれでな。それで聞きたい事があってな・・・」

 俺はさっき受け取った2色の石を見せる。

「誰か石工を知らないか? ちょっとこれを加工してもらいてぇんだ」

「ああ、だったら俺が適任だ」

 ノリスが手を挙げてアピールする。俺は意外そうな顔でノリスを見てしまう。

「え? もしかして石工の仕事を?」

「おうとも。最近は砦用に予備のレンガ作ってばっかだけどよ、ちょっと前までは街の外に出て石張りやってたんだぜ?」

 石張りは土木工事で地盤を固めるため、石などを張る舗装工事のことである。

「じゃあコレ、いけるか?」

「コレ・・・って言われてもよぉ・・・どうすんの?」

 ノリスはまじまじと2色の石を見つめる。

「あー、ちょっと待ってくれ」

 俺は石をノリスのベッドに置いて、倍増袋からペンとコピー用紙を取り出す。それから昔、子供の頃に遊んだボードゲームの駒を思い出しながら、紙に書いていく。

 2色の石を煎餅状に切り、それから接着剤で重ねて、オセロにしようと説明する。ノリスに簡易の設計図を見せながら、駒を作ってもらう旨を伝える。

「ふぅぅ~~ん・・・? つまりはアレか、遊び道具つくろってか・・・?」

 ノリスは設計図と2色の石を交互に見て、イメージを掴もうとする。

「面白いの?」

 横からロミオが尋ねるので、俺は頷く。

「覚えるのに1分――まぁすぐに覚えられて――極めるのは一生、つまり飽きない」

「ハッ、そりゃいいや」

 ノリスが2色の石を並べ始める。設計図のサイズに合った石を選別し、黒と白との石が同じ数か確認する。いくつか色の薄い物と形がいびつな物を弾いて、それぞれ10個ずつになる。

「いくつか失敗するかもだけど。いくらになる?」

 ノリスが値段交渉に入る。どうやら前向きに引き受けてくれるようだ。

「とりあえず前金でこれだけ」

 俺はポケットから大銀貨5枚を渡す。意外な額にノリスが少し仰け反る。

「気前良いじゃん!」

「ああ、これを使う卓もお願いしようかと思ってな。木工にもこういう感じで」

 俺はもう一枚コピー用紙を取り出して、定規で四角を何度も書く。8×8のオセロ用ボードの真ん中に黒い丸点を書き加えて、それをノリスに渡す。

 ノリスは渡されたボードの設計図と、駒の設計図を交互に見る。

「ふーん・・・なんかお貴族様や騎士団がやる物に似てきたな・・・」

 ん? もしかしてこの世界にはオセロに近いものがあるのか? ――――ああいや待て、むしろチェスや将棋の類の方だ。戦争を模したゲームなんて古代からあるわけだし問題は無い・・・はず。

「戦争が長いとそれだけ似たような戦争を、模した遊びが生まれるって事さ」

「だよなぁ・・・3年前にもなんてバカバカしいくらいデカイ戦があったわけだし、な?」

「うん」

「せいは」

「なんだ知らないのか? もしかして島国出身?」

「うん」

 話の流れ的に嘘をついてしまったが、嘘ではない。

「まぁアレだ。この大陸のど真ん中で自称宗主国様が滅ぼされちゃったって戦争さ。

 大陸の中心にして世界の中心。最後は周りの国全部敵に回したって話さ。」

 かなり大雑把に説明するが、ロミオが頷くあたり概ね正しい情報のようだ。

「(せいは戦争か・・・覚えておこう)」

「それじゃコレ、明日からやってみるよ。新しい仕事ってことで親方にも話しつけてみるよ」

「ああ、よろしくお願いします。もし売れたら追加の注文もあり得るだろうし」

「そういやー。駒ってやつ?・・・数はこれで足りるか?」

「いや、全然。とりあえず試作段階ってことで」

 8×8なので64個必要ではあるが、俺には倍増袋がある。ボードも出来が良ければ、それでも増やす予定である。仮に10個の駒ができたとして、3日で80個になる。さらに3日で640個。ボードも8か16個に増やせば釣り合いが取れる。

「おう、わかった。これだけ金を貰ったなら立派な仕事だ。ちゃんとするぜ」

 俺はノリスに2色の石と設計図を渡して、部屋を出る。注文書は後日正式にノリスの方から送られてくるそうだ。卓も大きさ的に余った切り株を輪切りにして、それを卓として加工すれば安く作れそうだとノリスが言っていたから、話はうまくまとまったと思っていいかもな。

 最初は懐かしさから作ってもらおうとしていたが、つい「売れたら追加の注文」なんて言葉が出てしまった。営業マンの職業病みたいで、なんかヤだな。

 でもこれで金策になるんだったらそれでいいのかもな。砂金以外にも金になる物があっても問題にはならないし、ゆくゆくは旅に出た後の金策の一つとして、商人の真似事をする際、主力商品のひとつになるかもしれない。

 なんてったって、ルールが簡単なのだから。覚えるのは初期の石の配置が、黒が右上になるように交互に2つ置いて、黒から始める事。

 縦、横、斜めに置いて相手の石をひっくり返す事。

 石をひっくり返せない場所には置けないパスのルール。

 マスが全て埋まるか、両者とも打てるマスがなくなった時、最後に石の多い方が勝ちでにゲーム終了。うん、まだルールを覚えているな。

「砂金採りの仕事が俺抜きでも回れるようになったら、ラクシュミーの街とやらに行ってみますかね・・・」

 フリムジークが言っていた国一番の歓楽街。もし無事に倍増袋で増やした砂金が売れたら、金貨何枚になるんだろうか・・・?

 その金貨を何に使えばいいのか。俺はその時ちゃんと考えられることができるのだろうか・・・?



 夕食を済ませて、俺は部屋で机に座って、紙に買い物する物を思いついただけ書いていく。倍増袋で増やすリストは常に更新しているので、日課と化している。

「んん・・・もう思いつけねぇ・・・眠い」

 日が落ちたらすぐに夕食を取って寝る。この生活サイクルになってから眠気が襲ってくるのが早くなっていた。

 紙には「回復アイテム」なんて馬鹿げたようで真面目な項目が書かれている。正直言って、この手のファンタジーな物品が本当にあるのか疑わしくなってきた。もしかしたら不思議な効果を示すアイテムはあの憎いあんちくしょうからもらった倍増袋だけで、他は眉唾物もいいとこの粗悪品ばかりだったりしてな。

 今のところ現実的なのは、ラクシュミーの街に行くのを延期して、それから滅茶苦茶に増やした砂金をインゴットにまとめ上げて、それを倍増袋で更に増やして各地を渡り歩くように売り回って、億万長者に成り上がった方が早い気がしてならない。

 ―――――ん? 持っているお金を直接、倍増袋で増やした方が良いのではないかって? ・・・いや、それは人としてダメな気がする。

 なんというか、超えてはいけない一線というものがあるというのなら多分、そういう事なのだと俺は思う。

 自然にできた物を増やすのはあまり抵抗はないが、人間の中でとり決めた加工物(主にお金)を直接的に増やすのは、法治国家日本に生まれ育った身には強い抵抗感がある。だからお金を増やすのはよっぽどの理由が無い限りはしない事にしている。


 コンコンコンコン


「ん? 誰だ?」

 不意に部屋をノックする音に、俺は書いていた紙を隠そうとしてしまう。はたから見れば買い物リストと倍増させる物のリストなんて、恥ずかしくって見せられない。

 俺は紙を机の中に入れてから、ドアを開ける。

「エイトー・・・」

「なんだエリンか。ノリスのやつかと思ったぞ」

 ドアと壁に体重を預け、廊下に顔を突き出しながら周囲を見る。エリンは俺の体とドアの間に入り込んで、無理矢理部屋の中に入ってくる。

「おいおい、どうした」

 部屋に入ってくるエリンにいぶかしむ。この子は決して宿泊客の部屋に入って何かする子ではないと、この数日間べったり張り付かれてわかった事だ。

「あのねー・・・」

 部屋の中央で、またエリンは中空を見つめている。まるで飼い猫が何も無い所を注視しているかのように。

「お、おう」

 俺はエリンと面を向かえる様にドアを閉めて、ベッドに腰掛ける。丁度エリンと目線を合わせる事ができ、エリンも中空を見つめるのをやめて、俺と目を合わせる。

「お母さんがねー・・・命のー・・・恩人? だからー・・・??」

 エリンはここで、自分が何を言っているのかわからなくなって、両手で頭を抱えて首を傾げる。

「どした?」

「んっとねー・・・命ってなにー?」

「あー、そこから?」

「うん・・・」

「普段から意識していない事なんだな。えーっとだ・・・

 エリン。生きているってのはわかるよな? 朝起きてから寝るまでの間、いや、寝ている間も、死んでいない限りは生きているんだ。それでな。生きているってのは、死ぬことから目を背けているんだ。お前くらいの歳だと“ピン”とこないだろうけど、自分は何時か死ぬんだって考えてしまうんだ。・・・わかるか?」

「うーん・・・・・・」

「じゃあ少し話をズラすけどよ。よくお母さんに『ボーッとしていないで早くしなさい』とか、言われてるよな?」

「うん」

「それはな、自分はいつか死ぬってわかっているから、時間の無駄っていう考えができるんだ。――――あ、べつに女将さんは今すぐ死ぬってわけじゃないんだ」

「死ぬって・・・死んだら、どうなるのー?・・・」

「知らん。死んだことないからな。けど、なぜか解んないけど、怖い物なんだ」

「蜘蛛よりこわいのー?・・・そこにいないものなのにこわいの・・・?」

「そうだな。言われてみれば不思議なものだ」

 そういえば、戦争の無いとある国でアンケートが行われた。この世で一番怖いものは何かというアンケート。それは死よりも蜘蛛の方が怖いという結果が出たのを、どこかで見た気がする。まぁこの話とは関係ないか。

「で、命っていうのは、生まれてから死ぬまでの間にある、大切なもので。

 生きている途中で死ぬのは、とても悲しいことだ」

「うん・・・それは・・・・わかる」

 ここでエリンは伏し目がちになり、自分の両手を見つめる。

「えっとねー・・・ここはねー・・・かえってこない人がいるのー・・・」

「帰ってこない?」

「うん・・・雪が降ったのが3回くらい前の・・・キラキラ重たい服を着た人たちの中に・・・まだここに帰ってないの」

「――――――――」

 ノリスが言っていた戦争の事か?

「うん。すこし・・・命って・・・わかった」

 2回ほど頷いて、また俺の目を見つめる。

「おんじんって・・・?」

「恩人。・・・情けをかけてくれた人。力になってくれた人。

 人の命は第一に守られるべき(最も尊ばれるべき)であるという社会的通念――あ~、皆で決めた事?――ってのがあって、死にそうなくらい困っている人がいたら、まぁ、大体の人は助けてくれるかな・・・」

 子供の疑問に、明確な答えが見つからない事に、自分にもなにがなんだかわからなくなってきた。一度は火災の鎮圧、抑圧と人命救助の消防士を目指そうとしていたのに、情けない話だ。

「命の恩人・・・って・・・すごいの?」

「そこは自分で考えてくれ。

 お前はお母さんに、命の恩人に、どうするっていわれた?」

「えっとねー・・・お礼・・・しなきゃねーって・・・あのね。

 すごい、うれしそうだったの・・・毎日この家で働き続けて、お父さんとお母さんと、おじさんとおばさんと、おてつだいのフリスチーナとソラヴィも、手を止めて・・・よかったって、私をギュッとして・・・死ぬって・・・ううん、死ななかったって・・・大事な事・・・?」

「そうだ」

「お礼って・・・なにするの・・・?

 いつか死ぬってわかっている人が怖いって思っている『死』を、

 エイトが力になってくれたんだよね・・・? シナナイヨウニ・・・」

「死ぬってのが判らないなら、お礼はいいぞ」

 なんだか段々、本格的に眠くなってきた。エリンのゆっくりとした口調を聞いていると、高速道路で運転しているときの、あのヤバイ眠気に襲われている気分だ。

 ちゃんと子供の大事な話を聞かなきゃいけないのに、本人は催眠的だ。

「うん。わかった・・・でもね・・・お墓のおじいさんがね・・・」

「墓守の魔法使い?」

「いつかね・・・私は・・・誰かに・・・あげなきゃって・・・」

「?」

 突然歯切れが悪くなるエリンに、俺は最後まで聞いてあげようとした。しかし、意に反して、瞼が熱のこもった飴細工のように重たくもたれ、半目になる。

「だからね・・・これ・・・お礼・・・」

 不意に、エリンの両手が伸び、俺の両目を覆う。

 瞬間、痛みと閃光。

「んぎゃ――――!!」

 突然の衝撃に、俺はベッドにうち伏せられ、痛覚と意識が混濁する。

 この感覚には憶えある。そう――――あの時、元の世界、日本、あの居酒屋で。

 でもどこか違う。2つの眼球以外のすべては平穏だ。しかし脳はどうか。

 事実、俺の視界に移るすべてのものが歪み、物体の境界がなめらかではなくなり、ものの移動もスムーズではなくなりました。映像機器で撮影したものを、芸術家気取りが過度に編集した世界を見せられるようでした。

 視界に打つ天井の真ん中をトレースして、網目状に永遠に枝分かれします。それは少しずつ形を変え、フラクタクルの模様が鮮明になる。かと思えばまた見た事もない幾何学模様に映り、もはや俺の専門外の3次元的フラクタクル亜種が脳に刷り込まれてくる。

「おやすみなさい・・・」

 エリンが優しく、視界の外で俺に毛布を掛けてくれる。やがて視界の色は消失し、光に敏感になり、ゆっくりと飽和する。すべての感覚が未来に向かう。

 太陽はシャボン玉のように弾け、星々は昇らない。夕闇が過ぎて後に残った暗闇のように俺は眠りについた。


 それから俺は都合3日間、仕事を休むこととなった。


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