6袋目 同居人の恋文作戦

 砂金採りが始まって3日が経った。

 ジキルがトラトスの街を出て、次の街へ移る事になった。

「一通り、売れる物は売って、ここで安く買える物を、別の所で高く売る。

 これが僕の仕事だからね」

 そういって淡々と荷支度を始めるジキルに、仕事人としての矜持を見た。

「・・・ちょっと待ってな」

 俺は何か贈り物が無いか、倍増袋の中を探る。ジキルは商人だ。商人なら売れる物か自分の商売に役立つものが良い。教養より実学を重んじる人種なのだ。教訓になる言葉ではなく誠意ある物がいい。

「うーん、これがいいかな・・・」

 俺は倍増袋で増えたボールペン2本とA4コピー用紙を取り出す。ジキルに手渡し、ボールペンの使い方を教え、紙は特殊な薬品で色を白くした紙だと伝えた。

「これは・・・すごい! どこで手にいれたんだい!?」

「それは流石にいえないなぁ」

 言ったとしても信じて貰えないだろう。いや、この善良な人間の鑑みたいなジキルなら信じるかもしれないが、とにかく今は真実を言うのはやめておこう。

「俺も一応、商売をやってみようかと考えてたところなんだ」

「そうなのかい? それじゃあ仕様が無い。商人希望でも、自分の仕入れ先をおいそれと教える訳にはいかないもんね」

 それだけ言って、ジキルは商売道具の袋ではなく、私物の袋にボールペンとコピー用紙を入れる。どうやら商品ではなく自分用に使うようだ。

 ジキルの荷支度を手伝い、宿屋の前に止めておいた馬車に荷物を運ぶ。

「別に手伝ってくれなくても・・・」

「いいからいいから」

 なぜ俺は自分の意思で、ジキルの旅立ちを手伝わずにはいられなかったか。

 この男の善意と誠意に報いるには、これくらいはしなくてはと思ったのか。

 荷物をすべて運び終え、女将さんに宿屋の残りの代金を支払い、ワゴンに乗る。

「それじゃあエイト君。僕はこれから東のヘリファスを超えてパーリーンの街に行く予定だから。この街に戻ってくるのは何時になるか分からない」

「――――ああ、そうか。ここで再会することはないかもって事か」

「そうだね・・・」

 少しの沈黙の後、ジキルが右手を差し出し、俺は答えるように握手した。

「それじゃ、がんばって」

「そっちこそ。旅先は気を付けるんだぞ」

 短いやり取りだが、俺はこの時の事を忘れないだろう。

 この異世界に飛ばされて初めて優しくしてくれた男の顔と名前を、俺は忘れない。


「さて、俺もこれからはいろいろと忙しくなるぞ・・・」

 ジキルの別れを惜しんでる暇はない。俺は部屋に戻り倍増袋の傍らに置いてある腕時計を確認する。時刻は7時59分。倍増袋の機能を確認する為袋から出しておいたのだ。見たい品物を頭に思い浮かべてから、袋を開ける。

「10,9,8・・・」

 カウントしながら、袋に入れてもうすぐ24時間が経とうするひもを眺めている。そして時計が8時ちょうどを刻む。

「――――うむ、増えたな!」

 紐が二重にブレて、分裂する。紐は鹿の毛皮から作った約1mのもので、これから増える品物を束ねるのに使う予定だ。他にも用途はあるだろうし、増やすものは早いうちがいいと思って市場で買ったのだ。

 検証した結果「24時間で増える」この仮説が立証されただけでも満足だが、実はもう一つ分かった機能がある。俺は袋から少し離れて手を前にかざす。「こっち来いこっち来い」と念じると、倍増袋がピクリと反応し、のっそりと宙に浮き、びゅんと一瞬で手元に飛んできたのをタイミングよくつかむ。

「・・・おもしれーなコイツ」

 手元に来るまたは戻ってくる機能。多分紛失しても大丈夫ようについた機能なのだが、少しは応用できるのではないかと想像してしまう。

「・・・さーて、そろそろ行くか」

 時間的に川に行って仕事に行かないといけない時間帯になったので、袋をベッドに置いて、俺は部屋を出た。廊下に出た時、出入り口の前で掃き掃除をしている子供を見かける。女将の一人娘で、名前をエリンという。確か9歳と言ってたはず。

「いってきまーす」

「ふぁー・・・・・・いってらっしゃぁい・・・」

 あくびをしながら箒を左右に振るエリン。年相応に幼い割には無気力な子である。

 客の荷物に何かする子じゃないと女将は言っていたが、本当なのだろうか・・・?


 現場に着いた俺はあることを思いついて、そのことをトーマスに伝える。

「あー、悪くないかもな!」

 以外にも好印象だったらしく、すぐに紐を用意して子供たちを集めた。

 昨日用意してもらった磁石を紐で縛って、もう片方は子供のズボンに結び付ける。

 子供が砂金採りの手伝いが嫌になり他の子と遊び始めた時、磁石を川底に沈め、川の中で遊ぶようにと言いつけ引きずらせる。しばらくすると砂鉄が集まって取れる。

「こりゃいいや! ここんところガキどもが遊んでばっかで、どうしたもんかと思ってたんだ!わずかな量でも毎日これを回収すればバカにならん量になるかもな!」

 砂金以外にも鉄も欲しがっていた鍛冶屋の依頼が一昨日からあった。パン皿で回収する砂鉄では足りないかもって話をしていたので、ちょうどいい方法になった。

「そうだ、 昨日行ってたピンセット…だったか? 試作品ができたんだった」

 トーマスがポケットから一本のピンセットのようなものを取り出し、俺に渡す。

「どれどれ・・・」

 砂金を取り出すためにピンセットは必要だと思った。パン皿で辛抱強く揺り動かして砂と取り除くのはいいが、最後あたりでみんな砂金を指で掴む事ができなかった。

 俺も失念していたことなので、急遽鍛冶屋にピンセットの製造を依頼したのだ。

「・・・・・・まぁ悪くないかな」

 辛口なのは、日本で使っていたピンセットより精度が悪そうだったからだ。試作品の先端は極細で尖ってはいたが、掴みやすい様に加工すべき凹凸が無かった。

「これなら簡単に砂金が取り出せるな。えっとそれから・・・」

 次にトーマスは薄い蝋紙を取り出す。俺は頷いて、それを砂金採りをしている人に渡すよう促した。作業者の一人が手を止め、蝋紙を受け取り、別の作業場に向かう。

 向かった先にはパン皿から取り出して天日干しにしていた砂鉄の山がある。

 まずは普通に磁石を使って砂鉄を取り除く。金は磁石にくっつかないので砂鉄だけが取れるのだが、何度か砂鉄を取り除くと今度は磁石にくっ付かない砂鉄が残る。

「えっと、これを、こう・・・かな?」

 そしたら次は磁石を蝋紙に包んで、それを砂鉄の山につける。すると、微量だがくっつかなかった砂鉄がくっつくようになる。これ、じつは砂鉄同士が磁力を持ち、砂鉄とくっついた砂金ともくっついて重くなり取れなくなるのだ。そこで何でもいいから薄い紙で磁力を弱めた状態で細かい砂鉄だけをとり、砂金とくっついて重たい砂鉄は落ちるという仕組みを考えたのだ。

(もしくは蝋紙が絶縁体の役割を果たし、静電気を除去している?)

「おおっ! いけたよエイトさん! トーマスさん!」

「やったなエイト! お前の言うとおりになったな!」

「ああ。あとの砂鉄と砂金はパルペイアさんの錬金魔法で分離してもらうとしよう」

 錬金魔法は、パルペイアさんから聞いたところ、魔法で卑金属を貴金属に替えようと研究された魔法の分野の一つで、立派な学問らしい。魔力を媒介にして現実世界に存在する物質に干渉し、変化させるそうだ。・・・まだよくわからん。

 しばらく砂鉄を取り除く作業をすると、砂鉄の山はほとんど取り除かれ金色の割合が大きくなった。ここからもう1回パンニング、それからピンセットで砂金を採る。根気と集中力がいるのでこれは俺の作業になりつつある。

「辰砂、柘榴石ガーネット、石灰、石英・・・」

 砂金以外の砂粒を丁寧に取り除く。こうやって午前の作業は過ぎていく。


 夕方に差し掛かった所で、今日の砂金採りが終わり、パルペイアが換金に現れた。俺はトーマスと共にパルペイアのもとへいって、今日の収穫を渡す。

「今日も良く採れていますね。伯爵様もお喜びになるでしょう」

「へへっ、そういってもらえると嬉しいな・・・!」

 トーマスは自分の仕事が街に貢献していると喜んでいる。

 ここで俺は二人の間に入って

「換金とは別に、わたくし個人の収穫をナゲットにしていただきませんか?」

「ほぉ・・・?」

 パルペイアが意外そうな顔をする。そして次の瞬間には頭の回転をフルに起動させ、俺の意図を察する。

「個人的に砂金を所持して、別の街に売りに出かけるのですか?」

「はい、いつかそうしようと考えておりました」

 そういいながら、自分が3日間集めた砂金を、パルペイアに見せる。

「・・・いいでしょう。まだ砂金の採取が始まったばかりの事ですし、特例として認めましょう。君は計算が達者で住民の指示も的確で現場を離れていても問題なく仕事ができると、トーマスから高い評価を受けていますからね」

「ありがとうございます。トーマスさんもありがとう!」

「おいおい、そう改まって頭を下げないでくれよ! お前なら一山当てるって信じてるんだ! 他の町で上手く捌きなって!」

 パルペイアは俺が集めた砂金を一つにまとめる。大きさはだいたい、BB弾一つ分といったところか。金は比重が重いのは前述したが、その重さは同じ体積の水の約19倍である。たとえ小粒の球形でも、重さをしっかりと感じられた。

「おおー・・・これが金・・・3日間頑張ってこれくらいか・・・」

「今回だけですよ?」

「それじゃあお疲れさん! また明日も頼むぜ!」


 宿屋に戻り、部屋に入った俺はまっすぐベッドの上に置かれた倍増袋に金の粒を入れる。これであとは数日間、増えるのを待つだけだ。

「・・・ううん、違う・・・もっとこう・・・うぅ~~~ん・・・」

 向かいベッドのロミオが、羊皮紙と羽ペンを持ってうなっていた。いや呻いていたと形容したほうが近いのか、とにかく見ていて愉快だった。

「おいおい、どうしたロミオ」

 声をかけたが、ノリスが止めに入る。

「やめとけエイト。ここ最近ずっとこんな感じさ」

「・・・なにか知ってるのか?」

「ああ――――言っていいのかな?」

 ノリスがにやにやと口を、ロミオがフルフルと首を振る。

 これは、面白そうなことだと思う。俺はこのやり取りに乗っかる。

「なんだよ、気になるじゃないか」

 ロミオの近くまで歩いて、パーソナルエリアぎりぎりまで止まって話を聞こうとする。ノリスもそれに続いてロミオに近づいて、話の輪が形成される。

「ええ、ちょっと待って――――」

「いやいやロミオくん、別に俺らはからかったりいじくり回したりしないから」

「そうだぞ、何時までもウジウジしてもしょーがねぇんだ。同室のよしみでエイトにも相談したらどうだ? 聞くところによると、こいつかなり頭イイらしい」

「あん? イイらしいってなんだ?」

 ちょっと聞き捨てならないな。でも今はこっちのほうがおもし・・・大事だ。

「じ、実は・・・・・・ジュリエットという女性が知ってるかい?」

「・・・ん!?」

 ロミオが非常に気になるワードを口にしたので思わず声を上げた。ロミオが、ジュリエットという名前を出した時点で、あのシェイクスピアの戯曲を思いだす。

「うおっ、どうしたエイト?」

「・・・い、いやなんでもない。続けて、どうぞ」

“そんな訳ないよな?” と首を傾げながら促す。

「うん・・・・・・最近、ジュリエットの事を考える時間が増えて・・・

 街中で見かけたら振り向いて、目で追いかけてしまって・・・」

「ジュリエットつったら、郊外に住んでる魔法使いの爺さんの孫娘だな」

「彼女は他の女性より、輝いて見えて・・・際立って美しいんだ。

 でも、彼女に近づくと足がすくんで、彼女の前に立つと上手く話せなくて。

 鍛冶場から離れているのに全身から汗が吹き出して、喉が渇くんだ・・・」

「そこまでか・・・ああそれでラブレターというわけか」

 恋文、それは洋の東西と時代を問わず、己の愛情をしたためた物。事情があって特別な思いを告げないとき、遠くへ行って離れ離れになる前、直接手渡せない場合は人づてに届けるなど、相手が自分の愛情に気づいてくれる手段である。

 日本では和歌とそれに沿った花を添えたらしいが、この世界ではどうだろうか。

「そうなんだ・・・けど彼女は本を書く仕事をしてるんだ」

ほーん? それから?」

「なんでも魔術書の写本を仕事にしているらしくて、学の足りない僕にはよく分からないけど、そんな彼女に詞を贈るなんて・・・人生で一番の難関だよ・・・!」

 ここでモンタギューではないロミオが頭を抱えてしまう。

「なるほどな。机仕事でいろんな本を読んでいる人に、自分の愛のこもった詞が彼女に届くかどうか不安で、しかも詞に何か文学的な間違いがあったら、ジュリエット女史の機嫌を損ねるんじゃないかと?」

「そうなんだ・・・!」

 顔を上げて悲痛な叫びに似たロミオの肯定を見せられて、ノリスが呆れ返る。

「こりゃ重症だな。そこまで自分を追い込まなくてもいいのにナ」

 俺は一計を案じようと右手で顎を掴んで思索する。

 考えるに、目的は単純だが理想の展開を想像しハードルを上げているのが問題だ。

「・・・一応聞くが、詞を贈らなければならない、というわけじゃないんだな?」

「え?」

「・・・・・・そうだなー、詞を贈るのは学者か吟遊詩人とかだよなー」

「じゃあ自分の気持ちを普通の文章で、回りくどい言い回しを排除して簡単に、いきなり男女の交際関係ではなく、会ってみたいけど近くにいるだけでいっぱいいっぱいになる自分を知ってください的な手紙にすりゃいいわけだな」

「で、でも」

「じゃあ他にあるのか? もし今お前が手紙を書く事に躊躇している間ほかの男が恋文を書いて、明日の朝届けに行ったらどうする? 俺があった事もない女に恋文を書いてしてもいいんだぞ」

「――――も、もうそれしかない、かも・・・・・・」

かなり脅しを含んだ言葉に、ロミオがやっと決意を固める。

・・・まぁ俺まだこの世界の読み書きできないんだけどね・・・。

「よし! あとは書くだけだ! エイトに相談してみるモノだな!」

「う、うん。書いて、みる・・・」

「最初は差し出す相手、“ジュリエットへ”。それから突然手紙を送ったことは控え手に謝罪しつつ読んでほしい旨を書く。そうだな・・・」

「ええと、じゃあ・・・

 “ジュリエットへ、突然の事で戸惑っているかもしれないけど”・・・」

「・・・よし、そこからさっき自分が言った街中で見かけたらと、君だけが際立って美しく見えるって所、自分の言葉をどんどん入れてだな・・・」

「なんだが恋文っぽくなってきたな、いいぞ・・・!」

「うん、自分の言葉を・・・文字に!」

「そうだ、見た目を褒めるのは絶対だめだ。女ってな本人にしかわからない劣等感ってものがある。あり方や振る舞いが美しいにしとけ」

「えっと、じゃあ“他の年頃の女の子とは別の”・・・」

 こうして、俺が考えて、ロミオが書いて、ノリスが批評するという作業を繰り返し、寝食を忘れ、追加のろうそく代を払い、深夜のテンションのなか明日仕事があるという現実に我帰る瀬戸際で、一通の手紙が出来上がった。


翌朝。ロミオの恋文をという事になった。


「テメェそれでも男か!? キ×玉ついてんのか!?」

「だ、だってぇ・・・」

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