5袋目 砂金と倍増袋

 トラトスの街の東には幅8mくらいの浅い川が流れている。細流せせらぎの音が俺たち誘惑しているようだ。そう、今日は街の住人と出稼ぎに来た俺たちの手で、魚が死なない程度に川底を蹂躙するのだ。

 砂金を採ると言っても、大規模なものではない。街の住人達が家族連れで町内会のイベントよろしく穏やかに初めて。岩をどかしたり、水切り籠で石と砂をより分け、パンニング皿で地道な砂金の発見と収集をするのは俺たち“ひと山を当てたい組”だ。

「よーし! とりあえずココからはじめるぞぉ! ここがフィリーズんとこの倅が遊んでいた所の下流だ!」

 トーマスがハキハキと大声で指揮する。街の住人達は慣れた風にトーマスの言うとおりに動く。俺はとりあえず靴を脱いでズボンの裾を上げ、川の中に足を突っ込む。

「うひょうう冷たいぃ!!」

 膝と尻がぶるっッと震える。川に入るなんて十数年ぶりだ。川の流れは穏やかそのもので、この中で静かに砂金が眠っているとは思えなかった。しかし、川の上流を見あげると、ジキルが言っていた鉱山が遠くに見える。つまりあの山は金脈(熱水鉱脈等)はあったが今まで見つかっておらず、この川の堆積物の中に溜まっていたのだ。

「エイト! バケツは持ったな! よーしヨォーシ! このまま進めてくれ!」

 トーマスは気合十分で、誰よりも強い砂金採りの意気込みを感じる。

 後で聞いた話では、トーマスはもともと鉱夫の家系で、鉄鉱石や炎鉱石(とても危険で魔法的なアイテムの素材らしい)を掘っていたが、トラトスの街周辺は掘りつくして、別の仕事をしていたらしい。つまりトーマスにとってはたとえ砂金であっても願ってもない大切な仕事なのだ。

 砂金はさまざまな自然金のなかでも純度が高い。岩石中に見つかる自然金を山金やまきんといって銀も含まれていたりするので12~20金で純度はたかくない。一方で砂金は18~22金。18金で金の含有率が75%。金貨の材料として最高の素材である。

 日本では大量の砂金が取れる為、13世紀末、イタリア人マルコ・ポーロによって「黄金の国ジパング」と紹介され、やがてそれが到来する大航海時代の一つの引き金になった。現在では砂金採取の体験施設ではあらかじめ砂金をばらまいて、お客様に砂金採りを楽しんでもらっている。徳川の埋蔵金? 知らんな・・・。

 「さーて、確か取れやすいポイントってのがあったはず・・・」

 俺はうろ覚えの「砂金採りのノウハウ」を思い出しながら、川の中を歩く。他の人たちも川の冷たさに震えながら入っていく。

 砂金は小さな砂粒大でも比重は重く。石や砂利の下、砂の中かさらに下の粘土層、地盤の上にある。それをより分けて砂金を集めるのだ。

「そっちのカーブした川の内側のよどみを見てくれー」

 俺は取れやすいポイントの近くに居た見知らぬ一家に指示する。一家のうち父親が頷いて、母親が子供たちの尻を叩いて移動させる。

「そこの樹木の根元が川の流れで削れた「窪み」とかあるそうだ」

 次に一獲千金を夢見てはしゃぐ男の子たちの群れに指示する。どこへ行ってもこういう調子に乗るのが取り柄の男子の一団は居る。俺も昔そうだったからわかる。

 ガキどもは我先に窪みへ向かい、しゃがみ込んで小さいシャベルとバケツを持ち込む。まぁ初めての砂金採りだし、やり方は追々教えるとして・・・。

「ちょいと爺さん。そこの岩の割れ目の草の根元にあるかもだから慎重に頼むわ」

 しゃがみこんでわが道を行こうとする老人に注意を向ける。老人は手をハタハタを振ってから、根元からとった草を幅のある桶に入れる。

「エイト。こっちの岩をどかすの手伝ってくれ」

「OK」

 そして最後は定番の大きな岩の下。あとは適当に川底をさらっても出る時は出る。

 俺たち男衆は丸太を突っ込んでテコの原理で持ち上げるのと岩を押し出す二班に分けて、掛け声に合わせて岩をどかす。

 木の板を組み合わせて作ったを川の中に沈める。藁や麦で作ったむしろを敷く。流れの中に入ったら川底の砂をに流す。ここで砂金は底のではなくふるい代わりに敷いたむしろに着くので、筵を別のおけに映し、それをよく洗い落す。

 筵を取り除いて、桶の底にたまった砂を揺り板とパン皿に移す。揺り板もしくはパ皿を両手で持ち、前後に揺り動かして軽い砂粒を流す。

 何度も何度も縦に横に揺り動かして、粒の大きい砂を外側に、比重の重い砂鉄や砂金を内側、底の方へ移動させる。

「よしっ、黒い砂鉄があるなら砂金もあるな!」

 トーマスは手の空いてる人たちを呼んで、揺り板とパン皿の使い方を教えながら、自身もパン板を使って砂金採りをする。俺もそれに続いた。

「あとは地道にとっていくだけだな・・・・・磁石が欲しいな」

 一応金属なんだし、取れるんじゃないかと思ったが、それは無理のようだ。

「磁石?・・・ああ、そうか! その手があったな!」

「エ? あるの磁石?」

 磁石は18世紀末に人工的に生産されるまで希少な天然石であった。

「ああ! 鉱山で採れる磁鉄鉱じてっこうに雷の魔法をドカーンとぶちかまして磁石を作ってるんだ! すぐに取って来させてやるよ! なんなら魔法使いの爺さんに頼んで作ってもらおうか!」

 なるほど、普通は磁性を持つ磁鉄鉱は天然の磁石ではない。自然現象の雷が落ちて初めて天然の磁石になるのだ。しかし、そうか魔法か。便利だが元の世界とは別の進歩の道を歩んでいるのだな。それについては追々勉強することにして、今は砂金だ。


 砂金採取は思っていたより順調だった。子供たちが飽きはじめて川遊び。大人たちは板と皿を持って地道に採取している。黒い砂鉄の中にキラリ、砂金が少しずつ顔を出してくれる。これが即座にお金になるのだから、みんな笑顔である。

「手付かずの採掘場だから採れる採れる・・・!」

「ところで、集めた砂金はどうするんだトーマス?」

「ああ。そろそろ辺境伯の遣いがやってきて、お金に換金する手はずになってんだがなぁ・・・」

「お、噂をすれば何とやらだ・・・パルペイアさーん!」

 街のほうから一人の男がやってきた。男はトラトス辺境伯に仕える財務官で、砂金の換金をする役目を仰せつかってきたようだ。

「やあみなさん。砂金を採るのは順調のようですね」

 パルペイアは文官にしては労働者をいたわる姿勢を持っているようだ。

 ・・・おおっと、いかんいかん。元の世界の役人のステレオタイプでこの世界の役人を判断してはするのはどうかしている。

「ああ! 想像していた以上に採れる! 見てくれよこの量を!」

 トーマスが自慢げに取れた砂金をパルペイアに見せる。砂金は小さじ一杯にも満たないが、午前中にこれだけ採れたのは、砂金採りを知っているものにとっては大成功である。パルペイアが満足そうに頷いて、さっそく換金を申し出る。

「では、この砂粒の状態では持ち運ぶのに不便でしょうから、私自らの手で1つにまとめましょう」

 トーマスから砂金を受け取り、岩の上に置いた砂金に両手をかざし、何やらブツブツと詠唱する。すると砂金はドロリと溶け合い、一粒のナゲット(金塊)になる。

 遠くから見ていた俺は思わず「おおっ」と声を上げる。

「炎の魔法と錬金魔法の基礎を組み合わせれば、適切な処理で集めた砂金を金塊にできるのです。ではこれを測量し、お金にしましょう」

「お願いします」

 トーマスが礼儀正しくするあたり、パルペイアという男は信用できる人のようだ。

 しかし、魔法か・・・さっきの雷の魔法で磁石を作るっていうアイデアもさることながら、かなり機械に頼らない文明を築いているようだ。

「他の人もああやって魔法が使えるのか?」

「ええ? いやいや、魔法ってのは才能とか血筋とか教育とか、とにかく俺たちには縁が無いよ。こうやって地道に作業するだけさ」

「そうか・・・」

 元の世界で魔法が使えなかったが、こっちの世界にやってきてから魔法が使える。――――なんて、都合のいい話があるわけないか。結局どの世界にいっても性根が悪ければどこでもうまくいかない話だ。そういえば仕事を覚えるのが遅い事をウジウジと色々理由付けて、結局転職した同期がいたな。あいつは元気にしてるのだろうか?


 太陽が真上に来た時、俺たちは休憩を取る事にした。各家庭から奥様方が昼食を作ってきて、俺たち振る舞ってくれる。これでしばらくは昼飯に困ることは無い。

 食べ終えた俺はトーマスに次の作業は何時か聞いてみた。

「別に過酷な労働環境を構築する為にやってるわけじゃない。

 日が傾いて涼しくなったら砂金採りを再開するから、それまで自由にしてくれ」

 なんと良い話なのか。日本の勤務時間内で効率よく仕事しようと盲目的にやってた時とは大違いだ。砂金採り自体も急を要する仕事ではないし、かなりのんびりとしたものだった。

 俺は街に戻って、しばらく市場と広場をブラブラしてから宿屋に入った。

「あら? お仕事はもういいのかい?」

 宿屋の女将さんが俺を見るなりそう聞くので「日が高いうちは無理しちゃだめだとさ」とだけいって自分の部屋に向かう。6人部屋に入った俺は、ジキルが銭勘定しているのを見つける。

「・・・やぁ。昼休憩かい?」

「ああ、朝から飛ばし過ぎたらしいから、休憩は長めにとるそうだ」

 俺のベッドの上には“忌々しい袋”改め“倍増袋”が無造作に置かれている。

 倍増袋の中を見ると、案の定だった。昨日の昼に買っておいた生活品やスーツ、シャツ、ズボン、靴が2つに増えていた。

 俺は砂金採集が始まる前に倍増袋の不思議な機能について調べ、現状判っている機能を、もう一度確認するため試してみる事にした。

 まず、ソート機能。袋の中に優先順位をつけて取り出したい物品を袋口のすぐそばに持ってくる機能。これは一旦袋を閉じ・・・

「(靴・・・靴――――)」

 それから取り出したい物品を頭の中で想像し、袋を開けるとその物品のみ袋の中に存在し、それ以外の物品は消えてなくなってる状態になる。

「ふむ、やっぱり靴が2足だけでてくるっと・・・・」

 ただし、ビジネスバッグの中にあるものは、ビジネスバッグごと出てくるので、これはかえって不便だった。そこで俺は増えてしまったビジネスバッグも一緒に取り出し、その中のものをすべて1つずつ倍増袋に入れ直すことにした。

 クリアファイルから出した書類と白紙のコピー氏は別々に入れ、名刺入れに残りの名刺をすべて入れて、筆記用具は「現状すぐに使えそうなもの」と「この世界では役に立ちそうにない」ものに分けておく。ガム、カロリーメイト、スニッカーズが増えるのはうれしい。もしもの時の非常食になるし、甘味が恋しい時に取り出せるし、これを交渉の際の餌にできるかもしれない。携帯用バッテリーと乾電池が増えるのはいいが、肉体労働に励んでいる現状これらを使う機会が来るのだろうか・・・?

 もう一つの機能は・・・機能と言うべきか分からないが、容量が現状分からないという事。もしかしたら100個まで増えたら頭打ちかも知れない。もしかしたら容量は無限大以上で、宇宙に存在する素粒子より多くの品を保存できるかもしれない。

 どれだけ増やせるか試してみたいが、それはとても恐ろしい試みに思える。何かの拍子で制御不能になって、袋の中身をすべてぶちまてしまうのではないかと想像してしまう。


 仮に――まだ試していないが――生きている一匹の鼠を倍増袋に入れたとしよう。

 おおよそ24時間(まだ正確に測ってないが仮に)で1つの物体を2つに増やす機能として、丸1日で2になる。2日目で2が4になる(現に靴の左右が増えている)。

 3日目でネズミが8匹になる。

 4日目で16匹。

 5日目で32匹。

 6日目で64匹。

 7日目で128匹。

 8日目で256匹。

 9日目で512匹。

 10日目で1024匹。

 11日目で2048匹。

 12日目で4096匹。

 13日目で8192匹。

 14日目で16384匹。

 15日目で32768匹。

「20日目で104万8576匹・・・うーん・・・・・・」

 正にネズミ算式に増えてくる。いや、正確にはねずみ算式は「月に12匹産むネズミのつがいから初めて、1年間で月に一度ずつ親も子も孫もひ孫も月々に12匹ずつ産めば276億8257万4402匹になる」って話だが、これは純粋な倍々ゲームである。

 もしこれを戦争に応用するなら、身分を偽って敵国に入国し、食糧庫にでも入れるくらいに良い働きを見せて出世して、隙を見て忍び込み、この増えたネズミをばらまけばいい訳だ。20日間で増えた104万の鼠が食料を食荒らし、数日もしたら子供産んで指数関数的に増えるだろう。・・・あ、この時は雄と雌はちゃんとつがいにしてから増やすべきか。ここらへんも考慮しないとな。ハハッ想像しただけで怖い。

「――――よし、整理整頓完了。砂金採りに戻るか」

 だが、俺はねずみなんてチャチなものを増やそうとは思っていない。増やすとしたらそう・・・この世界ならではのものがいい。たとえば魔法が付与された物品とか。

 聞けばポーションという聞き覚えのあるアイテムが売っているではないか。これはぜひ増やしてみたい。しかし、今は砂金である。

「お、もういくの? いってらっしゃい」

「ああ、じゃあまた」

 ジキルに見送られて、俺は現場に向かう。

 この倍増袋を持たされて、俺はとりあえずできることから始めてみようかと思う。

 たとえば集めた砂金を増やして金策にするとか。それから高価なアイテムを購入して増やし、それをもとに色々とやってみたいと計画している。

 それにはまず、初動は大切である。砂金を短い期間で集めるだけ集めてみよう。

 足取りは軽く、空は快晴だった。さぁ、午後も働くぞ。

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