4袋目 増えた・・・!?
詩人であり歴史学者だったテカトスの
失われたリン大陸から生き延びたヘルメネィの放浪部族は、100を超える国々の記録を残していた。彼らの紀行文学は他の追随を許さない。
またドルメネスの闘技場の最奥に封印されていた出場者名簿によると、30を超える人種民族、50を超える亜人部族たちが登録されていたことが分かった。
しかし、それもすべて、神より賜った兵器たち「
現在は1つの大陸に5つの国。3年前まで存在した聖王国の残党と、国として認められていない亜人の楽土「アモン・ギリ・イムラドリス」を加えれば、7つの勢力にまで統合、あるいは縮小されたと説明する。
人類の歴史は神々によって弄ばれ、またその神々がお隠れになったあとも、影響は未来永劫続くだろうと、歴察本の最後にそう書き記されていた。
「・・・え? 売れない? なんでさ?」
俺はトーマスの案内で寄ったトラトスの街で一番のアパレルショップ、ハリスの服屋に来ていた。なけなしの銀貨40枚を握り、スーツを脱いでこの街の住人と同じ服装に着替え、自分の衣服の鑑定と売却をお願いしたのだ。
服屋の店主でトーマスの20年来の友人、ハリスは申し訳なく頭を下げる。
「申し訳ございませんお客様。こんな高価な衣服はとてもじゃありませんが、わたくしどもの全財産を差し上げても足りないほどです」
「そんなに」
目を丸くして、綺麗に畳まれた自分のスーツを見る。
「これは、本当に・・・すごい逸品です。いままで帝都のお貴族や商業ギルドの趣向を凝らした衣服も取り扱いましたが、これはそれ以上かと。
使われている生地は羊毛ですが、糸の状態が手で紡いだものでは再現できない精巧なものです。織り方や風合いがこの街の技術では再現できません。縫合技術も人間の手で作ったとは思えません(ミシン目を指さし)。いったいこれをどこで手に入れたのでしょうか・・・」
俺はここで、自分のスーツを売るという発想が間違いだったことに気づく。これからこの町に住んで生計を立てるようにしないといけないのに、異世界の物品を持ち込んでいらぬ騒動を起こしてはこの街にいられなくなる可能性がある。
それが自分の衣服という何気ないモノでも、気を遣わなくてはならないようだ。
「うーん・・・売れないというなら大人しく引き下がりましょう」
畳まれているスーツ、シャツ、ズボンを忌々しい袋にしまう。
「残念です。この店が国一番になった時にまたお願いします」
そういって店主ハリスは申し訳なさそうに、また頭を下げた。常に低姿勢で接客してるのだろうか、どこか様式美を思わせる紳士然とした作法だった。
「じゃあとりあえずこの服を買います」
俺はこれから生活する衣服一式の会計を終え、服屋を出た。俺はスーツで金を工面できなくなった事にため息をついたが、トーマスが俺の肩を持つ。
「ハリスは信用できる。お前さんの来てた服については誰もしゃべらねぇよ。
売れなかったのは残念だが、まぁ明日の砂金集めでひと山当ててくれよ!」
「あ、ああ、そうするよ・・・」
そうか、そうだな。俺が貴重な一品、奇妙な物品を持っていたら、怪しまれるのは必然だ。痛くもない腹を探られることもあるだろう。それを誰にもしゃべらない人が相手だったのは、不幸中の幸いだと思おう。
トーマスは格安で泊れる宿屋と、これから必要な雑貨を紹介するため、俺の案内を続けた。トーマスは顔が広く、彼の紹介と「こいつは砂金でひと山当てる!」という根拠のない出世払いを約束させて、市場で安く買えるものを見つけては銀貨を消費し、お釣りの銅貨を受け取った。
腕利きの革職人の靴はその場で足の型を取って、最後の買い物を済ませた帰りには立派な革靴が完成した。値段は裕福な人の収入の半分程度で済んだ。
すっかり出で立ちは(顔をのぞいて)ここの住人といった風だ。
そうこうしている内に、わずかに斜陽が射す昼過ぎに宿屋に入った。
トーマスの紹介で案内されたのは、1階の6人部屋を共有する大部屋だった。すでに4人が簡素なベッドに腰かけてリラックスしている。
俺は「おおう」とこれからの生活に躊躇をおぼえ、自分のベッドに座る。
トーマスは明日の朝迎えに来る約束をして、帰って行った。
しばらくすると、ジキルが6人目の客として大部屋に入ってきた。
「やぁ。銀貨は足りてたかい?」
「ああ。いろいろと助かりました」
俺とジキルはあのあと酒場で別れて行動することにした。俺はトーマスに付いて行き生活の品を揃える為、ジキルは昼の商談にアポロン騎士団のもとに訪れ、その次はトラトス辺境伯に税金を納めるためだ。流石に俺がそれに付いて行っても仕方がないので、そうしたのだ。
「あのすごい恰好はやめたんだね。やっぱりこっちの服装がいいのかな?」
「まぁ・・・ね。スーツは引き取れないってさ。・・・そうだジキル、買い取ってくれないか? 服屋の主人が言うには全財産でも足りないらしいとよ」
冗談で提案すると、ジキルが冗談とわかって笑う。
「ハハッ、遠慮しとくよ。僕は自分の店を持つために行商人してるんだからさ。
商品を抱きしめて路頭に迷うなんてしたくないからね」
「そうか残念だ、ハハッ。店を構えた時は忠実な顧客になるとするよ」
辺りが暗くなって町が静かになる。子供も大人も家に入り、明かりが灯り食卓を囲む時間帯。大部屋の6人は宿屋の食堂に行って、安い食事をとることにした。俺は黒ビールに似たエールを頼む。初めて飲む異世界の酒に心おどらせながら、なんとなく大部屋の住人に声を掛けてみる。
「あなたたちも出稼ぎに来たのですか?」
その質問に最初に答えたのは、俺の隣のベッドのノリスだ。
「ん? イヤ俺は兄弟が多すぎてな。兄貴が1人。弟が3人、妹が2人。自然家を出なければならない。独身が家を持つのは裕福な奴くらいさ」
ノリスが一人の男を指さす。刺した男は確か俺のベッドの向かい側にいた男だ。
「こいつは鍛冶屋で修行してる見習いさ。最近親方に怒られてばかりだ」
「ちょっとノリス・・・そりゃないよ・・・」
日焼けた肌と鍛え上げた肉体に対して気弱そうで穏やかな雰囲気が妙にミスマッチな男はロミオと名乗った。他の二人は流れ者らしく、遠慮気味というか嫌そうな顔を見せないように話をはぐらかすので、俺は二人の名前や素性について追及しない事にした。あとでノリスに聞いたが、二人は家具や兜などの修理屋で、日銭を稼いで次の旅に出るまで問題を起こさないように大人しくしているらしい。
大部屋の6人は険悪でもなく、仲が良過ぎるでもなく、程よい距離感を保っていた。こうして一緒に食事をとっても苦痛に感じない程度には皆礼儀を弁えていた。
豚肉の塩漬け、硬いパン、エール。これが今日の夕食。かつて日本で飲み食いしていた居酒屋のメニューとは天と地の差だ。けど不味いとは思わなかった。
部屋に戻った俺は、ある違和感に気づいた。それは、あの忌々しい袋だった。
自分のベッドの上に無造作に置いてあったのだが、誰かが動かした形跡はないのに、袋のふくらみが無く、中身が無いように見えたのだ。あの中には持ち物全てが入っている。
「ん・・・!?」
もしかしてまたやらかしたか。
違和感に気づいた俺はすぐに袋をつかみ、中身を見た。すると・・・
「――――なんだ、びっくりした・・・」
ちゃんと中身はあるではないか。さっき市場で買った生活品。折りたためられたスーツ。ビジネスシューズ。ヴィクに手渡されたショートソード。
そしてビジネスバッグが2つ。
「ん?――――」
そしてビジネスバッグが2つ。
「――――んん!?」
俺は目を凝らして忌々しい袋の中を吟味する。が、どう見てもビジネスバッグは2つある。俺はたまらず一つを取り出し、中身を改める。
「・・・・・・・・・・・・」
中身はそのままだった。かつて日本で使用した書類、便利な道具たち、未来技術の結晶、あとお菓子。なぜか腕時計が無い。
一方の中身を改めた後は、もう一つのバッグの中身を見る。
こっちも同じ内容だった。バッグの底に溜まった埃の形や量まで一致しているが、こちらのバッグには腕時計はあった。
「どういうことだ・・・・・・」
俺はのけぞって二つのバッグを見比べる。忌々しい袋から取り出したビジネスバッグと、袋のままのバッグ。ふとまた一つ違和感に気づく。
袋の膨らみと、中の拡がりに矛盾があるのだ。これは両手でいっぱい袋を広げても、外側から見た袋の膨らみは、一定以上になるとそれ以上膨らまないのだ。
それに今さら気づいたことだが、ショートソードはかなり重いものだったのに、今までビジネスバッグ一つ分の重さしか感じなかったのだ。外に出したビジネスバッグと、それ以外のすべてが入っている袋を交互に持ち上げて、特に重量差が無い事に静かに仰天した。
「ん? どうしたのエイト? 何か盗まれたのかい?」
ジキルがあわてて袋の中身を見ている俺を見つけて気に掛ける。
「・・・・・・い、いや、ナンデモナイデスヨー」
俺はそそくさとビジネスバッグを忌々しい袋に戻す。この異常な事態を上手く説明する事ができなかったし、誰かにこれ以上異世界の物品を見せたくはなかった。
これからは上手くいきそうだと希望を見出した矢先に、気まずくなるような不可解な現象が、この忌々しい袋の中で起こった。
「そうだ、あのニカ・トバルが手渡したものだ。元々ロクでもないものだったのだ」
そう独り言をつぶやいて、あの居酒屋でもこの世界でもない、よく憶えていないどこかで、この忌々しい袋を渡された時のやり取りを思い出す。
『これは僕が最後に作ったものだよ。どうか受け取ってほしい』
『これはねぇ・・・ふふーん・・・! 世界を滅ぼすもの!」
『おおっと! コレは冗談で言ってるんじゃないよ!使いかた次第でって言ってるんだ! さァ中を見て!!」
『うっぷっぷ~、中は空だよ~★ でも袋口に入るモノならなんでもOKだから安心して! コレで僕たちが作った世界を好きにしていいよ♡」
あーむかつく。いま思い出しただけでも腹立たしい。しかしわかったことがある。
この忌々しい袋は使い方次第で世界を滅ぼす可能性がある。その可能性は、今しがた目撃した所だ。でもまだ不可解な所がある。どんな条件でこうなるのか、またビジネスバッグが2つになっても、中身の腕時計が一つしかない(いや元々1つだけど)。もし“袋の中に入れたものが増える”と仮定するなら、なぜビジネスバッグ以外のものが増えていないのか。ここで袋に入れた順番を思い出してみよう。
最初に入れたのはビジネスバッグ。これは間違いない。異世界に飛ばされた時、傍らに置いてあったのだ。なぜ居酒屋に置いてあったバッグが一緒になって飛ばされたのか定かではないが・・・次に入れたのはショートソード、その次がスーツ一式、昼間に買い物した物たち。これですべてのはず・・・。
「・・・あっ」
ここで俺は思い出した。ビジネスバッグは袋のままに、朝目覚めた時に腕時計を出して時刻を確認した事に。つまり袋に入れた時間差が生じていたことになる。
俺はもう一つ仮説を設けて、それを確かめるべく――あと明日の仕事に為にも――俺はいち早く寝る事にした。明日起こる仮説段階の怪現象に静かに興奮し、少し寝つけなかった。何度も深呼吸をして、心を落ち着かせていた。こんなのはいつぶりだろうか。会社の合併が決まった日か、いや初めて会社に出社する前日か、或いは・・・或いは・・・。
朝。
俺は他の皆が起きないように物音を立てず、しかし慌てたように飛び起きて、忌々しい袋を手に取る。ここで少し落ち着きを取り戻そうと、深呼吸する。
忌々しい袋を開け、ビジネスバッグから腕時計を、袋の中から出てこないように慎重に、慎重に取り出して、袋の底に置いた。
この時、腕時計に不思議な事が起こったのを見逃さなかった。どこも壊れていないのに時計の針が止まっていた。が、手に取った途端息を吹き返すように秒針、長針、短針が高速で左回転(つまり逆回転)し、現在の時刻を刻み始めたのだ。
手から離れた途端秒針が止まり、静止した。
午前6時10分23秒で止まっていた腕時計をじっと見つめ、まだかまだかとその瞬間を待っていた。
そして、見つめ続けること数分――俺には1時間にも感じたが――とにかく・・・
「お・・・おっ」
眠気が吹き飛んだ。腕時計が、2つに増えた。
“ぐにゃり”と一瞬、また一瞬、目のピントが合わなくなり二重に見える腕時計が、ついに目の調整機能を超越して現実的に二重にブレて、まばたきよりもわずかに遅く分裂して見せたのです。
全身の皮膚が引き締まり、血液が瞬間噴き出すかと思った。鳥肌が止まらない。
もしこれが腕時計ではなく、もしこの世界が典型的なゲームファンタジーなら、むかし子供の時分に父親が買ってきたビデオゲームの、終盤のボス敵に使おうと思ってとっておいて、遂に使わなかった希少なアイテムとか。伝説の武器や使い捨ての強力なアレコレだったらと思うと。子供のころの好奇心と叶えそうにない夢のある想像の産物が、この袋を通してできるのではないかと、強く期待してしまうのだった。
この「忌々しい袋」は、この瞬間を以て「倍増袋」に改名した。
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