アカネのせい 後編


< しにます



「ダメだろこんなの! ああもう! ああお前はほんとにもう!」


 こんなメッセ貰ったら、バカにされてると思うわ!

 ……いや、あいつらは穂咲のことよく分かってるから、何かの冗談だと思ってくれるかもだけど。


「ふっふっふ。完璧なシナリオなの」

「カントクぅ、さすがに勘弁してくださいよ。こんなの送ってどうする気なのよ」

「二人をここに呼ぶの。そのためにはこのセリフがいいって……」

「だれが」

「おばさんが」

「あのドラマ脳め! 帰ったら説教だ!」


 俺の叫び声に耳も貸さず、カントクは台本のページを何枚かめくる。

 そこには、屋上に駆け込む二人の姿が描かれていた。


「無駄に上手いね、絵。でもね、さっきのメッセ、場所も書いてないのにどうしてここだって分かるのさ。……………………あっ! って顔しなさんな」


 やらかしたことに気付いたカントクは、慌てて携帯をタプタプする。



< おくじょうなう



 バカだ。


 絶対来ないよこんなの。

 そのうち、なんの冗談か確認するための返事が来るに決まってる。


 呆れて何も言えないままカントクを見つめていたら、急に閃いた! って顔をしながら携帯をいじり出した。



< 現在湿度95%。すごい湿気なの。だから、こんなに茶色い屋上の縁ならつるっと滑り落ちちゃうの。これ、なんで茶色いの? 後できれいに洗わなくちゃ。あれ? 何の話だったっけ。ああ、そうでした! あのね、死



「ストーップ! 頭のおかしい子! それ送ったら、君は世界一頭のおかしい子!」


 強引に携帯を奪い取って書き込みを消去。

 ついでに謝罪もしておかなきゃ。


「まったく! こんなの読んで屋上に来るヤツ、世界一いいヤツしかいないぞ?」

「香澄ちゃん、世界一いいヤツなの」

「世界一いいヤツに、こんなイタズラしちゃいけません」


 俺は急いでメッセージを打ち込んだ。

 そして送信しようとした直前に、


「穂咲!」


 勢いよく開け放たれた扉から、渡さんが現れた。


「……おめでとう。君がいいヤツの世界一に決定しました」


 荒い呼吸で。

 そして必死な瞳で。


 ほんとにごめんなさい。

 さてカントク。この後どうするの?

 ああそうだ、台本……。


 続きを確認するためにページを捲る。

 でも、どこまで行っても、絵、絵、絵。

 最後のページ、地球を囲んで、手を繋いだ巨人が輪になって笑ってる。


「分かるかっ!」


 俺が怒りに任せて台本を床に叩き付けると同時に、扉からもう一人のいいヤツが現れて近付いてきた。


 それはもちろん六本木君。

 うわ、汗びっしょり。

 ごめんね。ほんとごめんね。

 でも、君は世界二位です。


「藍川! お前、そこまで思いつめてたのか!」

「穂咲! あたしが悪かったの! お願いだから考え直して!」


 うわ、ほんといいヤツら。


 カントクぅ。

 胃がいたいですよぉ。


「なあ、俺はこいつら騙すことなんかできねえぞ? 世界で一番いいヤツと二番目にいいヤツに迷惑かけなさんな」


 穂咲の頭に手を乗せて、深々と前に倒す。

 もちろん俺も心から頭を下げた。


 そんな姿を見た二人は、合点がいかない様子でお互いに目を交わしている。


「ごめんな二人とも。おい穂咲。お前、死ぬ気なんか無いだろうが」

「うん。無いの」

「はあ!?」

「え!? どういう事よ!」


 あらま。

 二人とも怒っちゃったよ。

 これじゃ仲直りどころか気まずくなっちゃうよ。


「ほら、ちゃんと謝って。ちゃんと説明して」

「あたし、死なないの。死んじゃったら、学校やめることが出来ないの」


 ん?

 学校やめる?


「なに言ってるの?」


 頭を抑え込んでいた俺の手を押し返して。

 見上げるタレ目には涙が溜まる。


「あたしがいるとね? 仲良しさんだった香澄ちゃんと六本木君がケンカしちゃってるような気がするの」

「察してたのか。…………でも、それで学校やめるの? それでさっき、この学校に思い残すことは無いとか言ってたの? バカだね君は」

「ううん? バカじゃなくてね、天才なの。あたしはいなくなるよーって言ったら、二人の喜ぶ顔が見れるの。あたしは、それが見たいの」

「…………やっぱりバカだね、君は。じゃあ、二人の顔を見てごらんよ」


 眉根を寄せた穂咲が見つめる先には、もちろん笑顔なんてない。


「あれ? ……なんで笑ってないの?」


 そこには、怒り顔があった。


 …………真剣な二つの怒り顔が、涙に濡れていた。


「バカ! そんなことされたら、一生笑えなくなるわよ!」

「香澄。……違うだろ」


 六本木君に背を押された渡さんが、穂咲の胸に顔をうずめる。

 力の限り、穂咲を抱きしめる。


「……ごめんね、穂咲。意固地になったあたしが悪いの。お願いだからそんな寂しいこと言わないで」

「いや、俺が何とかしなきゃいけなかったんだ。許してくれ、藍川、秋山」


 穂咲の気持ちを酌んでくれた二人の優しい言葉。

 そんな光景に目頭を熱くしていたら、穂咲は困り顔を俺に向けてきた。


「……どうしよう。二人とも、嬉しそうじゃないの」

「とことんバカだね君は。……でも、もう大丈夫だと思うよ?」


 未だに状況を把握してないこいつのことを、二人だってよく知っている。

 わざわざ笑顔を浮かべて、並んで立ってくれた。


「安心しろ藍川。お前が学校をやめずに、今まで通りにしてくれたら、俺たちはいつだって笑顔さ」

「そうよ。穂咲がいない教室なんて、考えられないわ」

「あれ? えっと、あれ? じゃあ、この退学届けは出しちゃダメなの?」

「ダメです。あと、そんなピンクのハートマークだらけの封筒渡したら、先生が倒れちゃいます」


 ……ようやく耳にすることが出来た二人の笑い声は。

 本当に楽しそうで。

 本当に幸せそうで。


 そして六本木君が渡さんの肩を優しく抱くと、渡さんは六本木君の肩に頭を乗せた。


「……ごめんなさい。秋山君、隼人。ありがとう、穂咲」

「俺こそ悪かったな、香澄。……ありがとう、藍川」


 ちょっ…………!

 ほんわかハッピーエンドと思いきや、まさかの大胆急接近!

 二人ともくっつき過ぎ!


 ふわぁ。侮ってたよ、文化祭のこと。

 これが憧れのビッグイベントってやつか。


 俺は赤い顔を自覚しながら穂咲を肘で突く。

 ほら、察しなよ。


 でも、穂咲には理解できなかったようで、急に肩を抱いたりした二人を見て真っ赤になりながら、口をパクパク。


 …………金魚?


 渡さんを見つめてパクパク。

 六本木君を見つめてパクパク。

 最後に俺を見て、首を捻る。


「あたしひょっとして…………、おじゃま?」


 これにはみんなで爆笑だ。

 ほら、お邪魔穂咲。

 俺たちは行こうか。


 穂咲の手を掴んで、そそくさと二人の前を離れる。


 振り向けば、手と手を取り合って。

 六本木君が渡さんの頭をぽんぽん撫でて。


 うーん、いい雰囲気。



 …………きっとふたりは、だよね。



 文化祭の奇跡。

 憧れのビッグイベント。

 あとは邪魔が入らないように祈るばかりだ。



「……あのね、道久君。さっぱりわからないから教えて欲しいの」

「ん? なにを?」


 手を放して、扉を開いた俺を穂咲が見上げる。


「上手くいったの? 二人は、仲直りできたの?」

「そりゃもちろん。さすがは名カントクだ」


 俺の返事を聞いた名カントクさん。

 これだけ楽しかった今日という日で、一番の笑顔をにぱーっと浮かべて。


 ……そして。


 お邪魔100%。

 二人に向かって走り出した。


「ちょっ! 察してあげて!!! ……いやお前には無理か」


 嬉しそうに二人に飛び付く穂咲。

 それを苦笑いで……、いや、心からの笑顔で受け止める二人。


 ほんと、君らはいいヤツの世界一だ。


 ……そして穂咲。

 君は、バカの世界一。



 呆れ果てた苦笑いで見つめる先には、幸せ笑顔の三重奏。


 そんな三人の奏でる笑い声が、茜色に溶けて行った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る