アカネのせい 前編


~ 九月十六日(土)  文化祭初日 ~


  アカネの花言葉 私を思って



 『文化祭』


 それは高校生にとっての夢。

 憧れのビッグイベント。


 クラスに部活に、一致団結。

 リミッターを外した自分の可能性。

 汗と涙と深まる友情。

 そして……。


 ……そして恋の渡り鳥が幸せを運ぶ。

 奇跡の時間が、今、幕を開ける……!



 🌷 ~ 🌷 ~ 🌷



 重たい目を開いて、開け放たれたカーテンを恨みを込めてにらみつける。

 窓から望む秋晴れの空はどこまでも高く、青く。

 その四角い枠を横切るイワシの群れを目指してヒワが飛ぶ。


 始発で帰ってきて、まだ三時間しか寝ていないというのに。

 なんて不快な目覚めを準備してくれるのさ、母ちゃん。


「今の、文化祭をタイトルにしたふざけた詩の朗読は何でしょうか」

「あはははは! 睡眠学習さね! 百回は唱えたから刷り込まれたろ! ほれ、とっとと学校行って、下手な鉄砲撃ちまくってきな!」

「あのね、母ちゃん。文化祭なんて、学生には普通すぎて面倒なだけだよ」

「なんて贅沢なこと言ってんだいこの子は!」


 なんか、ぷりぷり怒りながら掃除を始めてるけど。

 ああもう、ドタバタうるさくて寝てられないよ。


「憧れのビッグイベントってなにさ。大人になっても年中どんちゃん騒ぎするでしょうに」

「文化祭なんか開けないでしょうが!」

「しょっちゅうバザーとかフリマとかやってるじゃない」


 パジャマの上を脱ぎながらベッドの縁に腰かけた俺の目の前。

 母ちゃんがペチンと自分の目を手で覆って天を仰ぐ。


「か~~~~~っ! なんも分かってないねあんたは! 文化祭は学生の間だけの特権じゃない! しかも高校のうち三回の文化祭と言ったらもう、気合い入れなきゃいかんものでしょうに! そう思うだろ、穂咲ちゃんもさ!」

「うん。文化祭は憧れのビッグイベントなの」

「お前はほんと、なんでもすぐに洗脳されるね。ちょっとは自分という物をしっかりと持って………………………………きゃあ」


 うぉい!

 なんで俺の部屋にいるんだよお前は!


 慌てて上半身を隠す俺に、当たり前のように制服をほいほい投げてくるけど。

 なにそれ、ビッグイベントを前にしたプチイベント扱いなの?



 ……そんな、俺の部屋に勝手に上がり込んで平気な顔をしているどうしようもない幼馴染は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はウェーブを強めにかけたハーフアップにして、編み込みをアクセントに入れた複合技。

 ゴージャスなお姫様風アレンジだ。

 そして髪の至る所にアカネの白い小花をちりばめている。


 うわあ、気合入ってるな、おばさん。

 明日の予行練習と、明日の芝居の宣伝を兼ねてるって訳ね。

 確かに外部の人がこれを見て声をかけて来たら、その都度宣伝すればいいわけで。


 ……ん?


 …………声を。


 ………………かけられる?


「よし、着替えるからちょっと外にいなさい。あと、今日は俺のそばから離れないように」

「……なんで?」

「いいから言う事を聞きなさいよ君は」


 知らん奴らから声なんかかけられてたまるか。


「なんで?」

「しつこい」

「何で外に出なきゃなの?」

「そっちかよ!? ……じゃねえ! 出てけ!」

「あはははは! いいじゃないのさ、減るもんじゃなし!」

「お・ま・え・も・だっ!」


 まったく、とんだ騒がしい朝になった。

 ……文化祭。

 三日間、か。


 ああ、先が思いやられる。



 🌷 ~ 🌷 ~ 🌷



 昨日終えることができなかった劇の準備に集まったのは、のべで言えばほぼクラス全員。

 でも、それぞれ部活の出し物や友達の誘いで出たり入ったり。

 最後に残ったのは、お馴染みの六人になった。


 みんなに、いや特別俺に、昨日はごめんなさいとペコペコ謝り続ける神尾さん。

 大丈夫。昨晩の事は俺の黒歴史封印箱に突っ込んで、すべて忘れました。


 未だに王子次点の次点を主張して熱心に芝居の稽古を積んでいる岸谷君。

 俺の知らない台詞を連呼しまくってるけど、昨日の夜だけでシナリオどんだけ変わったの? 後で教えてね。


 ……そして、六本木君と渡さん。

 二人の態度は、なんだかぎこちない。


 お互いがお互いを気にしているようなんだけど、必要以上に冷たい態度。

 まだ仲直りできてないのかな。


 なんとか二時くらいに作業終了。

 最後に残った六人で隣のクラスの激辛パスタを食べた後は、バラバラに文化祭を楽しむことになった。



 俺と穂咲はそのままさらに隣のクラスで迷路を楽しんだ後……。

 天文部のミニプラネタリウムで眠りかけ。

 目覚ましに激辛アイスを食べて。

 クイズ大会の予選では穂咲が悪い意味で伝説を残し。

 お化け屋敷の前で奇声を上げた穂咲の腕を引いて走り。

 三年生のマジックショーで大興奮し。

 綿あめ屋台で騒動を起こし。

 ……その屋台で、また穂咲が来たらすぐに引き取れと強引にメッセ交換され。

 激辛ホットドックを食べて。

 チア部のデモンストレーションを見ていたら穂咲に目をつつかれ。

 料理部で俺が目玉焼きを一瞬で消して大笑いされ。

 手芸部では、穂咲がいい意味で伝説を作った。



「あ~~~~! 遊んだ!」

「うん、楽しかったの。さすが高校の文化祭はレベルが違うの」


 一日目終了の放送が流れると、学校中から歓声と拍手が湧き上がった。

 すると穂咲が強引に俺の手を引き、赤みを感じさせ始めた屋上へ連れてきた。


 先客が多かろうと思ったけど、意外や貸し切り。

 気持ちいいな。


 のんびりと風に吹かれて遊んでいたアキアカネがお家へ帰ろとお日様へ向かう。

 そんな西の端では、大きく膨らんだお日様が雲の布団に潜り始めていた。


「赤いフワフワなの」


 夕日を見つめる穂咲の顔は赤く染められて。

 その頬には満足そうな笑みが湛えられているけれど。

 楽しかった時間が終わる。そんな憂いが目元に寂しさを書き加えていた。



 見下ろせば、校庭の屋台からぽつぽつと人が離れて行く。

 そろそろ今日の後片付けと、明日の準備が終わりそう。

 暗くなったら作業できないしね。


「たくさん楽しかったの。もう、この学校に思い残すことは無いの」

「おおげさだね。じゃあ帰りますか。お前んちで明日のリハーサルでもしますかね」

「ううん? これから大切なことがあるの。憧れのビッグイベントなの」

「はあ? …………なんでしょうか、この本は」


 穂咲に手渡されたのは、分厚い台本。

 そこには、『香澄ちゃんたちが仲直りなの大作戦』と書いてある。


「……ほんと、なんでしょうこれ。説明なさい、穂咲」

「ちっちっち。カ・ン・ト・ク」


 口、あんぐり。

 天を仰ぐ。


「うざあ。…………この台本の通りにしろというのですか、カントク」

「そうなの」

「もちろん協力はするけど、大丈夫なの?」


 若干の心配と共にページを捲ったら、あっという間に不安に襲われた。


「絵じゃ分かりません。最初の一枚目は……、メッセ?」

「そうなの。既にこんなメッセを送ってあるの」


 穂咲が差し出してきた携帯。

 その画面を見て、俺の不安は、絶望に変わった。




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