コスモスのせい


~ 九月十五日(金) 深夜 ~


  コスモスの花言葉 乙女心



 もしも身の回りに、親切で大人しくて頼りになる人がいたなら、今すぐその人に優しくしてあげて欲しい。

 特にその人がみんなのわがままを聞いても文句を言わないような人だったなら。

 いつも理性ある判断を下して、嫌なことを一人で引き受けてしまうような人だったなら。


 すぐにその人が無理をしていないか、察してあげて欲しい。



 …………手遅れになる前に。



「文化祭準備と言えば、徹夜で教室にお泊りでしょ! 各自、家に連絡! もう誰も帰さん! 秋山君は生徒会室に行って宿泊申請を出してきて! あと、毛布の貸し出しもやってるから人数分取ってきなさい! さあ、盛り上がって来たわよ!」


 衣装、小道具、大道具。

 脚本、演出、その他大勢。

 悪ふざけ、悪ノリ、いらんところで降りて来た神。

 いつまでも終わらない準備が、悪い方へどんどん加速した。


 ……そしてとうとう、みんなをなだめ続けてきた神尾さんが壊れた。


 俺たちの委員長、平和の象徴、お母さん。

 そんな司令塔を失った暴走列車。


 この世の終わりだ。

 もう誰にもみんなの暴走を止められない。


「ようし! 台詞変えようぜ!」

「姫と妃の決闘シーンを入れよう!」

「いいねえ! じゃあ、刀作るぞ、ごついヤツ!」

「おお、ぱかっと開いてビームとか出るやつな!」


 テンションMAX。

 あれは夜の九時ごろだったろうか。

 俺は神尾さんからの指示をいいことに、この世の真実から目を背けて逃げ出した。


 生徒会室で時間をつぶし、毛布の輸送にたっぷりと時間をかけて。

 それでも戻って来た教室から響きわたる、いつまでも続く狂気の宴。

 仕方がないから二時間ほど、廊下で時間をつぶすことにした。


 ……深夜の廊下を見渡せば、同胞がひとり、ふたり。

 みんなして毛布を積んだ手押し車を前に太いため息。


 そうだよね、今入ったら、いいイケニエだよね。

 俺たちは共感と共に、お互いへ苦笑いを送り合うのだった。


 でも、膝を抱えて廊下に座る君たちの瞳からは疑問が感じられる。

 気にしないで。

 これは俺にとって座っているより遥かに楽な姿勢なんだ。


 ……

 …………

 ………………


 さて、教室の騒ぎもそろそろ静まったようだ。

 既に俺がいなかった事すら正確に判断できる人もいないだろう。


「おつかれー。毛布借りて来たぞー」


 扉を開くと、淀んだ空気が俺を襲った。

 そして声を発さないまま近寄って来た女子数人が、手押し車に乗せた毛布を掴むとふらっふらしながら横になり始める。


 こわあ。

 ゾンビに給食を配ってる気分。


 雰囲気的には仕事が残っているようにも見えるけど、それは責任を取って俺が明日やっておくよ。

 ……きっと、神尾さんと二人で。


 そう思いながら、責任感のかたまりという損な性格をしている委員長に目を向けたら、キッと厳しい目を向けられた。

 いけね。さぼってたの、ばれてた?

 それともまだ壊れてる?


「男子は廊下!」

「ああ、そっちか。それはしょうがないよね」


 神尾さんが最後に振り絞った理性を酌んだ男子一同が行列を作る。

 そんな連中に毛布を渡していくと、辛うじて元気が残っていた数人が笑いを取ろうと躍起になった。


「神尾! 俺は教室で寝たい! じいちゃんが最後に残してくれたのが、『廊下で寝ると風邪をひく』って言葉だったんだ!」

「あなたのおじいさんなら毎朝玄関前を掃除してるから、帰ったらもっとましな言葉を聞いてきなさい」

「神尾! 廊下なんかで寝たら、吸血鬼に狙われる!」

「蚊なら教室にもいるわよ。早く出てけ」

「神尾さん! 俺は、神尾さんの隣で寝たいんだ!」

「うるさい」


 うわあ、今の、本心なのかな?

 女子がキャーキャー騒ぎ出したけど、当の神尾さんに蹴り出されてるし。


 しかし乱暴な。

 でも、今日の神尾さんは壊れているだけだ。

 俺は何も見ていない。


 それにしても、さっきの告白まがいのセリフも、羽目を外した神尾さんも、文化祭の効果なのかな。

 文化祭、浮かれるよね。

 実際、カップルができやすいって聞いたことあるし。


 ……カップル、か。


 そんなことを考えていたら、穂咲が眠たい目を擦りこすり近付いてきて、大あくびしながら毛布を胸に抱いた。


「そのまま寝ると服がしわになっちゃうぞ? ……まあ、着替えも無いけどさ」

「しわとか、そんなのはどうでもいいの。眠いの」


 うーん、女子にあるまじき発言。

 でも君、乙女(仮)だもんね。


「あ、でも、これはこのままじゃかわいそうなの」


 そう言いながら、サイドに作ったお団子のコスモスを外して飲みかけのペットボトルに活けると、床にポテンと転がった。


「…………そこなんだ、こだわるの」


 変な奴。

 口をだらしなく半開きにして、大の字になってくかーくかー。

 でも、お花を大事にする気持ちについては乙女らしいかもね。


 しょうがない。

 (仮)は外してあげよう。


 ちょっと幸せな気分と共に毛布を取る。

 すると廊下へ出ようとした俺に、神尾さんが声をかけてきた。


「……秋山君。そこで眠ったままのお姫様、ちゅーして起こさなくていいの?」



 もしも身の回りに、親切で大人しくて頼りになる人がいたなら、今すぐその人に優しくしてあげて欲しい。


 …………その人が壊れる前に。


 深夜の学校が、その壊れた人の発言のせいで割れんばかりの騒ぎとなる前に。


 その騒ぎの元凶にされて、生徒会室へ呼び出されて朝まで正座させられる前に……。




 いよいよ明日から三日間開催される文化祭特別編!

 入り口で配るパンフレットを片手に、どうぞお楽しみください!


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