ナスのせい


~ 九月十一日(月)  二時間目 五センチ ~


  ナスの花言葉 つつましい幸福



 先週の一件で、窓から落ちてしまうのではないかと思っていた隣の席。

 だが土日の内にご機嫌が大回復したようで事なきを得た。

 そんな、すぐ隣の席に座るこいつは、秋まつりをこよなく愛する藍川あいかわ穂咲ほさき


 今日の穂咲は、おくれ毛を出したお花型の団子頭。

 そこに鮮やかな紫色をした五角形のナスの花が三輪ほどかんざしのように挿さり、とっても浴衣に似合っている。


 でも、似合ってちゃダメだからね。

 なんで君は平気で学校に浴衣で来るのさ。



 ……この二日間は凄かった。

 藍川家は何かのゲージが溜まっていたらしい。 

 手に負えないほどの無双モードが発動していた。


 昼の間、俺に白雪姫の格好をさせてセリフと動きを完璧にたたき込むと、夜は近所の秋祭りへ繰り出すという二日間。

 おばさんはお祭り大好きで、屋台のおじさんたちとも仲がいいから、気前よくポンポン買って、気前よくサービスされる。

 お祭りに荷物持ちが必要になるという異常な事態も、例年の事なのでいい加減慣れた。


 特に、親子そろって大好きという綿あめ。

 これにかける情熱が半端ない。


 屋台ごと買う気かと思えるほどの勢いで散財するせいで、お花用の冷蔵室がこの時期はキャラクターの袋に占領されてしまうのだ。

 そして翌日は決まって、そのうち半分ほどを学校に持って来る。



「毎年恒例とは言え、いつも凄いよね。ニ十個以上あるよね。バカをちょっと通り越しちゃってるね」

「楽しい気持ちになるの。くじもいいのが当たったの」

「うん。俺のカエルぴょこぴょこよりはいいね、吸盤の弓矢」


 穂咲は俺の机まで埋め尽くす綿あめの山を見上げた後、ピンクの矢を引き絞る。

 それがこうしておでこにぴこんと命中するたび、俺はカエルをぴょんぺたさせるのがルールらしい。


 ……さて。

 そんな楽しい時間を過ごしている君に一つ言いたい。

 俺、目の前に立ちはだかる仁王様をなだめる術なんか持ち合わせてないよ?


「藍川。お前は……」


 やれやれ、とうとう怒られたか。

 ため息をついた俺の気持ちを知ってか知らずか、穂咲は綿あめを一袋、先生に押し付けた。


「はい。先生の分なの」


 魔法少女がステッキを振るうピンクの袋を手にした先生。

 悩む。

 悩む。


 そして最後にうーむと唸った後、ポケットから五百円取り出した。


「また随分と妙ちくりんな答えにたどり着いちゃいましたね」

「お代はいらないの。これは、皆さんにあげるの。幸せのおすそ分けなの」


 そう言いながら穂咲は、女子全員に綿あめを配り出した。

 皆に苦笑いでお礼を言われる中、たどり着いた難関。

 その渡さんは……、一応机には置かせてるみたい。


 しかし、毎年恒例ながら、実にこいつらしいイベントだ。

 自分の嬉しいものはみんなも嬉しいって発想、確かに押し付けだけど幸せにはなれるものだよね。


 でも、そんな嬉しい行為も、例年叱られて終わるのが常。


「こら藍川! それを回収してすぐに席につけ!」

「うるさいの」


 おお、デンジャラスクイーン。

 今年の穂咲はちょっと違う。


 手にした弓で矢を射ると、見事に先生のおでこにヒット。

 教室中大爆笑となる中、俺は先生の代わりにカエルをぴょんぺたさせた。


 やれやれ、これは絶望的だ。

 配り終えたら叱られるだろうな。


 いつも親切でやっていることなのに、可哀そうなやつ。

 俺は、穂咲の頭に揺れるナスの花を見ながらため息をついた。


 ……おすそ分けの気持ちも、その弓矢も、無駄にはできないよね。


「さすがに今日は覚悟しろよ、藍川! 大人しく廊下へ……、ん? 秋山はどこに消えた!」


 そんな先生の怒鳴り声を、俺は廊下で聞いていた。


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