マスタードのせい


 ~ 九月八日(金) お昼休み 七十センチ ~


   マスタードの花言葉 無関心



 どうしよう。

 このまま進むと、窓から落ちちゃう。

 離れたということは、昨日のマジ泣きはほんとにネタばらしのせいだったの?

 なんだか渡さんが不憫に思えてきた。

 あと、君のおつむが不憫に思えてきた。


 そんな、遥か彼方の席に座るのは、藍川穂咲。

 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はドリルのように捻じりあげて、マスタードの黄色い花を房ごとこれでもかと挿している。


 ひさしぶりに心の底から言えるよ。

 バカ丸出しだ。


 そんな穂咲が考案した、台本暗記法。

 文化祭まで一週間と迫ったわけだし、これくらいスパルタにするのも分からなくはないんだ。


 でもね。

 こんなの食べたら記憶が全部飛んじゃいます。

 


「教授。もう勘弁してください。まっ黄っ黄」

「そう思うなら、セリフを間違えずに言いたまえロード君!」


 今日のお昼はフランクフルトとたっぷりレタスの目玉巻き。

 ホットドッグっぽくて美味しそう。


 ……だった。

 さっきまでは。


 教授の右手には台本。

 左手には業務用サイズのマスタードボトル。


 台詞を一つ失敗するとマスタード追加。

 ホットドッグに一往復くらいなら好きなんだけどさ。


 なによそれ。

 まるでバナナ。


「あのー、教授。今更なんですが、ルールをもう一度確認させてください」

「うむ。一回間違えたら、ワンプッシュ」

「俺、王子のセリフ一回も間違ってないと思うんですけど」

「いいや! 全然ダメではないか! 白雪姫のセリフをまるで間違えているぞ!」

「覚えてるわけないじゃん! 全然ダメなのは、教授のおつむです!」


 ワンプッシュ。


「ほんとに困ったの。週末もうちで特訓なの」

「俺はセリフも動きも覚えてるのに。なんでこんな目に遭うのでしょうか?」

「道久君がお姫様に無関心なのがいけないの」

「不条理すぎです。白雪姫しか出てないシーンなんか知らんよ」


 ワンプッシュ。


「もうやめて! ホットドッグもどきが、バナナもどきを経てチーズフォンデュになり始めてますから!」

「それはしょうがないの。こうしないと真剣に覚え無いの」

「お皿に出来た黄色い海にたっぷり泳がせていただくわけですか?」

「二度づけOKなの」


 冗談じゃないよ。

 これ以上マスタードをかけられたら致死量に達する。


「ほんとに困った道久君なの。白雪姫のセリフと動きは把握しておくの」

「それは、相手の動きに合わせて演技しろってこと? レベル高いよ」

「そんなこと言ってないの」

「ん?」

「道久君の白雪姫を見たいの。それに興味津々なの」


 ……こいつが何を言っているのか、まるで分からない。

 これはひょっとして、あれなのか?


「土日はうちで、ママと一緒に道久姫をご堪能なの」

「えっと、よく分からないんだけど、この返事で正解なのかな?」

「なに?」

「穂咲、変態?」


 ワンプッシュ。


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