ブルースターのせい


 ~ 九月七日(木) 朝 二十五センチ ~


   ブルースターの花言葉 身を切る想い



 君のせいで、いや、君の所のお茶目なおばさんのせいで走らされたのですが。

 なぜ席が離れた?


 そんな、日に日に離れて行く席に座るのは、何度昨日の駄洒落の説明をしても首を捻る藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はウェーブを強めにして真っ直ぐ下ろし、ブルースターの小花を沢山ちりばめている。


 まるで子供が書いたお姫様。

 ちょっとかわいい。


 そんな普段と違う感想を抱いてしまうほどに、今日は頭が働かない。

 筋肉痛がひどいからなのです。


 あの後、一時間以上も走りっ放し。

 しかも正門の前で先生が三頭のパンダの貯金箱を胸に抱えて待っていたせいで、笑いすぎて腹筋までおかしなことになった。


 何なの昨日は?

 大人が子供を笑わせる日か何か?


 ぐったりと机に突っ伏していたら、穂咲が肩をちょんちょんと突いてきた。



「……なんでしょう。今日は1ミリたりと余分に動きたくないのですが」

「プリント集めるの。急ぐの。ドラマやるから」


 ああ、進路希望のプリントね。

 僕と穂咲で今日のお昼休みまでに集めことになってたっけ。


 俺はぎしぎし音を立てる体を何とか起こして、机の中でちょっとくしゃくしゃになってしまったプリントを穂咲に手渡した。


「さて、ここでお知らせです。今日のドラマは中止です」

「この間も中止だったから、今日こそやるの! 面白いの!」

「知ってますよ、面白いの。原作小説買ったんだ、公認二次創作小説とセット売りの奴。すげえ感動した。今、どのあたり? 妹の縁談が決まったあたりか?」


 俺の質問に、穂咲が驚愕の表情で停止した。

 ……あちゃあ、しまった。

 ネタばらししちゃったか。


 雷のエフェクトが穂咲の後ろでびかびかーって落ちている。

 ピアノの鍵盤を一気にバーンって叩いた効果音まで聞こえる。


「むーーーーーーーーーっ!」

「いてててて! 殴らなくてもいいじゃない!」


 普段はスローモーなくせに、なんたる連打。

 おおいてえ。


 散々背中を叩いた穂咲は、ぷりぷりしながらプリント集めに戻る。

 そしていたる所で、どうしたのとか聞かれるせいで、なんだか涙目になり始めた。


 もー、泣くことないじゃない。

 でも、なにかお詫びになるようなことしてあげないと。


 そんなことを考えていたら、穂咲がボロボロに涙を流しながら戻ってきて机に突っ伏してしまった。


 ええ!?

 そこまでなの!?


 ……いや、さすがに違うか。

 じゃあ何があった?


 振り向いて教室を見渡すと、渡さんが慌てて顔を逸らした。

 よく見れば、彼女の机の上にはプリントが乗ったまま。


 なるほどそういうことか。

 でも俺、仲裁とか苦手なんだよな。

 そもそも女子と話すのも得意じゃない。


 とは言えさっきのお詫びをしないといけないし。

 こんなに泣いてちゃ可哀そうだし。


 俺は重たい気分で筋肉痛の足を引きずって、渡さんの元へ向かった。



「……えっと、すまん。こういうの苦手なんだが」

「あ……、うん。プリントは出さなきゃだからね。はい」

「受け取っておくけど、これじゃなくて」

「え?」

「この間から、どうして怒ってるのさ」


 渡さん、困り顔を伏せたまま黙り込んじゃった。

 うーん、やっぱり俺じゃこれ以上は聞けないよ。


 途方に暮れた俺の肩に、隣の席から立った男子の手がポンと置かれる。

 六本木君だ。


「すまん道久。こいつは俺の為に怒ってるんだ。でも香澄。俺、そういうのは嫌いなんだけど。藍川のせいじゃないだろう」

「ぜんぶ穂咲のせいじゃない! なによ、みんなして穂咲の肩を持って!」


 渡さんが机を叩く。

 そして泣きながら教室を出て行っちゃった。


 ……そうか、彼女は六本木君の為に怒ってたんだ。

 渡さんらしいや。


「俺、分かったかも。それは怒るわな」


 彼女は六本木君の事を好きなわけで。

 その好きな人がせっかく主役に選ばれたのに、穂咲がわがままを言ったせいで次点にされたわけで。


「六本木君にはお詫びを言っておくよ。悪いことした。あとで渡さんにも謝っておかないと」

「俺は怒ってねえし、むしろ藍川と道久が主役になって嬉しくてさ、燃えてるくらいなんだけど。……でも、香澄にはまいったな。嫌われちゃったかもしれねえ」


 うーん、ほんと悪いことしたな。

 真面目な子だから、何て言ったら許してもらえるんだろ。

 それに、六本木君にも迷惑をかけることになった。


「……苦労するな、渡さんみたいな真面目な子が相手だと」

「ほんとにな」


 今の騒ぎ、聞こえてたのかな。

 そう思って教室の端っこを見てみたら、穂咲は未だに机に突っ伏して女子に囲まれていた。


 みんなは慰めてくれてるのかな。

 穂咲は渡さんにされたことを言うような奴じゃないとは思うけど。

 ちょっと心配だ。


 渡さんは悪くないから。

 そう伝えようとしたら、穂咲を囲んでたみんなが一斉に俺をにらみつけてきた。


「え? なにごと?」

「酷い! 秋山君、それは無い!」

「穂咲がどれだけ楽しみにしてたと思ってるの?」

「ネタばらしなんて最低なんだから!」

「おぉい!!! そっちの話かよ! お前、優先順位って言葉、知ってる!?」


 呆れはてて、開いた口が塞がらない。

 そんな俺の肩に、再び手が置かれた。

 

「苦労するな、藍川みたいなのが相手だと」

「ほんとにね」


 でも、あいつのことだから渡さんをかばったのかな?

 そういうとこだけは器用な奴だからね。


 俺は扉にそっと、手をかけた。


「秋山君! ちゃんと反省してよね!」

「はいはい、一番反省しやすいとこに行ってきまーす」


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