ネコノヒゲのせい


 ~ 九月六日(水) 三時間目 十五センチ ~


   ネコノヒゲの花言葉 楽しい家庭



 昨日の夜、穂咲のおばさんと母ちゃんと一緒に『くるくる軒』へご飯を食べに行ってからすっかりご機嫌になった藍川あいかわ穂咲ほさき


 ……この度、寛大なる恩赦をいただき、席の位置を元に戻していただきました。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪、今日はそれで頭の上に三角の小さな子山を二つ作ってねこ耳にして、両耳の上にネコノヒゲをひと房ずつ挿している。

 白い鈴生りの小花から、名前通りの白いひげが沢山生えるネコノヒゲ。

 でも、そんな低い位置に挿したら邪魔でしょうがないでしょうに。


「ママ、今日のはひどいの。顔にひげが当たって痒くてしょうがないの」

「知りません。今は授業中です、話しかけないでください」


 俺の態度にムッとした様子の穂咲。

 でもね、なーんも間違ってないでしょうに。


 君は基本的に真面目で一生懸命なのに、どうして授業を聞かないの?



 そんな穂咲が、教科書でうまいこと隠しながら携帯を操作し始めた。

 そして俺のポケットの辺りを窺って、がっくりと肩を落とす。


 当然です、あれ以来、授業前には電源を三回くらい確認しているのです。

 そんな攻撃は食らいません。


 それに君ね、俺の携帯鳴らしてどうする気だったの?

 そんなに立たせたいの?


 二学期に入って急に授業が難しくなったんだ。

 さすがに家で勉強してるだけじゃ追いつけなくなってきてるんだよ。

 察して欲しいのです。


 ほら、今の一瞬でなんだか分からなくなった。

 えっと、この単語の意味は……。


 予習した時に作っておいた単語帳をめくっていたら、くいくいとYシャツの袖を引かれた。

 ええい、今日は相手しないからな?

 ちょっとは俺の真面目な様子を見て自分も頑張んなきゃって思いなさいな。


「分からないの。教えて欲しいの」


 ……おお、俺の背中、なんて雄弁。

 ようやく真面目になってくれたんだね。


 ちょっと目頭を熱くさせて振り向くと、目の前に携帯を突き出された。

 そこに表示されていたのは、『パンチラ画像』と書かれたコメントの下に、パンダが壁に隠れてこちらをちらりと覗き見る写真。


「ぷっ!」


 おばさん! センス良すぎ!

 なんてもの送り付けてるんだよ!


 危うく大笑いしかけたけど、なんとか堪えて息をつく。

 あー、ヤバかった。


「ねえこれ、どういう意味なの?」


 やれやれ、君にはがっかりだ。


 まじめに勉強する気かと思ったら携帯いじってるし。

 しかもその意味が分からないってどういう事よ。

 パンダが、チラ見してるとか……。


「くくっ……!」

「ん? 秋山、どうかしたか?」

「……いえまったく何も」

 

 これ以上は危険!

 ちょっとしたきっかけで思い出し笑いしそう!


 ……でも、もう一回見たい。


 そう思ってこっそり穂咲の携帯を覗き見たら、『ショッキング映像』というコメントの下に、食器をストッキングに詰めてぶら下げたおばさんのピース写真。


「…………っっっっっ!」


 ふ、不意打ちだ……!

 やばいやばい! 今にも笑い出しそう!


 そしてさらに新作。

 『呪いのネコ画像』というコメントの下に、ぐったりと道端に横たわった猫が目で追う先に、亀が歩いてる。


「くふっ…………くくっ…………!」


 た……、助けてっ!

 限界!


「意味が分からないの」


 な……、なんたる猫に小判!


 そして穂咲の携帯に、違う人からメッセージが入る。

 このアイコン、母ちゃん?


 『道久に伝えといて 今日の夕食 シェフの気まぐれビーフストロガノフ』


「ぶははははははは! 気まぐれで醤油味!」

「……秋山。学校の周りを走ってろ。パンダを三頭見るまで帰って来るな」

「わははははははは! パンダ! あははははははは!」


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