リューカデンドロンのせい


~ 九月四日(月) 放課後 二十センチ ~


  リューカデンドロンの花言葉 閉じた心を開いて



 先週の距離からは急接近ながら、既定の位置より離れた席に座るのは、俺を除いたすべての人に優しい藍川あいかわ穂咲ほさき

 そのことが少し嬉しくもあり、猛烈に悲しくもある。


 スパティフィラムを見た俺が、穂咲のおばさんにビームとか撃てそうなどと言ったもんだからきっと調子に乗ったのだろう。

 今日の穂咲は、随分と後ろに長くお団子を作って、そこに挿した三本のリューカデンドロンの房を頭の上に寝かせて置いている。

 うろこ状に葉で覆われた茎の先、幾重にも重なったうろこが開いたような赤いリューカデンドロン。


 まるで宇宙戦艦のビーム砲。

 正面に立つ敵を薙ぎ払う。


 ……久しぶりに、バカとすら思わない。

 呆れてものが言えないよ。


 いよいよ文化祭も近付いて、土日返上でセット作りなどしてクラスも団結ムード。

 今日は、衣装の準備。

 役者の採寸だ。


 でもこれ、すごく恥ずかしい。

 緊張なのです。



「秋山君、なんでドキドキしてるの?」

「自分でも分かりません。女子に胸囲測られたことなんか無いからかも」

「秋山君の胸囲はドキドキしてない時が八十センチ。してる時が八十五センチね」

「さすがに冗談だよね?」


 俺を囲んでいた女子三人が、一斉に笑い出す。

 うーん、俺も一緒に笑った方がいいのかな?

 女子ならではの冗談は分かり難いよ。


 そんな賑やかなみんなが離れて行くと、代わりに六本木君が話しかけてきた。


「じゃあ八十五センチで作らなきゃな。道久、舞台の上でずっとドキドキしてそうだし」

「ほんとだよ、今から緊張するぜ。……あ、渡さん」


 今日もちょっと不機嫌そうな顔をした渡さん。

 六本木君の横に立つと、メジャーを肩に当て始めた。


「王子次点だからね、測らなきゃ」

「そんな必要無いよ。道久のサイズで作れば俺だって着れるさ」

「でも……」

「何着も作ってる余裕がないことくらい分かるだろ? ほら、早く他のみんなを測ってやれって」


 そう言われた渡さんは口を尖らせると、しょんぼりして教室を出て行っちゃった。


 うーん。


「……六本木君、今のはちょっとかわいそうだ」

「え? ああ、大丈夫だって」


 中学の頃から仲のいい二人。

 美男美女のお似合いカップル。


 ……いや、カップルじゃなかったっけ。


「なあ、六本木君たちは付き合わないのか?」

「うーん。……きっかけが無いって感じかな。そんなことよりお前らは?」

「そんな気が無いって感じかな」


 またまたーとかやめてください。

 肘で突かないでください。

 あっちに行ってください。


 俺は居心地が悪くなって後ろを向いた。

 すると、にわかに上がった女子の悲鳴。

 何事?


「ちょっと! こっち見ないでって声かけたじゃない!」


 俺のすぐ後ろ。

 さっきの三人組に囲まれてる女子が胸を押さえて俺をにらむ。

 ああ、バストサイズを測ってたのね。

 服の上から測っているとは言え、そりゃ気を付けなきゃ。


 とは言えどっちを向いていよう。

 ああ、窓際には一人しかいないからこっちを向くか。


 そう考えて穂咲の方を向いたら、ちょうどバンザイのタイミング。

 採寸してた子が、胸に巻いたメジャーを慌ててほどく。


 俺と目を合わせながら、スローモーションで胸を隠して。

 タレ目にうっすら涙を溜めながらプルプル震え始めたけど。


「服は着てるでしょうに。減るもんじゃなし、何を恥ずかしがってんのさ」


 俺の一言を聞いて、クラス中から大ブーイング。

 そんな俺の肩が、六本木君に叩かれる。


「道久。お前は誰にでも優しいのに、なんで藍川にだけ冷たいんだ?」


 あれえええええ!?

 穂咲が俺にだけ厳しいんじゃなくて、俺が穂咲にだけ冷たかったのか!?


 そして頭を抱えた俺は、人生初の体験をすることになった。

 まさか女子全員から、同時に言われることになるなんて。


「「「秋山君! 外に立ってて!」」」


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