スパティフィラムのせい
~ 九月一日(金) 一時間目 五十センチ ~
スパティフィラムの花言葉 清らかな心
俺に対して怒っている間は、窓際を歩く皆さんの迷惑になる
その皆さんが、いちいちお前のせいだぞと俺をにらむことが腹立たしい。
今日の穂咲は、軽い色に染めたゆるふわロング髪を頭のてっぺんにまとめて、そこにスパティフィラムを一輪挿している。
太い茎の先にヤングコーンのような花。
それを包む大きな一枚の白い花びらは、正確には葉っぱだったりする。
ミズバショウによく似た花で、男子にはレーダー的な何かに見える。
じゃなければ、ビームとか出そう。
穂咲ロボ、発進!
そんなロボがヒロインとなる文化祭まであと二週間。
それしかないというのに、ようやく仮の台本が仕上がって、みんなに配られた。
こりゃあ、休み時間も放課後も返上で頑張らないと間に合わないだろうな。
一時間目が始まるまでの数分間だけでも読んでおかないと。
そう思って台本を広げた俺の席に、爽やかな香りが届いた。
王子次点の六本木君と、白雪姫次点の渡さんだ。
「しばらく俺たちに自由は無さそうだぜ、道久」
「そうだね。みんなも張り切ってるし、頑張らないと」
「俺は次点だから手を抜くけどな?」
にやっと微笑む美形男子。
でも六本木君は、その分裏方の仕事もたくさん手伝うんだろうな。
昔からなんにでも一生懸命なヤツだし。
俺が苦笑いで返すと、渡さんが肘でつつきながら六本木君をたしなめた。
「だめよ! 秋山君に何かあったら隼人が舞台に立つんだからね、真面目にやりなさいよ!」
「香澄はまじめだなあ。でも、藍川のお相手はやっぱり道久じゃないと。なあ?」
なあ。じゃねえです。
ニヤニヤ顔もやめてください、六本木君。
そんなやり取りの中、ふと気付けば渡さんが厳しい表情を浮かべていた。
視線の先には、小さな声で台本を音読する穂咲の姿。
それに気付いた穂咲が、ぎこちない笑顔を浮かべると、渡さんは鼻を鳴らして席へ戻ってしまった。
六本木君とは中学から同じ学校。
そして渡さんは、小学校の頃から俺たちと一緒。
彼女は穂咲ともよく遊んでいた、真面目で優しい子なのに。
なにを怒っているんだろう。
悩む俺の耳に届いた、扉の開く音。
それと同時に本鈴が鳴り、一時間目の授業が始まった。
……隣の席で、しょんぼりしたまま教科書も出さずに俯いてる穂咲。
君は善意100%人間だから、こういうのにはほんと弱いよね。
とは言え俺も男子ですし、何を怒ってるか聞いたりするのは苦手なんだよな。
小さな俺たちの大きな悩みを捨て置いて、淡々と進む授業。
そんな中、急に教室の後ろの方で、携帯が鳴った。
「渡か。授業中になんで電源を切っていない。立ってろ」
珍しいな、渡さんが電源を切り忘れるなんて。
席を立つ彼女の姿を目で追っていたら、今度は俺のポケットから着信音が響いた。
やべえ! 俺も切り忘れてた!
慌ててマナーモードに切り替えたら、今度は止めても止めてもひっきりなしにバイブレーション。
「怖え! なにこれ!? 呪い?」
「秋山。お前は電源切り忘れの上にうるさい。二時間目までぶっ通しで立ってろ」
先生、それどころじゃないよ!
これ、怖い!
思わず机へ放り捨てた携帯に怯える俺の前に、気付けば渡さんが立っていた。
なに? 呪いを解いてくれるの?
「……先生。秋山君たちは許してあげてください。私を庇ってくれたようなので」
俺……、たち?
顔をあげたら、そこにはさっきと同じ光景があった。
厳しい表情を浮かべた渡さんの視線の先には、ぎこちなく微笑む穂咲。
そんな穂咲の手には、携帯が握られていた。
「呪いの犯人、お前かよ!」
なにしてくれてるの!?
……いや、なるほど。
お前、渡さんを助けようとしたのか。
……俺をイケニエにして。
静かに、停止した時計の針。
それが再び動き出すと、渡さんは厳しかった表情を困り顔に変えて。
そして赤くした顔で、ぽつりとつぶやいた。
「………………ありがと」
ぱあっと、文字通り顔の周りに花を咲かせて穂咲が微笑むと、渡さんはちょっとムッとした表情を浮かべて大股歩きで廊下へ出て行った。
うーん……。ツンデレ?
いや、全然違うか。
へらへら微笑みながら携帯をポケットにしまった穂咲。
いろいろ文句はあれど、まあ、今日の所は褒めておいてやろう。
そう思いながら携帯に手を伸ばすと、それが再び振動音を教室中に振りまいた。
…………え?
穂咲、携帯はポケットにしまってたよね?
じゃあ、これは一体……。
俺は震える指で画面をタップ。
恐怖を感じながら薄眼で覗いたその画面には……。
本日の晩餐 メインディッシュ
ビーフストロガノフ ~情熱の赤いしょうがを添えて~
「また牛丼かーい!」
「うるさい。三時間目も立ってろ」
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