クローバーのせい
~ 八月三十一日(木) 一時間目 十四センチ ~
クローバーの花言葉 復讐
昨日の扱いが不服だったのか、それともちょっと楽しかったのか。
かなり近かった距離からは遠ざかりつつも、既定の位置より心持ち近い席に腰かけるのは、お好み焼き屋のおばちゃん、
軽い色に染めたゆるふわロング髪を今日はふたっつのお団子にして、左右に一つずつ白い毬のようなシロツメクサを挿している。
そしてお団子には若葉が所狭しと植えられているのだが、穂咲のおばさんはこの中に一つだけ四葉のクローバーを植えたらしい。
何と言うか、親子そろってバカなのです。
穂咲の机では毎週木曜日の一時間目、水曜ドラマの再放送が行われる。
そう言えば、おばさんも夢中になって見てるらしいね、そのドラマ。
俺は気付けば何週間も見逃しちゃってるけど。
「ねえ。学期も改まった事ですし、さすがに勉強しませんか?」
鞄から引っ張り出されて机に並べられる手作り人形たち。
衣装もドラマに合わせて昭和初期の雰囲気を見事に再現してるようだけど。
君の暇の使い方、ほんと無駄。
「衝撃的だったの。まじめなお兄さんの部屋に、あんなショッキングなものが……。あたしも何かに目覚めそうになったの」
「何に目覚める気か知らないけどさ、まずは学生の本分に目覚めてくださいよ」
やれやれ、休み明けだからって気合入り過ぎ。
セットのミニチュアとか、やり過ぎだから。
なにそれ、縁側? よく作ったねそんなの。
それに、ヒロインは清楚な黒髪の妹なんだろ?
金髪碧眼の着せ替え人形じゃミスキャストです。
なんでそこだけは手作りじゃないのさ。
突っ込みたいのはやまやまだけど、相手をしたらつけあがりそう。
……もう、放っておこう。
今日はどれだけ話しかけられても真面目に授業を受けると決めました。
でも、溜息と共に黒板へ目をやると、先生の背中から何かの予兆が感じられて。
怒られ慣れたからかな、俺は妙な能力に目覚めたのかもしれない。
「……穂咲。今日はまずい! しまうぞ!」
「え? ……あ」
木曜劇団を鞄に突っ込み終わると同時に、振り向いた先生が穂咲の机の上をじーっと確認した。
おお、予感的中。
あぶないあぶない。
さて、一難去ったところで、だ。
お次はこのわからずやをどうするかが問題だ。
そんなフグみたいな顔でにらまないでくださいよ。
救ってあげたんだって。
「うう。道久君、酷いの」
「酷くありません。あと、授業中だから静かになさい」
驚いた。
ぱんぱんまで膨らんでたと思ってたのに、まだ膨張できるのな。
でも、先生の意識はまだ何となくこっちに残ってます。
おしゃべりすら危険な行為。
黙々と板書をノートに写していく。
すると三行ほど写し終えたところで、先生の意識がよそへと逸れていった。
ふう、これで小さな声で話すくらいなら叱られないだろう。
俺は、フグをなだめようとシャーペンを置いた。
でも、ちょっと間に合わなかったみたい。
予想外な復讐を食らってしまった。
穂咲は机の物を片付けられた腹いせに、俺の机に乗ったペンケースをつついて落としてしまったのだ。
派手な音を鳴らして床に散らばる文房具。
我々学生にとって恥ずかしい行為の代表格。
そして、他人にやられると腹立たしい行為の代表格。
「うるさいぞ秋山。いつものように立っ…………、なんだその顔は」
穂咲に向けたふくれっ面。
そのまま振り向いたら、先生は察してくれたようだ。
「ああ、何となく分かった。藍川、今日はお前が立っ…………」
その隣では、俺に倍するふくれっ面が先生を見る。
二人を見比べた先生の困り顔。
どっちも負けじと膨らむオスとメスのフグ。
そして溜息と共に、裁きを下した。
「クラス委員。二人を署まで連行しろ」
俺は悪くないのに。
でも、さらに関係ない神尾さんに手間を取らせるわけにはいかない。
穂咲もそこは同じ気持ちなようで。
俺たちは神尾さんへ素直に両手を差し出し、俯き加減で廊下まで連行された。
クラス中からシャッター音が鳴り響いた。
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