オニユリのせい


 ~ 八月三十日(水) お昼休み 八センチ ~


   オニユリの花言葉 愉快



 昨日からちょっと元気が無かったのに、今朝、渡さんに挨拶をしたら不機嫌そうながらも返事をしてくれたことですっかり機嫌を取り戻した藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はサイドにまとめて、そこにまだら模様で有名なオレンジのオニユリを一本挿している。

 花言葉に反して、見慣れないとちょっと怖いんだよね、この花。


 さて、そんなご機嫌の浮き沈みも、お昼休みの間は封印する。

 それが藍川穂咲という女だ。




「穂咲、ちょっと無理だよこれ」

「ロード君! この時間は教授と呼びたまえ!」

「あ、そうでしたね、教授。でも、今日の実験は失敗にしか見えません」


 そんな指摘に不服そうな鼻息を漏らした教授は、いつもエプロンとして取り上げる俺のワイシャツを白衣のように翻した。


「これぞハンバーガー屋でのアルバイトの成果! 素晴らしい出来ではないか! その二つの目玉でよく見るのだ、ロード君!」

「目玉は三つです、教授」


 題して、目玉目玉目玉バーガーだそうだ。

 あつあつ目玉焼きの上に、なんと目玉焼きをトッピング。

 さらにその上から贅沢にどーんと乗せられた目玉焼き。


 あのさ。君はコレステロールって言葉を知ってる?


 そして調味料の瓶をごろごろとカバンから取り出して腕組み。

 今日のチョイスは、ケチャップ、マスタード。

 そしてたっぷりのどろソース。


 ゲテモノにはなってないけど、なんだか気が遠くなってきたよ。

 でも、教授に何を言っても無駄なのです。


 俺は穂咲の実験台。

 任務を全うすべく、殊勝に両手を合わせて箸を取り、感想を述べた。


「……お好み焼き食ってるみたい」

「そんなこと無いの。ハンバーガーなの」

「ハンバーガーの定義ってなんだろうね」

「きっとパンが無いからそう感じるの」


 そう言いながら、教授は小麦粉を水で溶き始めた。


 ねえ、俺にはパンが無いから、では無いような気がするよ?

 きっとハンバーグが無いからお好み焼きみたいなんだと思うよ?


「そしてハンバーガーには野菜なの! レタスが無いからキャベツ!」


 さっきの生地に千切ったキャベツを混ぜてフライパンへ。

 ……ねえ、わざとなの?


「教授、大変です。恐ろしいほど完成形に近付いてます」

「そうだともロード君! これで、バーガーらしく……?」


 目玉焼きの上にクリーム色に焼けた生地を乗せた教授が首を捻る。


「青のりある?」

「あるの」

「カツオブシ」

「はい」

「フライ返し。鉄のやつ」

「よし来た」


 三点セットを受け取った俺は、皿の上に置かれたものをフライパンの上に戻して、ソースをじゅうじゅうさせながらフライ返しでハフハフと食べた。


「はっ!? これ、ハンバーガーじゃないの!」


 おそーい。


 ようやく自分がこさえたものの正体を知ったお好み焼き屋のおばちゃんは、上からマヨネーズをかけてくれた。


 だから、君はコレステロールって言葉を知ってる?


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