サルスベリのせい


 ~ 八月二十九日(火) 朝のホームルーム 十二センチ ~


   サルスベリの花言葉 あなたを信じる



 昨日の一件をちょっと反省でもしているのだろうか。

 既定の位置より少し席を近づけて座るのは、文化祭のお芝居に無理やり俺を巻き込んだ藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は高い位置にまとめて、そこからサルスベリの枝を五本ほどにょきにょき生やしている。

 真っ白なサルスベリの花は、これでもかと枝から咲き乱れ、穂咲の家業であるお花屋さんの宣伝をばっちりこなしていた。


 だが穂咲のところのおばさんいわく、今日のは宣伝ではなく、ヒロイン抜擢おめでとうキャンペーンだというお話。


 いずれにせよ、バカ丸出しだ。


 そんな穂咲は、友達の事を何があっても信じ抜く。

 たとえ何度騙されても信じてしまう。


 だからみんなも穂咲のことを信じてくれるのだけど、たまにはうまくいかないこともある。




「六本木、渡。二人とも立て。数学の宿題、同じところを同じように間違えていると指摘があったんだが、まさか丸写ししたのではあるまいな」


 先生に名指しされた二人が席を立つ。

 でも、彼らはきっぱりと否定した。


 六本木君と渡さん。

 俺や穂咲と中学から一緒。

 そして当時から仲の良かった、誰もが羨む美男美女コンビ。


 でも二人とも、お互いへの思いやりは人一倍なくせに生真面目な性格だから、分からない所を教え合うことはあっても丸写しするなんてことは絶対にしない。


 俺には、それが分かっている。

 でも、それを証明する手段がない。

 ……そんな道なき道でも、こいつは信じる心で突き進む。


「違うの、絶対。二人とも真面目なの」

「こら藍川! 宿題を取ってどうする気だ!」


 そのためなら、先生に怒鳴られても気にもしない。

 そこがこいつのバカな所で、そして尊敬できる所なんだ。


 先生から強引に取り上げた二人の宿題。

 それを教卓に広げて見比べだした。


 数字を見るとすぐに寝ちゃうくせに。

 大した奴だよ。


 そしてとうとう、信念が証拠を見つけ出した。


「ここ、六本木君と香澄ちゃんの答えが違うの」

「ん? ……なるほど。よくやった、藍川。お前の友達想いな所は美点だ。今後も伸ばしていくがいい。二人とも、少しでも疑って悪かった。数学の先生へはガツンと言っておく」


 先生が頭を下げると、六本木君はほっと胸を撫で下ろした。

 でも、渡さんは何を思ったか、厳しい顔で教卓へ迫る。


 先生に文句でも言うのだろうか。

 そう思って緊張しながら見ていたら、彼女はえへへと笑いかける穂咲へ、少し険のある声を上げた。


「ありがとう、すごく嬉しいわ。……でも私、あなたを許さないから」


 どういうことだろう。

 先生も含めて、クラスの皆が首を捻る。


 穂咲はしょぼんとして席に着くと、苦笑いで俺を見つめた。


 ……えっと、どうしよう。

 なんて声をかけたらいいんだろう。

 誰かが俺の肩を叩くけど、ちょっと後にしてくれないか?


「ちなみに、秋山。お前のと藍川の宿題も同じところが間違っていると指摘を受けたんだが?」

「ああ、俺が書き写したから同じになって当然だろ。それより空気読めよ、今はそれどころじゃ…………、だれ?」


 振り向けば、金剛力士像。


 俺、だーいぴーんち。


「秋山、夏休みに良いことでもあったか? 随分偉そうな口を利くようになったな」

「先生こそ、おでこの色つやが随分後ろの方まで広がってます。夏休みに良いことでもありましたか?」

「お前たちのせいで気苦労が絶えないからこうなったんだ!」


 そのまま俺は、金剛力士像に首根っこを掴まれて、廊下へ連れていかれた。


 ……それにしても渡さん、なにが気に障ったんだろう?


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