グーズベリーのせい


 ~ 八月二十八日(月) 放課後 十五センチ ~


   グーズベリーの花言葉 あなたに嫌われたら私は死にます

 


 好きなのか、はたまた嫌いなのか。

 いつからだろう、俺は考えるのをやめた。


 きっちり十五センチ離れた机。

 俺の左側に腰かけるのは、クラスで人気のお姫様。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪がつむじの辺りにまとめられて、ウェービーで大きなお団子になっている。


 ……そこに突き立つ棘だらけのグーズベリーの枝。

 咲き乱れる、季節外れの白い小花。


 生花を髪に飾ることで町内、通学路沿い、学校中に知れ渡る俺の幼馴染。

 彼女の名前は、藍川あいかわ穂咲ほさき


 まるでバカな子に見えてしまって可哀そう。

 そう思われた皆様はどうぞご安心を。

 この子はそんな陰口など気にもしません。


 だって、バカですから。


 そんな穂咲は、俺以外の皆さんにはとことん優しい。

 なもんで、クラスでは人気者だ。

 その人気の程が、今回はこんな形で現れた。



「じゃあ、王子様役が六本木君。次点は岸谷君。白雪姫役が藍川さん。次点が渡さんということで決定しました」


 委員長にして、穂咲の花をいつも真後ろで愛でる神尾さん。

 彼女の小さな声が教卓から響くと、盛大な拍手が沸き起こる。


 夏休みの間も準備していたクラスがあると聞く中、我がクラスは今頃ようやく文化祭の出し物が決まったところなのです。


 間に合うのかしら。


 あと、穂咲に白雪姫なんて、どうなっても知らないよ?

 案の定、ぷるぷる震える手が俺の裾を引っ張るのです。


 知りませんよ。

 今日の俺は上機嫌なので邪魔をしないでください。


 始業式とホームルームしかないから当たり前かもしれませんが、今日は立たされずに過ごすことが出来ました。

 奇跡なのです。


「じゃあ、まずは穂咲ちゃん。前に出て皆さんに何か一言……。あはは、凄いね」


 困り顔の神尾さん。

 そうだよね、これを見たら普通に困るよね。


 そんなに力いっぱい拒否しなさんな。

 首振りの世界大会があったら、俺は君を日本代表に推すよ。


「無理なの。道久君も、あたしが人間役なんかできないことを説明して欲しいの」

「最後にやったの何だっけ? 蓬莱の球の枝だったっけ?」

「違うの。月見団子なの」


 ああ、頭にすすきを挿してた秀逸なやつな。

 あれだけでも緊張しまくってたし。

 書き割りの絵を書いたりとか、裏方の才能はあるんだけど人前は無理だよね。


「でも、みんなの期待を裏切ってはいけないと思うのです」


 なんでしょう、そのふくれっ面。

 別に意地悪で言ってるわけじゃないよ?


「じゃあ、道久君が王子をやるの」

「なに言い出した!?」


 クラスを満たす、割れんばかりの冷やかしの声。

 でもねみんな。これはそんな色っぽい話じゃないんです。

 こいつ、嫌なことに俺を巻き込みたいってだけなんです。


「いやだよ王子なんて! ……ああもう、ぼろぼろ泣くな! 子供か! それに、もう王子役は決定してるでしょうが。今更変更なんて……」


 なんとか逃げようと言い訳する俺に、神尾さんの機転が冷たい刃を落とした。


「ええと、じゃあ王子役は、しょうがないから秋山君でいいかって思う人」


 盛大な拍手。

 鳴りやまぬ冷やかしの声。


 なんなの?

 さっきまでの俺は、幸せ一杯だったのに。


 今日は立たされなかったのに。

 まるで天国から地獄だ。

 穂咲のせいで、なんでこんな目に……。


「じゃあ、王子役に選ばれた秋山君、立ってください」


 呆然自失。

 神尾さんの声をうすらぼんやりと聞いた俺は、がっくりうな垂れながら、いつものように廊下へ向かうのだった。


「秋山君! ちがうよっ!?」


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