4.人間

 合衆国の大都市から大きく外れた廃都市に数多くある灰色のビルの中に紛れるように、ライダーは着地した。


「各自散開」


 ライダーの指示にブルーウィンドとシルバーツリーは言葉を返すことはなく、しかしすぐさまライダーの身体から離れ散り散りとなった。

 ライダーは左手に提げていたブロッサムを背負うと、光学迷彩を纏い灰色と一体化した。


「……ようやく現れたわね」

「なに?」


 くぐもった声がした直後、眩い閃光が灰色の街を白く染め上げた。

 ライダーは咄嗟に声のした方に背を向け目を守るが、強い光刺激により光学迷彩が機能しなくなった。

 ライダーは思わず舌打ちする。


「誰だ、お前は?」


 閃光が弱まると同時に振り返り、先程の声の主、廃ビルの二階に立つ人影に目を向ける。

 ライダーの問いかけに応えるように、人影は左腕を横に振るう。

 次の瞬間、ライダーの四肢に極細のワイヤーが幾重にも巻き付き、ライダーをその場で磔にした。


「あっ? なんだこの小細工?」

「名乗りが遅れたわね。私はヒーロー連合本部対ヒーロー部隊所属、コードネーム・アレスタよ」

「アレスタ……」


 ライダーは呟きと同時に脳内に保存された情報を引き出す。


「お前は確か、人間だったか。これはエロージョナの真似事か?」

「……そう、話通りね」


 アレスタと名乗った人影は呆れたように息を吐き、二階からライダーの目の前に降り立つ。

 控えめな銀色の衣装が施された、紺色のビジネススーツ。

 長い脚に、括れた腰、僅かに膨らんだ胸部からアレスタが女性だとわかる。


「……話通りだと?」

「あなたはブルーウィンド他三機を通じてヒーロー連合本部のデータベースに侵入していた、という話よ。上司を疑うわけじゃないけど、どうやら本当だったみたいね」

「なんだ、そのことか」


 アレスタは身体を起こし、フルフェイスヘルメット越しにライダーの顔を見据える。

 アレスタの顔の左半分は、鈍色の仮面に覆われていた。


「なんだお前、中途半端に顔なんか隠して。なんだっけ、ほら、なんとか男爵か?」

「……これよりヒーロー・ライダーを拘束する」


 アレスタが静かに告げると、新たにワイヤーが伸びライダーを磔から簀巻きにして拘束した。


「丁度良い、ここにはタクシーなんて取り掛かりそうになかったからな」

「私をタクシー扱いしないでください」


 ライダーはしげしげとそれを興味深そうに見ながら、大人しく拘束される。


「召喚系エロージョナか? ……いや、これは事象系か」


 ライダーはフルフェイスヘルメット内部に映し出される様々な数値に目をやりながら呟く。


「武器はワイヤー。つまり、鉱物を操る地属性か。攻撃の型は、操作型? 操作型は初めてだな、面白い……」


 くつくつ、と。

 ライダーは笑う。


「…………」


 それをアレスタは気味悪そうに見る。

 それに気付いているのかいないのか、ライダーは探るように辺りを見回す。


 キリキリ、と。

 ギシギシ、と。


 その音は、

 徐々に大きくなっていく。


「……なに、この音?」


 アレスタがそれに気付くころには、既に手遅れだった。


 ベギン、と。


 二人を囲む灰色の塔が悲鳴を上げた。


「なんなの⁉」

「端的に言うと、廃ビルの折れる音だな」

「そんなことを聞いてるんじゃないわよ!」


 アレスタに怒鳴られ、ライダーは肩をすくめる。


「それでどうするんだ? ビルが倒れてくるまでまだ時間はあるぞ。逃げるなら早くした方が良い」


 そう言うライダーは未だに簀巻きである。なぜ余裕でいられるのか、アレスタはライダーを問い詰めたい気分になるが、それをぐっとこらえて彼女は両手をライダーに向ける。


「お?」


 奇妙な浮遊感がライダーを吊り上げる。


「この場から撤退し、同時にヒーロー連合本部へ向かいます」

「こんな面倒なことしてくれなくても、俺なら一人で行けるって」

「あなたは行く先々でエロージョナ関係なくトラブルを起こすのは調査済みです。今だってそうじゃないですか。あなたがいるから急に廃ビルが崩れ始めてきたんです」

「そうか?」


 ライダーはぐるりと周囲を見回し、廃ビルに目をやる。


 ゆっくりと、重力に惹かれて傾く三つの廃ビル。

 それらは支え合うように重なり合い、

 自重に耐えきれず、

 いとも簡単にひび割れ、

 力尽きたように崩れ落ち始めた。


「おい、ひとつ聞いて良いか?」

「駄目です、許可できません」


 アレスタの返答を無視し、ライダーは言葉を続ける。


「お前が廃ビルの鉄骨からワイヤーを作るなりなんなりしたせいで廃ビルが折れたんだと思うんだが、違うのか?」

「ワイヤーは自前です」

「疑って悪かったな」


 それきり、ライダーは黙り込む。それを奇妙に思いながら、アレスタは簀巻きのライダーに腰掛け、ともに宙を舞った。


「おい、土煙」

「は?」


 なにそれ、とアレスタが問うより早く、灰色の煙が二人を呑み込んだ。



 叩きつけられたような衝撃。

 搔き混ぜられるような濁流。

 意識が、

 息が、

 朦朧と、

 混濁と、

 乱雑と、



 死ぬかもしれない、と。



 アレスタは灰色の粉塵から抜け出しながら、咽るように咳き込んだ。


「大丈夫か?」

「えほっ! げほっ!」

「空飛べるならさっさと上に逃げれば良かったのにな。質量が関係しているのか? 変身系はカロリーを消費すると聞くからな。それと同じように操作系は質量と操作性が反比例してたりするのか?」


 ライダーの問いにアレスタは咳を返す。

 それを見てライダーはふむ、とひとつ頷く。


「この際右半分も隠したらどうだ? そうだな、今回の反省を踏まえて防塵マスクに手を加えたものが良いかもしれないな。と言うか、あの土煙は操作できなかったのはどうしてだ? 操作できる鉱物に制限があるのか?」

「…………」

「そんな警戒するなよ。言い忘れてたけど、書類上人間ならエロージョナでも俺は手出ししない主義なんだ。それと、お前の能力は利用価値なさそうだしな」

「…………」


 けらけらと笑うライダーからアレスタは気味悪そうに顔を背ける。

 変わり者と教えられていたが、まさか書類上の記載だけで人間とエロージョナを差別するようなヒーローだとは、アレスタは露ほども考えていなかった。

 その主義を利用すればコントロールし易いのだろうが、一体なにを考えているのか、まるで予想できない。


「…………」


 予想出来たらライダーと同じ思考レベルまで堕ちてしまったということなのだろうか、と考えアレスタは息を吐く。


「こちらアレスタ、ヒーロー・ライダーの拘束を完了しました。ただいまライダー連合本部へと向かっています」


 アレスタは仮面に付属する通信機に向けて一方的に告げると、もう一度息を吐いた。


「この辺りはまだ埃っぽい。あまり深く呼吸をすると肺がやられるぞ」

「その前にストレスで胃がやられそうですから、少し黙っててください」

「ん……? ああ、そういうことか。悪かったな」

「…………」


 気味が悪い。

 エロージョナを人間とも思っていないくせに、

 エロージョナを人間扱いしてくるなんて、

 本当に、

 本当に、


 気味が悪い。

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鋼鉄の姉妹 めそ @me-so

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