3.ライダー

 傾く世界。

 歪む視界。

 己を縛る、


 肉体の檻。


「くっそ具合悪ぃ……」


 クリスタルマザー内の自室で目覚めたライダーは鉛でも詰められたように重い頭を左手で支えながら、床に転がるフルフェイスヘルメットを拾い上げる。

 脱ぎ捨てられたライダースーツよりも先にそれを被り、ライダーは安心したように息を吐いた。

 それを合図にしたのか、目覚ましが声を上げる。


「起きてるよ」


 ライダーは軽く叩いて目覚ましを止め、ライダースーツに脚を通す。


『おはよう。今日も時間通りね』

「おはよう、マザー。毎日言ってるけど、目覚ましの設定を勝手に弄らないでくれるかな」


 ライダーの言葉に対して、クリスタルマザーはしばらく返事をしなかった。

 その間、ライダーは一度被ったフルフェイスヘルメットを外し、クリスタルマザーが用意した朝食を摂る。

 味はしなかった。


『朝早くから悪いけれど、彼女達があなたを呼んでるわ』


 食事を終えフルフェイスヘルメットを被り直したライダーにクリスタルマザーは告げる。


「彼女達?」


 ライダーは心当たりのない言葉に首を傾げる。


「俺に知り合いなんていたか?」

『同業者よ。おそらく知り合いじゃないわ』

「そうかヒーローか」


 ライダーは右目の下を拭う仕草と共に立ち上がり、悠々と自室を後にする。そして向かったのは、クリスタルマザーの最上部に位置する修理ドック兼カタパルト。


「シルバーツリー、具合はどうだ?」

《以前よりもずっと調子が良い、流石マザーだ》


 ライダーの問いに、シルバーツリーと呼ばれる自走式大型ロングレンジライフルは静かに言葉を返す。


「マザーを作ったのは俺だぞ」

《さすがは僕のマスターだ》

「その呼び方をやめろ」


 ライダーの言葉をシルバーツリーは鼻を鳴らして笑う。


《なら、ヒーローネームではなく、本名を教えてくれないかな?》

「俺はライダーだ。それ以外の俺はいない」

《つまらない男だね》


 シルバーツリーは楽しげに笑う。それを横目に、ライダーはブルーウィンドに目を向ける。


「お前はどうだ、ブルーウィンド?」

《――翼部を始めとした各部の修復を完了――》

「そりゃ良かった」

《――ヒーロー連合本部からヒーロー・ライダー宛にメッセージ有り――要約します――》


 ブルーウィンドはそう告げると、ライダーの返事を待たずにメッセージを読み上げ始める。


《――『エロージョナの殺害は合衆国への反逆に値します――至急出頭するように』――》

「反逆行為……」


 ライダーは顎に手を当ててブルーウィンドが発した言葉を繰り返す。


「どうしてエロージョナを殺すことが反逆行為になるんだ?」

《――エロージョナは合衆国国民であると明文化済み――》

「人間じゃあないんだな」

《――――》


 ライダーはブルーウィンドから視線を外し、カタパルトの上で寝転ぶブラッドロックに目を向けた。


「そう言えば、お前も怪我したよな。どうだ?」

《すぐ直ったよー》

「動力炉の調子はどうだ?」

《んー、それなり》

《――ブラッドロックに内蔵される暗黒炉の状態は一号基から六号基までオールグリーン――微細な問題もなし――》

「よし」


 そしてライダーは、傍らに立つシルバーツリーが背負う鞘に視線を向けることなく、無造作にねずみ色の剣をその鞘から引き抜いた。


「ブロッサムの調子はどうだ?」


 柄尻から切っ先までねずみ色のブロッサムと呼ばれた剣は、その鈍い刃にライダーを映さない。


《――前々回の戦闘により触媒となる武器が圧倒的に不足した状態――現在はブロッサム本体のみ――戦闘能力皆無――》

「ヒーロー連合は物資の支給が一々遅ぇんだよ」

《――人間のヒーローはヒーロー・ライダーが史上初――警戒も必至――加えてヒーロー・ライダーのヒーローとしての責任意識の低さは本部の会議に度々挙げられる議題――》

「後で議事録見せろ」

《――許可――》


 ライダーは鼻を鳴らし、ブロッサムを鞘に納める。


 ぐい、と。


 ライダーは左目の下を右手で拭う仕草をした。

 それを合図に、ブルーウィンドがライダーを包み込む。

 次いで、シルバーツリーがブルーウィンドに背負われる形でジェットパックへと変形する。

 ライダーはブロッサムの収まった鞘をベルトごと左手で持つ。

 ブラッドロックは、首を鳴らすライダーを呑み込む。


「ブラッドロック、俺を合衆国沖合まで運んだら、指示があるまでそこで待機してろ」

《りょうかーい》


 ひとつ。


 ブラッドロックは、小さく唸る。


 軋み、


 歪み、


《ブラッドロック・バトルシップモード!》


 ブラッドロックが軍艦に変形した直後、修理ドッグとハッチを分けるように隔壁が落ちる。

 警報もなしに、ハッチ内の空気が抜けていく。


『ハッチ内減圧中……………………』


 ライダーの視界に文字が走る。

 やがてそれは、『完了』の二文字に変わる。


「よし、ハッチを開けろマザー」

『ハッチ解放』


 黒い海が流れ込む。

 ブラッドロックは黒い流れに飲まれながら、クリスタルマザーから出航した。




《ざぶーん》


 水しぶきと共に、ブラッドロックは合衆国東の沖に現れる。


《ぱぱ、用意できてる?》

「いつでも良いけどな、おい、ぱぱって呼ぶn――」

《ばーん!》


 ブラッドロックの無邪気な掛け声とともに、ライダーは砲弾代わりに主砲から撃ち出された。


「なんだあいつは⁉ バグってんじゃないか⁉」

《おいおい、僕等にバグを送り付けたのは君だろう、マスター》

《――言語機能にバグを確認――》

「おい、ブルーウィンド、おい。お前の言語機能は正常だぞ」

《――言語機能の所有格は不明――》

「やっぱ異常だったわ」


 騒がしさを伴った青い鳥は、風となって合衆国に上陸した。

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