2.エロージョナ

 クリスタルマザーと呼ばれる基地にライダーが辿り着くころには、すでにブルーウィンドは再起動を完了しライドモードへと戻っていた。


《――削除不可能なウイルスプログラムを検知――初期化プログラムの異常を検知――外部からの初期化を要請――》

「却下だ、却下。ようやくお前を俺の物に出来たんだ、自分から手放せるか」

《――合衆国との通信途絶――重大な契約違反――合衆国にヒーローライセンスを返却することを要求――》

「面白いこと言うな、お前」


 ライダーは肩を震わせて笑いながらブルーウィンドの砕けたウィングを叩く。


「とりあえず、このみっともないウィングを直すか」

《――損傷部位の修復を了解――》


 ブルーウィンドは無機質に告げると、ライダーを置いて危なげに走り出した。ライダーはその後姿を見送りながら、フルフェイスヘルメットの側面を指で撫でる。


「他の奴等と違ってウイルスの浸食が遅いな……。後から造られた姉妹機より最初期型の方がウイルス対策されてるってことか?」


 元々、ブルーウィンドやブラッドロックなどの戦闘補助システムを搭載したマシンは、ライダーがヒーローライセンスと共に合衆国から賜ったものである。

 クリスタルマザーは戦闘補助システムが組み込まれていない、ライダーの自前である。

 ヒーローとは、合衆国から生まれた新たな職種で、火山の怪人のようなエロージョナとの戦闘を強制されるその業務は、常に死と隣り合わせと言っても過言ではない。


 つまり、

 死んでも構わない人種がヒーローに抜擢されることが多い。


 それは、人が進化した先に生まれた新たな生命。

 それは、人と地球が融合して生まれた新たな生命。


 浸食種。

 エロージョナ。


 罪を犯したエロージョナを捕らえるヒーローもまた、エロージョナなのである。

 他民族が住まう合衆国とは言え、今の大統領はどちらかと言えば懐古主義である。表向きにはエロージョナの活躍の場を用意した体でいるが、本当の目的が化け物同然のエロージョナの数を減らすことであるのは明白だ。

 そのためか、ヒーロー制度が出来てからこっち、合衆国におけるエロージョナが関わる犯罪件数は年々増加している。


 閑話休題。


 エロージョナは、例えば火山の怪人に変身するサラリーマンのように、個人に特有の能力を有している。

 それらは今では変身系や変異系、事象系などと大まかに分類されている。それが属性や攻撃の型によってさらに細かく分類され、形式化され、無個性化されていく。

 そうして無個性化されたエロージョナ達は、ヒーローとして合衆国に管理されるか、犯罪者として管理から逃れるかを選ばされているのだ。


 だが、ヒーローでありながら、ライダーは合衆国からの管理を受ける対象とはなっていない。

 それは単純に、ライダーはエロージョナではないからである。

 エロージョナでないから、ライダーは合衆国からブルーウィンドなどの戦闘補助システムを搭載したマシンが支給され、それらを武器に他のヒーローと肩を並べているのである。


 そして当然ながら、

 純粋な人間がエロージョナを奇異の眼で見るように、

 ヒーロー達もまたライダーを白い眼で見ていた。


「……今はエロージョナの研究を優先させるか」


 当然のようにエロージョナを殺そうとする、黒いライダースーツのヒーローを。




 ライダーはクリスタルマザーの内部にいくつもある研究室のうち、最も下に位置する研究室に訪れた。

 研究室に入った瞬間、透明な死臭がライダーを包み込む。

 ライダーはスーツとヘルメットの隙間から侵入してくる死臭に顔を顰め、誤魔化すように咳払いする。


「マザー、エロージョナについてなにかわかったか?」


 ライダーの問いに応えるように、フルフェイスヘルメットの内面に配置された液晶に文字が流れる。


『あなたの目的が果たせそうにないことがわかったわ』

「そんなことは聞いてない。それに、まだ一人目だ」

『  エロージョナの解剖結果を報告するわ』


 液晶の文字が流れきると、ライダーの脳に直接エロージョナについての情報が流し込まれる。ライダーは自らの頭に手を当てながら、頭の中を整理する。


「……突然変異に近いな。後天的なエロージョナは現れないのは、そういうわけか」

『突然変異に近いのではなく、これはそのものよ。人間に似た動物なの、エロージョナは』


 ライダーは手を打ち鳴らし、真っ白な台の上に載せられた肉塊を指差す。


「なんて言ったかな。そう……倫理的配慮に欠けてるぜ、マザー」

『それはブルーウィンド達の言葉でしょう』


 クリスタルマザーの言葉にライダーは膝を叩いて笑う。


「俺、あいつらのこと好きだぜ。個性的だ」

『私は個性的ではないと?』

「そんなことは言ってない。俺はマザーだけを愛してるんだ」

『自作したAIにそんなことを言えるなんて、あなた相当疲れてるのね』

「そうかもな」


 ライダーははにかむように笑うと踵を返し、

 真っ白な床に膝を突く。


『寝不足ね。疲労も溜まっているわ。今寝台を空けるから、ゆっくりしていきなさい』


 ライダーは天井や寝台から生え出したアームが寝台の上を片付けていくのを肩越しに見やり、疲れたように息を吐く。


「俺は自分のベッドじゃなきゃよく眠れないんだ、マザー。そういう冗談はやめてくれ」

『悪かったわ。ちょっとした出来心なの』


 膝を突くライダーの隣の床が開き、一本のアームが生える。そのアームは柔らかくライダーの頬を撫で、頭を軽く撫でた。

 フルフェイスヘルメット越しに。

 ライダーはもう一度、

 息を吐く。


「あー、その……マザー」


 ライダーはアームを杖代わりにして立ち上がる。


「俺が眠っている間、部屋には誰も入れないでくれよ。特にブルーウィンド、あれはどういうわけかウイルス対策が他の三機よりも丁寧にされている。油断するなよ」

『心配しなくても、誰も入らせないわよ』

「最悪、破壊しても構わないからな」


 そう言い捨て、ライダーは研究室を後にする。


 研究室を出ても身体に纏わりついて残る透明な死臭に、

 ライダーは鼻を鳴らした。

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