鋼鉄の姉妹

めそ

1.濡れる大地

 弾ける閃光。

 刹那、飛び散るのは灼熱。

 ひとつ。

 鋭利な悲鳴が世界を切り裂く。

 鮮やかな色吹雪が舞い散る。

 轟音、紅蓮。

 そして、


 ――閃光


 悲鳴を掻き消す轟音と、

 悲鳴に混じる笑い声。

 笑い声が晴れた空に雨を降らせる。

 晴れた空から降り注ぐ雨が悲鳴を切り裂く。

 鉄錆の海が大地を蝕む。


 笑い声。

 割れる空。

 染まる大地。

 群れる海。


 …………笑い声


《――戦闘補助システム起動――》


 無機質な電子音声が告げる。直後、紅蓮の炎を貫いて青い旋風が駆け抜けた。


「……あ?」


 狂ったように笑っていた火山のような怪人は、視界の端を過ぎった青い旋風に目を向ける。

 火山の怪人が立つのは、地上三十階立ての高層ビルの屋上。

 青い旋風は、火山の怪人が立つ高層ビルと向かい合う高層ビルの壁を垂直に駆け抜けていた。

 赤く反射するガラスを散らしながら、風が舞い上がっていく。

 十秒と時間をかけず、青い旋風は高層ビルの屋上に辿り着く。


《――標的を確認――》


 レーシングカーを模したメタリックブルーの大型バイクが黒いライダーに告げる。


《――変身系火属性エロージョナと推定――遠方からの攻撃に対する警戒を提案――》

「変身系か、久し振りだな。俺達も変身するか?」

《――変形機構オールグリーン――》


 バイクの返答にライダーは満足そうに頷き、フルフェイスヘルメット越しに指で右目の下を撫でた。

 直後、火山の怪人が放った閃光がライダーの立つ高層ビルの上部に直撃する。コンクリート片が爆風によって加速されながらライダーとバイクに襲い掛かった。


「おっと」


 ライダーは車体を翻してそれらを避け、向かいの高層ビルに立つ火山の怪人を睨む。


「よお、行くぜ……」



――ブルーウィンド・バトルモード――



《――コード認証――》


 直後、ブルーウィンドと名付けられたバイクは蕾が開くように変形を始め、ライダーを飲み込んだ。


 真昼よりも青い装甲が、

 宵闇のように黒いタイヤが、

 うねるように変形し、

 やがてバイクから人の形へと変化する。


 そして現れたのは、青い鳥人・ブルーウィンド。


《――ブルーウィンド・バトルモード――正常に作動――》


 ブルーウィンドの声を受け、ライダーはマスクの下で笑みを浮かべる。


「さあ、風になるぜ」


 閃光、そして爆発。

 ブルーウィンドを纏ったライダーは爆風に乗って宙を舞い、再び青い旋風となる。

 青い旋風は、滑るように空を舞う。


「そんな小細工でオレを倒そうなどと」


 火山の怪人は右手を空に掲げる。

 そして、


「ぐ……っ⁉」


 空高く舞い上がったブルーウィンドは、

 空の色の中に消えていた。

 火山の怪人は空に向かって閃光を放つが、ブルーウィンドに命中した気配はない。


「くそっ」


 邪魔者を排除することを優先させるか、

 獲物を焼き尽くすことに専念するか。


「…………」


 火山の怪人は一瞬だけ動きを止める。

 だが次の瞬間、その身を宙に投じた。


「あ⁉」


 予想外の出来事に、火山の怪人の背後まで迫っていたライダーは声を上げた。


《――標的の落下を確認――姿勢の制御に異常なし――一定の落下速度を維持――市民の被害増大中――》


「くそ、器用だな」


 ライダーはブルーウィンドをライドモードに戻し、ビルの側面を駆け降りた。


「現れたか」


 火山の怪人は焦げ付いたアスファルトの上に立ちながら、青い旋風を視界に捉える。


「大義のない正義の味方気取りが、オレを倒せると思わないことだな!」


 火山の怪人は両腕を先程まで自分が立っていたビルに向け、

 閃光。


「うあっ!」


 衝撃がライダーを宙に投げ飛ばす。無防備なその身体を狙い、火山の怪人は再び閃光を放つ。

 閃光が空を貫く。


《――翼部損傷――姿勢制御困難――落下開始――》


「直撃を避けただけっ!」


 ライダーは落下しながらブルーウィンドを身に纏い、アスファルトを叩き割りながら着地すると同時に横に跳ぶ。

 割れたアスファルトが閃光によって溶解する。


《――ブラッドロックに援軍の要請を提案――》

「シルバーツリーじゃないのはどうしてだ?」

《――修復未完了――》

「あいつホント……!」


 ブルーウィンドの言葉にライダーは舌打ちし、上体を捻って閃光を避けた。ライダーの背後で悲鳴が上がる。


「おいおいおい、正義の味方さんよお!」


 火山の怪人は笑いながら閃光を連発する。ライダーは少ない動きでそれを避けながら、火山の怪人に歩み寄る。


「避けて良いのか? 大切な市民が死んでいるぞ?」

「勝手に死ぬ市民が大切なわけあるか、アホ」

《――警告――不適切な発言――》


 ブルーウィンドの言葉を聞き流しながら、ライダーは焦げ付いたアスファルトを蹴って火山の怪人に急接近する。

 メタリックブルーの奇跡が火山の怪人の鳩尾を捉えた。火山の怪人が吐いた血がブルーウィンドのウィングを焦がす。


《――損傷軽微――》


 ライダーはなにも言わず、再び火山の怪人を殴る。


「チッ」


 火山の怪人はライダーを蹴り飛ばし、両手から閃光を連発する。ライダーは自分の足下に向けて放たれた閃光を軽やかに避けながら、宙を舞うアスファルトの破片を火山の怪人に向けて蹴り飛ばす。

 だが、閃光を放つ反動を利用して後退する火山の怪人にそれらは届かない。ライダーは小さく舌打ちする。


「小賢しい奴だな。おい、ブラッドロックの現在位置を教えろ」

《――前方約百メートルと確認――》


 ブルーウィンドの言葉を聞き、ライダーは右目の下を撫でる仕草をする。

 ライダーの目の前には、火山の怪人と、大地に突き刺さるコンクリートの塔があるのみ。

 メタリックブルーの仮面越しにライダーは笑う。


「丁度良い、最短距離で向かってこい、ブラッドロック」

《りょうかーい》


 ブルーウィンドの無機質な声ではなく、

 幼い少女の声がライダーの声に答える。


 直後。


 極太の光線が高層ビルを貫いて火山の怪人を呑み込んだ。


「――――――――」


 あらゆる音が白に染まる。


《――警告――市民への被害甚大――ブラッドロックの武装を一部制限――》

《うー、ごめんんさーい……》


 高層ビルに空いた穴から現れたのは、赤銅色をした全長十メートルを超えるほど巨大な鋼鉄の狼だった。

 至る所に大小様々な砲門を装備した鋼鉄の鎧を纏う狼は、名をブラッドロックという。


「ブラッドロック!」


 ライダーは高層ビルの壁面にへばりつきながら、


「遊んでんじゃねえぞ!」


 閃光がブラッドロックの装甲を焼いた。


《へ?》


 ぐらり、と。

 ブラッドロックは地面に伏す。


「くそ、話には聞いていたが、いざ目の前にするとやはりデカいな」


 火山の怪人は悪態を突きながら右手をブラッドロックに向ける。


《え――》


 ――閃光


「ガ――ッ⁉」

 紅蓮の鎧が宙を舞い、その先から放たれる閃光が太陽を焼く。

 火山の怪人から切り離された右腕がアスファルトを叩いた。


「な、なんだ⁉」

「……やっと近づく隙を見せてくれたな」


 狼狽える火山の怪人の背後で、ライダーは密やかに呟く。

 ライダーの手の中で大振りのナイフが青く閃き、火山の怪人を背後から斬りつけた。


 紅蓮の左腕が舞う。


 火山の怪人は半ばから斬り落とされた自身の両腕を信じられないとばかりに凝視する。

 ライダーはその背中に容赦なくナイフを突き立てた。


「あ、があああっ!」

《――標的の損傷増大及び出血量多――応急処置を提案――》

「エロージョナの生け捕りは俺の仕事じゃねえよ」

《――警告――契約違反――》


 ライダーはブルーウィンドの警告を完全に無視し、逆手に持ち直したナイフで火山の怪人の首を薙ぐ。


 溶岩のような血がアスファルトを濡らし、

 火山の怪人はサラリーマンへと姿を変えながら、

 高層ビルの街を襲った笑い声は絶えた。


 途端にブルーウィンドの声が大きくなる。


《――警告――重大な契約違反――警告――重大な契約違反――警k――じゅ――はn――》


 ライダーの意思と関係なく、その身体は金属の塊としてアスファルトの上に崩れ落ちる。


《――警告――重大なエラーを検知――戦闘補助システムを強制終了――ブルーウィンド再起動開始――》


「ブラッドロック、今のうちにエロージョナの回収だ」

《はーい。後でご褒美頂戴ね》


 ブラッドロックは地響きと共に火山の怪人だったサラリーマンに歩み寄り、サブアームを使い器用にその肢体を拾い集め、腹部に格納した。


「よーし、良い子だ」


 ライダーは唸り声を上げるブルーウィンドに押し潰されそうになりながら、ブラッドロックに笑いかける。


「ついでに俺も連れてマザーのところに帰るぞ。今日は運良く一番乗りだったが、遅れてくる奴らと鉢合わせしたらマズいからな」

《わたしあの水出す男きらーい》

「今回のエロージョナの属性が属性だからな。もしかしなくても、来るかもな」

《むー》


 ブラッドロックは不満そうに唸り、ライダーを口に咥えて飲み下す。


「よし、さっさと逃げるぞ。街が破壊されたのを俺の責任にされたら面倒だからな」

《最短距離?》

「いや、全速力だ」

《りょうかーい》


 ブラッドロックは天に向かって吠え、身を翻してもと来た道を駆け出す。


 空気を震わす足音の後には、壮絶な破壊活動の後だけが残された。

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