未知との遭遇(トラック野郎編)
寅ノ尾 雷造
未知との遭遇(トラック野郎編)
タケミは買い物を終えて、鼻歌を歌いながら帰り道を急いでいた。
彼女が空き地の前に差し掛かると、空き地の隅でイワオが、楕円形の岩を持ち上げているのが目に入る。
「イワオ君ったら、相変わらずの馬鹿力ね」
タケミは足を止めて感心しながらつぶやくが、イワオの足元を見てギョッとした。
イワオの足元には小人らしい生き物が転がっていたのだ。
タケミは思わず持っている荷物を放り投げて、イワオの元に駆け寄って叫ぶ。
「イワオ君! ダメーーー‼」
するとイワオは、その声に反応して振り向こうとするが、その拍子でバランスを崩して、持ち上げていた岩を落とす。幸い小人とは逆方向に落ちたため、大惨事には至らなかったが、それでも相当な質量の岩が落ちたので、『ドスン』という大きな音と地響きが立った。
「なんだよタケミ。脅かすなよ」
「驚いたのはこっちよ! 何? 新しい小人虐待?」
「小人虐待? 何の事だよ」
「それよ‼」
タケミはイワオを睨んだまま、横たわっている小人を指差して更に続ける。
「あんた、こんな可愛らしい小人さんを、その岩でペタンコにしようとしたわね!」
「だから何の事だ? 俺はこんな所に岩があったら邪魔だから、除けようとしただけだが? ――――それにあれ、そんなに可愛らしいか?」
イワオはタケミの誤解を解いて、彼女の言う可愛い小人を指差す。
その先には、これだけ騒いでも、まだスヤスヤ寝息を立てている小人がいた。ただし、その小人は童話などに出てくるような、多くの人が感じる愛らしさなどとは、全く無縁の姿だった。
それもその筈で、その小人の出で立ちは、まるで昭和のオヤジ風だったからだ。
角刈り頭にねじり鉢巻き、口の周りには無精髭を生やし、地下足袋、タートルネックのセーター、作業ズボンを身に着け、そして止めにセーターの上から腹巻をしていた。
「可愛くない………」
それを目にしたタケミから、絶望の滲み出た呟きが聞こえたが、イワオはそれを無視して、その小さなオヤジの前に立って屈み込むと、人差し指でオヤジの頬を叩く。
「おい、オッサン! 起きろ」
小人のオヤジは、睡眠を邪魔されたのが気に入らない様子で、起き上がると、開口一番イワオに文句を言う。
「人が気持ちよく寝てるとこを邪魔しやがって、てめえ何様のつもりだ?」
小人のオヤジはガラの悪い口調でイワオを詰るが、その声は小人らしい高くかわいい声だったので、横で聞いていたタケミは、そのギャップに思わず和んでしまった。
イワオも始めて声を聴いて、そのギャップに拍子抜けするが、起こした理由に気付かない能天気な小人に、自分の置かれている状況を説明する。
「オッサン。こんな所で寝ていると、次に目覚めたら犬猫の胃の中かも知れないぞ」
「犬猫ってなんだ?」
小人のオヤジは犬猫の事を知らなかった。するとタケミは両手を使って犬猫の大きさを表現して、小人のオヤジに説明する。
「猫ならこのくらいの大きさで、犬は大きいのになると、このくらいの大きさよ。両方とも四足歩行の獣で、鋭い牙を持っているわ」
それを聞いた小人のオヤジはは震えあがって呟く。
「ここにはそんな化け物がいるのか………」
「俺達はそれよりもデカいけど大丈夫なのか?」
「人間は言葉が通じるから問題ねえよ。でも獣は別だ、奴ら問答無用だからな」
確かにこの小人サイズだと丁度いい獲物だから、腹が減ってたら問答無用だろう。
「それよりも、オッサンは何でこんな場所で無防備に寝てたんだ?」
「おお、それはなあ。運送の途中の休憩所で、美味い酒にめぐり会えてな。調子に乗ってかっ食らい過ぎて、酔っぱらっちまったんだ」
イワオはその先の展開を読んでいたが、それでも一応確認する。
「まさか、ここまで運転して来たとか言うなよ」
「おお、何とか転がしてきたぞ」
小人のオヤジは胸を反らせて、自慢げに言い切った。
「何自慢げに語ってんだよ、飲酒運転は免許取り消しじゃなかったか?」
「かてえ事言うなよ。てめえはポリ公かよ」
小人のオヤジは、イワオのツッコミを軽く流して話を続ける。
「で、物凄く眠くなっちまって、ここにトラックを止めて仮眠を取ったのさ。だが空調が壊れやがってなあ、蒸し暑くなって堪らんから、外に出て眠っちまったんだ」
イワオは辺りを見回すが、それらしい乗り物は見当たらない。
すると突然、どこからともなくアラーム音が聞こえてくる。
「イケねえや! 今回の荷主はうるさかったのを忘れてたぜ。早い事、不死鳥の卵を届けねえと報酬が貰えねえ!」
小人のオヤジはそう口走ると辺りを見回して、先程イワオが持ち上げていた岩に目を止めて駆け寄る。
そして岩の先の部分を触ると、岩の表面の一部が、ガルウイングドアの様に跳ね上がり、小人が入れるぐらいの入り口が現れた。
小人のオヤジはそこから岩に乗り込むと、エンジンをスタートさせる。
すると何とも表現し難い音を立てて、岩は重力など無かったかのように少し浮き上がる。
小人のオヤジは、ドアを閉めようとして途中で止めると、二人に向かって叫ぶ。
「お二人さん! 今日は世話になったな。俺は急がなきゃなんねえから、もうこれで行くわ。――――じゃあ、二人とも達者でな!」
そう言い残して完全にドアを閉めると、岩は垂直に高度を上げていく。
やがて、豆粒ぐらいの大きさになると、まるで何かに打ち出されたように東の空へ消えて行った。
イワオは岩の形をした宇宙船の消えた方角を、呆けた様に眺め続けていたが。思い出した様にタケミに話し掛ける。
「なあ、タケミ。あのオッサン、不死鳥の卵がどうとか言って無かったか?」
その問いかけの意味を、最初は気づかなかったタケミだが、記憶を巻き戻して行く内に、ある事に気付いた。
「あっ! あの宇宙船。イワオ君が持ち上げて、派手に地面へ落っことしてたわね」
「ああ、卵………割れてないと良いな…………」
イワオの呟きを聞いて、頭の中で反芻していたタケミは、もう一つ別の事に思い当たって声を上げる。
「ああっ! しまったー‼」
そう言って駆け出すと、最初にイワオを見かけた位置まで戻る。
そこには、エコバッグが一つ落ちていた。それを恐る恐る開くタケミは、中を見て絶望の声を上げる。
「あ~あ。全滅だ~………」
遅れて駆け付けたイワオは、横からそのバッグを覗く。
バッグの中は割れた卵の黄身と白身でグチャグチャになっていた。
イワオはタケミの肩にポンと手を置き、慰めるように言う。
「不死鳥の卵じゃないんだから、また買い直せば良いじゃないか」
不死鳥の卵がどれ程の価値を持つのかは分からない。しかし、宇宙を股に掛けてやり取りをするほどの代物だ。そこで無残に割れている鶏の卵とは、全く比べ物にならないだろう。
イワオはもう一度、宇宙船の消えた東の空を眺め、小人のオヤジの幸運を祈った。
未知との遭遇(トラック野郎編) 寅ノ尾 雷造 @KO-IZU
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