第12話 紗原 糸 婆ちゃん登場

 昼間は家にいて、夜は余所に泊まるという普通の中学生と真逆の生活は、僕のように家族から期待もされなけりゃ、心配もされない人でなけりゃ成り立たない。

 だが、一人だけ僕を気にかけている人間がいた。

 隣町に住む婆ちゃんである。

 家にたどり着き、ドアを開けたところ、居間の婆ちゃんが座っていた。実験でぼけていたせいか玄関に見知らぬ靴があったことに気づかなかった。


「お祖母様」

「貢次郎!中学二年で朝帰りじゃ、いい人生はないよ」


隣町の婆ちゃんは、名前こそ「紗原 糸」とクラッシックであるが、まだ六十歳前である。若いときは美人として有名であったらしく、今も美魔女としてこの世に存在しようと努力している。

 悪人ではないが、おそらく美人でちやほやされた過去を持っているせいで、言葉に迷いがなく、いつでも断定口調である。


「おまけに、いくら家族がみんないないからって、真太郎の部屋を鳥小屋にするとはどういうことだい。いいかい、お前にヤンキーは似合わないよ」


 僕は直立不動となり、外泊の理由と鳥冷房の実験について理解を得るのに一時間を必要とした。


「今日も夕方、その種野とかいう怪しい博士のところで実験に協力するんだね。」

「はい、そのとおりです」

「じゃあ、私も行くから」

「へっ」

「あたりまえだろ、怪しい実験の協力者だなんて!お前の脳にひどいことだって起こるかもしれないじゃないか。だいたい夢なんてものは、起きりゃ、忘れることになっているんだから、そんな実験、私は気に入らないね。

 そうそう、貢次郎、どうせまともな食事も食べてないだろう。健康の基本は食事だよ。食事。お昼は私が作ってあげる。

 溜まった洗濯は私がするから、あなたは掃除をすること」


 本当のところ、博士のところへ行くようになってから、朝食と夕食はいつもよりましなぐらいだったが、もちろん言えない。

 僕は鳥の世話と掃除にセッセと精を出した。不安といえば、婆ちゃんが博士とケンカし、有惈さんと会えなくなることだった。だが、婆ちゃんが言い出したからには、行くことは止められない。


夕方になり、これが研究所の見納めになるかもと思いつつ、緑に囲まれた研究所の中に入った。


「はあ、もっとちっぽけでかび臭い研究所を想像してたけど、ちょっとオシャレな外見だね。

 でもね、夢なんてものは、忘れる程度の気楽なものがいい。貢次郎、気を許すんじゃないよ」


 NIDのドアを開けると、中に種野博士がいた。博士は、僕の隣にいる祖母に目を向けると、こう自然に聞いてきた。


「貢次郎くん、隣にいるのはお母様じゃね。ずいぶんとお綺麗な方じゃね。初めまして種野と申します」


祖母を母と間違え、おまけに綺麗な方と褒めた博士は、見事としか言いようが無かった。地域ナンバーワンの美魔女として生きるべく努力している婆ちゃんには、最高の言葉だった。


「いえいえ、私、貢次郎の祖母で、紗原 糸と申します。孫がたいへんお世話になっているそうで」

「お祖母様、そんな信じられない。そんなに若々しくお美しいのに」


 博士の二言目がまた見事に加点した。婆ちゃんの種野博士についてのファーストインプレッションは最高のものとなった。糸婆ちゃんの顔は上気した娘のような表情になっていた。


「貢次郎くんには夢の実験に協力していただいております」

「いえいえ、人生を夢でも楽しめるようにする御研究だなんて、本当にロマンチックですこと。貢次郎なら、いくらでもお使いください」


 魔法のようにテーブルには、紅茶と洋菓子が並べられ、種野博士と糸婆ちゃんの話が続けられ、僕はいつものように、五人の助手による実験前の健康診断が始められた。

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