第10話 闘い、敵は砕け
家で鳥の世話をし、ちょっと宿題をしている間にうたた寝もした。夢も見たかもしれなかったが、覚えてはいない。
今夜、本当に夢の続きが見られるのだろうか。鳥の世話と宿題だけ、おそろしいほど退屈な現実に耐えているだけに、ワクワクしながら、博士の研究所へと入った。
種野博士と助手達は、そんな僕を見て、確認から話を始めた。
「昼間、何か異常を感じなかったかね」
「まったく、ないです」
「心電図やら脳波にも異常はなさそうだ。いいかね、何か危機を感じたときは、カピバラを叩くこと」
「分かってます」
「ふむ、大丈夫なようじゃな。
では、夕御飯を食べて、入浴を済ませて、昨夜の夢の続きへと行ってみようか」
博士の表情はいつも通りの笑顔になり、二人でテーブルについた。
どういうわけか、有惈さんの姿がない。これは、僕のワクワク感をかなり減らしている。
「今夜は、有惈さんはいないんですか」
「ちょっとした用事で、今日はおらんのじゃ。
気になるかな」
「いえいえ、なるほど、そうですか」
僕は表情を変えないようにしていたが、けっこうがっかりした。博士はもちろんニヤニヤした。
でも、気を取り直して準備を済ますと天蓋付きベッドへともぐり込んだ。
夕飯に何か入っていたかは分からなかったが、どうも頭がぼんやりと重い。僕はすぐに眠りに落ちた。
たちまち溶接ロボット型のフューズドが目前にいた。
ちょっとでかい。これは、初戦には相応しくない相手に思えた。夢の中とはいえ、体を焼かれ、溶接されるのは嬉しくない。
おまけにヤツのボディには、憎たらしくも僕を軽蔑したような笑い顔まで浮かんでいた。
「やはり、逃げるか」
「いえいえ、貢次郎様、相手をよくご覧ください。敵はダイレクトフューズドです」
僕に、真太郎が耳打ちした。いつもの秀才顔だった。
「なんだダイレクトって」
「直接、無理に融合したタイプのことです。証拠は、アイツに生えてる足の不自然さです。 きっと、アイツ、ちょっとした衝撃でバラバラになりますよ。ダイレクトフューズドのアイツの体は、きっともろい」
こう囁くように言うと、真太郎は素早く後ろに下がっていった。
なるほど、フューズドには、タイプがあるらしい。
だが、アイツの体がもろいとしたって、溶接棒に触れちゃいけない。気をつけながら、間合いを計った。
よし、今なら。僕はネグレマンの力を信じて、精一杯の右キックをボディに放った。
たしかにボディはもろかった。僕のキックでヒビが入った。
だが、それに気を奪われ、自分の動きが止まっていた。右キックがぶつかったままになっていた。
そこにアイツのアームが襲ってきた。振り回しているアームの先、溶接棒が僕の頬に触れた。
ジュウウウウ
熱かった。確かに熱かった。僕を焼く音まで聞こえた。
闘いの恐怖が襲った。怖かった。
その恐怖に、相手も見ずに夢中でパンチを連打していた。
ド素人の闘いだった。
だが、気がつくと、まるでゲームエンドのようにアイツは砕け散り、粉々になった。
……確かにもろかった。
頬に痛みが走った。思わず膝をついた。
そうだ、癒やしの妖精が……、有惈さんがいるはずだ!
間違いなく頬にキスをしてくれるはずだ!そのための火傷だ。
僕は周囲を見回した。オレンジ色のキラキラした服を着た彼女を探した。辺りはすっかり薄暗く、夜になっている。
闇い中、彼女の光を探した。
だが、彼女はいなかった。
どこにも。
代わりに、ぴちぴちの白い看護師の服を来た母が救急箱を手に走り寄ってきた。
「貢次郎、さすがネグレマン様だわ。今、ママが治療しますからね」
僕は悲しい気持ちで治療を受けた。横では、砕け散ったフューズドの跡をライトで照らしながら調べている兄と博士がいた。
「種野博士、ダイレクトフューズドとはいえ、生身のキックとパンチであっけなく倒すとは、やはり、ネグレマン、強いですね」
「いやいや、真太郎くん、彼では、メタモーファシスフューズドには歯がたたん」
「すると、この先、どうしたら」
「やはり改造じゃ。ネグレマンの腕に削岩機を埋め込むとか、今日の敵からヒントを得たのじゃが、プラズマ溶接を腕に着けるというのもいいかもしれん」
「ああ、なるほど。その手がありますね」
勝手な話が始まっていた。僕をどんどんと怪しいものに改造するつもりらしい。冗談じゃない。それならバーバリアンとかいうスーツの方がまだましだ。
だが、メタモーファシスフューズドという言葉の意味が気になった。
「メタモーファ、ファシス……フューズドとは何だ?」
「お忘れかな。さっきのダイレクトみたいにツギハギで融合したヤツじゃなくて、ちょうど昆虫のさなぎのように時間をかけて融合した奴らじゃ。ヤツラ、見た目にはハマキのような円筒形の覆いをつくり、その中で数日掛けて融合する。
融合が終わった後は、もちろん簡単には砕けん。生まれつきの生き物のように動き回る。やたらと強い」
「おそらく、ダイレクトフューズドの強さが一だとすると、メタモーファシスフューズドは十といったところでしょう」
博士の説明に兄が付け足した。
僕はオクラの葉っぱが丸まったものを想像した。ヤツラがその中で、時間を掛けて融合していく。丁度、昆虫がサナギとなり成虫となるみたいにだ。
ま、結局のところ、メタモなるヤツとは闘わなければいい、そう思いながらも、見てみたいという気持ちが困ったことに湧いていた。
「ところで有惈さん、癒やしの妖精はどうしていない」
「癒やしの力を持っているため……、メタモーファシスフューズドのボスにさらわれました……」
弱々しい声がした。ダークグレーのスーツを着た父が情けない顔で、謝るように立っていた。見た瞬間に父の役割が分かった。彼は、あちらこちらと出かけ、偵察員として敵の情勢を収集する役割なのだ。
「そうか、となれば救出にいかねばならない……かな」
言葉とは裏腹に僕は玉座に座りなおした。まずは、自分の強化策を練らねばならない。
その時、不意に空が明るくなった。
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