第8話 勇者 ネグレマン?! そして フューズド
血のような見事な夕暮れが広がっている。空には何羽ともしれない烏が、時折、鳴き声をあげる。
町を見下ろすような小高い丘の上にギリシャの神殿のように白亜の建物があり、その前には、玉座が据わっている。
そこに僕は腰掛けている。手にはラベンダーの香りの漂う紅茶がある。ゆっくりと香りを楽しむ。
「貢次郎様、今日は、いかがなさいますか」
「うん、何もしないかな」
近頃、姿を見たこともない父がご機嫌をうかがうような声で訊いてきた。だが、その顔は不安げに左右を見ている。
「しかし、今も町には悲鳴が。大勢の人々が貢次郎様、ネグレマン様の助けを待っております」
どこかで人が襲われているらしい。かすかに悲鳴が聞こえる。僕はこの世界でネグレマンと呼ばれている。
「なあ、助けに行こうぜ」
「真太郎、あなたの弟とはいえ、貢次郎様への言葉遣いが、なってないわ。
ちょっとぐらい頭がよくても、あなたの学力なんか何の役にも立たない。
貢次郎、ネグレマン様のお力だけが人々を救えるの」
母の言葉に兄が不満げに頷いた。その様子を楽しみつつ、紅茶に口を運ぶ。今や家族のヒエラルキーの頂点に自分がいた。ネグレマンに何の力があるか、自分でも分かっていないが、それは大きな問題ではない。
肩には青色のセキセイインコがとまっている。まるで置物のように静かにとまっているインコが不意に顔を上げる。目が光る。
「気をつけろ!敵が来る!」
青いセキセイインコは、予知能力を持っている。鳥が警告の声を上げた。僕は、ゆっくりと立ち上がった。ラベンダーの香りを機械油の臭いが消していく。
フューズドの臭いだった。何もしないつもりだったが、敵が襲ってくるとなれば話は別だ。
世界は、怪しい何かに侵略されている。
その何かは、地球上の物に融合し、化け物となり人を襲ってくる。その融合した生き物を、人類は『融合された物』、つまり、フューズドと呼んでいる。
じりじりと近づいてくる敵、元は『溶接ロボット』だったらしい。溶接用のアームが左右上下に暴れ、触れる物を焼きながら近づいてくる。生身の人間に勝てる相手とは思えない。
闘うしかない。
勝てるだろうか?自分の力を知らないのに、勝つ術はあるのか?
「真太郎、どうするか?」
「種野博士の発明したバーバリアンを使われてはどうですか」
「あのマッドサイエンティストの造ったパワースーツか。
いや、今はやめておこう」
見れば、茶色いモビルスーツのようなものが横に置かれている。その横には残念そうな種野博士が座っている。
物の焼ける臭いが鼻腔に突き刺さる。肉を焼く臭いだ。
誰かが襲われたのか?
「今日は、やはり何もしないで逃げるか」
命をかけて闘う理由は、ない。ここは退却すべきではないか。
僕、本来の弱気が顔をもたげる。
「あなたが傷ついたら、私が癒やしてあげる。そう、頬にキスして」
不意に有惈さんの声がした。オレンジ色のキラキラした薄い布地の服を着ている。まるで妖精みたいだ。似合う!それに、今、なんていった。癒やしのキス。たしかにそう言った。
こうなれば生身の体、その力を試してみてもいい。傷ついたらスペシャルな癒やしがある。
僕は、溶接ロボット型のフューズドに近づいた。
肉の焼けた臭いが強くなる。
ジリリリリイイン
けたたましい音がした。警報が鳴り響いている。おそらくは、幾つものフューズドが暴れ回っているのだろう。
その時、不意に世界が明るくなった。
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