第6話 勇者 旅へ

研究所が近くなければ、行かないで、無い話にしたかもしれない。

 いやいや、奈楽有惈さんに会えるという気持ちが後押ししなければ、それでも、足は向かわなかった。

 昨日の約束時間、十五時、僕は、研究所の門をくぐっていた。

 危険なら引き受けないと決めている。

 だから心のどこかに余裕があった。いやいや油断があった。種野博士は、服装の趣味が悪いし、変人に違いない。だが、暴力的にことを進めるタイプでは無いと思っていた。思い込んでいた。

 だが、僕は本当に甘かった。なぜなら、博士の住まいだという建物の入り口には、有惈さんと同じ年頃の女の子が六人も立っていたのだ。キラキラとしていて、その眩しさに、僕は、彼女たちを、最初はっきりと見られないほどだった。


「みんな、貢次郎さんよ。種野博士の研究に協力してくれる勇敢な人なの」

「へえ、有惈、勇気のある人好きだって言ってるけど」

「でもちょっとタイプかな」


 いきなりの有惈さんの紹介に、みんな好意的な視線で頷き、じっと僕を見てきた。この瞬間、僕は、事態を進める主導権を失った。あっという間に女の子達に取り囲まれ、勝手な話が僕の意思とは関係なく始まっていた。

 どうして女の子は似たようなタイプが集まるんだろうと思いながらも、ただただ彼女たちに圧倒されていた。どの娘も本当にきれいだった。生きてきた日数と彼女のいない歴が同じ僕には、あり得ない状況だった。女の子達の香りに思わず鼻の穴が膨らみかけた。鼻がヒクヒクした。


「貢次郎さん、種野博士の新しい研究の協力者がついに現れたと言ったら、みんな来てくれたの」

「そうなの」

「そうよ」

「協力者って僕がですか」

「もちろん、だから見に来たんでしょ」

「ねっ、続きはお茶飲みながらにしよう。軽食も用意してあるわよ」

 

ソファーには既に種野博士がにんまりとした表情で座っていた。これは、博士のプランに違いなかった。まさか、こういう状況を設定してくるとは。


「貢次郎くん、引き受けてくれてすまんな。感謝じゃ」

「やっぱり、引き受けてくれると思ったわ」

「私も夢の中にもう一つ世界を創って生きられるって話、興味あるな。ぜひ、成功してほしい」

「そうよね。人生を楽しみたい」

「たいよね」


 けして暴力的ではない、現実的で強力な力を持ったやり方だった。勇敢な男扱いされた僕が、彼女たちに囲まれ、『やらないよ』と断ることはできない。いやいや、これから旅に出る勇者様になってしまった。鼻の下が伸びていることが自分でも分かる。博士の断定しきった感謝の言葉にも抗うことはできなかった。

 テーブルの上には、甘い物もあればサンドイッチだの、ちょっとしたスープまで用意されていた。このところ、カップ麺を常食していた自分には、美味なものばかりだった。幸せの中でお腹が満たされていった。


 だが、不意に、玄関が開き、白衣の男達が四人入ってきた。博士がさっと立ち上がり、彼等と話が始まった。

 気になるヒソヒソ声。それをきっかけに、打ち合わせてあったかのように有惈さんの友人達は帰って行った。

 どういうことをやるのかも聞かないうちに、僕が『既に引き受けた』という事実だけが残された。

『逃げたい』という気持ちが黒雲のように湧いてきた。心臓が大きく鼓動を打ち始めた。有惈さんもいなくなっていれば、無様に僕は逃げたに違いない。

 だが、彼女はニッコリと僕を見ていた。


「あの、手術とかはないですよね」

「切られたいのかね」


 五人の話が一段落したタイミングで恐る恐る質問した。真面目な口調で博士も質問で返してきた。


「いえ、命の危険がないことを知りたくて」

「もちろん、手術の予定はないが、ウェラブル端末でも装置でも埋め込んでほしいというのならリクエストに応じんでもないよ。研究効果を調べるのに具合がいいしな」

「今回は手術無しで!」

 ごく簡単な僕への問診チェックが済むと僕らは研究所へと移動した。昨夜の必死の想定は結局のところ何の役にも立たなかった。

 始まるのだ。どうなるの。

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