第5話 お断り……したい?

 「今夜、実験協力でどうかね」

 「鳥にエサをあげないといけなくて」

 「じゃあ、夕飯を一緒にどうかね」

 「いえいえ、また明日」


 種野博士の笑顔の誘いを断った僕は、兄の鳥臭い部屋でカップ麺を食べていた。『気をつけろ』という青インコの声を聞きながら、夕食は博士宅でご馳走になっておくべきだったと後悔した。有惈さんの手料理なるものを食べるチャンスを逃すべきではなかった。

 インコたちはカップ麺に興味があるのか、油断していると寄ってくる。鳥からの波状攻撃を避けて必死でカップ麺を食べているというのはひどい話だ。

 でも、夕飯を食べていたら、間違いなくそのまま実験に突入していた。僕の性格では、きっと押し切られたに違いない。

 とにかく、明日、種野博士のところに行く前に、協力するかどうかの条件をはっきりさせておかなくちゃいけない。それを今夜の内に決めておく。短い人生をもっと短くしてはいけない。

 もし手術等が必要なら、即座にノーだ。これははっきりしている。

 危険性があるというなら、(危険性がゼロというものは、この世にないかもしれないけど)どの程度までをOKとするか……

 危険性の種類にもよる……。実際の状況で判断するしかないが。なにせ、具体的にどういうことをするのかは聞いてないのだ。いやいや、聞けば引き受けることになると思い、本当のところ、聞けなかったのだ。

 でも、とにかく、きちんと聞いて、見て判断する。どういうわけか、こういうことが自分は苦手だ。だが、よく考え、命を守るしかない。僕はいろいろな状況、条件を必死で考え続けた。



 午後六時は過ぎている。不吉な低い雲に夕日は遮られている。その淡い光に照らされて白衣姿の有惈さんが研究所の入り口に立っていた。彼女の笑顔に励まされ、内部へと入る。中は予想以上に暗かった。


「貢次郎さん、進んで協力しようだなんて、勇気あるのね。」


 有惈さんが耳元でささやくように言った。唇がすぐ側にある。彼女の手が僕の腕を優しく握り、後ろへと押してくる。僕は押されるままにへなへなと座る。床ではない。ベッドだろうか。ゴツゴツとした台の上に押し倒される。

 いつの間にか僕は手術台に固定されている。手足が止められた。反射的に体を動かそうとするが、どうにも動けない。僕は、まだ引き受けるとは言ってないのに。


「では、始めようか」


 種野博士の手には、当然のようにメスが握られ、古ぼけたメガネの奥、目からは冷酷な光が放たれている。信じられないことに、有惈さんは、電動のこぎりのようなものを持っている。

 キュイイイイイと耳障りな音が響く。

 これは、昨夜自分の考えた基準を遙かに越えている。

ポタリと額になにかが当たる。種野博士の顔の汗のようだ。こちらは怯えているが、博士は緊張しているんだろう。顔に汗が浮かんでいる。その汗が臭い。

 頬にメスの感触。


「顔をメスで切らないで下さい!」

「ギャア」

「気をつけろ」


 僕の必死の声に、鳥の鳴き声が応えた。頬に鳥が留まったらしい。そして青インコが『気をつけろ』としゃべった。

 もしかして、額を触ると鳥のフンが手についた。

 いつの間にか堅い床で眠っていた。そして、夢には、自分の怯えがはっきりと現れていた。協力はしたくない。百パーセントの安全性がなければ、引き受けないぞ。


「かわいいでしょ」

「ひどいよな。ひどいよな」

「気をつけろ。気をつけろ。気をつけろ」


 朝のエサをたっぷりとやると、お礼代わりにインコたちはたっぷりと僕に注意をくれた。なんだか落ち着かないので、いつもだったら、まだ取りかからない夏休みの宿題をやり始めることにした。

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