第4話 実験台はいかが?!
研究所に来たと思ったら、僕が実験台になる話になった。石造りの寝台に手枷足枷をされて僕が横たわる。その横には、メスを手に血に飢えたような眼差しの種野博士が立っている。胸のTシャツの文字を指さす。『Save the day』
「紗原くん、これのために、済まんが尊い犠牲になってくれ」
「貢次郎さん、目をつぶったままで、まだ眠るのは早いわ。でも、実験協力する気になったのね」
「ちょ、ちょっと考えごとしてただけです」
僕の空想癖が血の色になりかけたところで、有惈さんの声にはっとした。博士が楽しそうな笑みを浮かべる。
「僕が実験台になるというのはどうかな」
「実験台じゃなくて、実験協力よ。
そうよね、ちょっと話が急だったけれど、でも、貢次郎さん、協力してみない」
「いえ、もう少し話を聞いてから」
有惈さんが、僕をじっと見つめながら『貢次郎さん』と言うと、あやうく『はい、協力します』と答えそうになる。が、種野博士の顔を見ることで、自分をつなぎ止めた。
「貢次郎くん、君は、楽しく、充実感のある満足行く生活をしているかね」
「いえ、してません」
即答。家族からは捨てられたような現状、学校で人気者というわけでもなく、部活クビになった自分が、『はい』と答えられるわけがなかった。
でも、ちょっと顔が赤くなったかもしれない。
「恥ずかしいことではないよ。たいていの人間は君と同じようなものじゃ。けして満足行く生活はしていない、それが現実の厳しさというやつだ。しかも、フェアではない」
「フェアではない?」
博士は大切そうに頷いた。
「生まれつき大金持ちの家に生まれた者もいれば、極貧の家に生まれる者もいる。
君のお兄さんのように恵まれた頭脳に生まれた者もいれば、そうでないものもいる。
それって、スタートラインが違っているだろう。
学校では、みんな平等だよと教えるかもしれないが、家族の中でさえ人は平等ではない。それが国となったり、世界となれば恐ろしいほどだ。
人生はフェアじゃない」
人生はフェアじゃない。中学生の僕には、抵抗感のある言葉だ。でも、僕のわずかばかりの経験が、頭の中で『そうだ、そうだ』とはやし立てている。
「そこで、夢の中にもう一つの自分の人生を創ろうというのが、私の研究じゃ。自分の望む世界で、こうあってほしい自分でいる人生を創る」
「いくら創ったって、夢の中じゃ、しょうが無いでしょ」
僕の声はいつになくきっぱりとしていた。認めたくない現実でも、現実だけが存在している。夢は現実ではない。
「ねえ、貢次郎さん。君に私はどう見える」
「えっ、どう……って」
僕は有惈さんの急な言葉にフリーズしかけた。彼女は笑顔で自分を見ている。
「種野博士が見ている私と貢次郎さんが見ている私って同じかしら」
「同じで……しょ?」
質問の意味が分からず、声は小さくなった。
「きっと違うわ」
「そうじゃな違うぞ」
「比べたら驚くほど違うかもしれないわ」
有惈さんの言葉に博士が相槌を打ち、僕はただ目を大きくした。だって、彼女が化け物じゃあるまいし、僕から見ても博士からみてもきれいな女の子、違うわけがない。
「貢次郎さん、君は目を通して私を見ている。」
彼女がじっと僕を見た。僕には彼女の素敵な目だけが見えた。
「君は私の声を耳から聞いている。けして、脳は直接見ているわけでも、聞いているわけでもない。
脳は、感覚器官から送られてきた情報を勝手に判断し、世界を見ている。でも、あなたの脳の判断と博士の脳の判断は違う。だって、同じ脳ではないから。
世界は人類の数ほどもある。
君と私は、同じ世界にいながら違う世界にいる。現実は、存在しているけれども、けして確かなものではない」
博士がソファーから身を乗り出した。
「そこで、夜ごと夜ごと見る夢が、断片的、バラバラではなく、つながっていけば、それも脳にとっては現実と同じようなものになると思わんかね。そして、ひとつ決定的に違うのは、ここが肝心なのじゃが、生まれついての境遇には左右されないことになる。
どうじゃ、フェアじゃろう。
私たちは、現実の世界と夢の世界、二つの人生を送ることができることになる」
「たしかに夢の世界なら、自分の思い描く世界を創れるし、そこでやりたいことが叶えられ……」
いけない、いけない。このままじゃ、僕は実験台になってしまう。
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