第2話 家族はセキセイインコなのだ!
バサッ バタ バタ バタ
パタ パタ パタ
乾いた音が交差してはやむ。
音は消えても、確かに在った証拠として、肌に風が届く。
思った通りには吹いてはくれぬその風を僕は好きかもしれない。
種野さんの研究という言葉に、正直、惹かれた。
というのも、実は僕も省エネの実験をしていたからだ。ちょっとした研究者の気分だった。
エアコンよりは、扇風機の方がエネルギー消費量からするとかなりエコだ。
でも、電力を使っていることには変わりない。
だが、扇風機のかわりに、小鳥を数羽、部屋に放せば、電気を使わずに風の涼しさを味わうことができる。空を飛べるほどの力を持った羽ばたきは、思った以上の風を起こす。 もしかすると扇風機がわりぐらいにはなるのではないか。こう考え、実験を始めるとちょっとした研究者の気分だった。
おそらく僕は、鳥冷房というものの可能性・実現化に向けて取り組んでいる唯一の研究者なのだ。
だから、兄と母へのへの腹いせもあり、いや、腹いせのほうが大きかったが、がらんとした兄の部屋で、僕は、三羽のセキセイインコを飼い始めた。インコは気まぐれに風を起こし、僕に風を送った。
床や机にフンが落ちても、僕は寛大に対応した。鳥臭さには、ちょっと辟易したけれど、鳥がペットだと思えば、許せる臭さだった。
だからといって、僕は鳥好きではない。また、親に「飼いたいんだ」とねだったのでもない。
母が言い訳として僕に与えたのだ、三羽のセキセイインコを。
「貢次郎、お父さんは単身赴任だし、私は、夏休み中、真太郎の世話にいってるから、お前が寂しくないように話し相手を手に入れてきたわよ」
「話し相手って、それ鳥じゃない」
「そうよ、いいアイデアでしょ」
母の右手には鳥かごがあり、ギャアギャアと喚いている鳥が入っていた。そして、母の表情は、悲しいことに真顔であった。
単身赴任でこのところ滅多に見ない父と東大進学実績を誇る超難関高校に進んだ高二の兄、その兄の夏休みの世話に行ってしまう母の代わりがセキセイインコというのは、いくらなんでもひどい話だった。
中二の息子をほっといて、高二の長男の世話に行くっていうのは変だと抗議したい気持ちで僕の心は一杯だった。だが、真顔の母に何を言っても無駄だということもこれまでの経験から知っていた。母と僕の理屈は違うのだ。
「話し相手にはならないんじゃないの」
「何言ってるの、セキセイインコって、そりゃあ、見事にしゃべるのよ。よくしゃべるのを見つけてきたのよ。
おまけに三羽もよ。緑のが二羽に、青いのが一羽。いいでしょ。家族の代わりになるわよ。あんた、友達も少ないから、これで孤独な夏にはならないで済むわよ」
責める口調にならないように小声でゆっくりと言った僕の言葉に、母は見事にしゃべるのよと言い返した。たしかに、そいつらは、ギャアやらチュイといった鳴き声の間に、言葉らしいものも発していた。
「かわいいでしょ」と緑インコの一羽は喋った。
「ひどいよな。ひどいよな」ともう一羽の緑は喋った。
「気をつけろ」と青インコは喋った。
合わせると、
「かわいい娘には酷い目にあうから気をつけろ」
と言っているように思えた。誰が教え込んだのかは知らないが、せめてかわいい娘に酷い目にでもあってみたいと思っていた僕はこの組合せを気に入った。
もともと四人家族のはずだったが、その三人までがセキセイインコになってしまった。言葉にすれば、どっかのだれかが創った童話のようだったが、現実に鳥の世話つきで一人残されるのはたまったものではない。
でも、母の関心は、兄の高二の夏をいかに充実させるか、そのためにどれだけサポートできるかということにのみ向いていた。平凡な次男への期待は、ほとんどないに違いない。
「高二の夏がお兄ちゃんの大学を決めるのよ。だから、東大に行くために、私、がんばっちゃう」
普段、難関校に通うため一人暮らしをしている真一郎が、どれだけこの夏、勉強できるかということしか頭にないのだ。
「いい、貢次郎、あんたのために、冷凍食品とレトルト食品とカップ麺と缶詰にパック御飯、食べ物は山のように買っておいたから。
あとは、コンビニだのスーパーの総菜をうまく使いなさい。予算は、一日あたり、千円までよ。
料理したくなったら、作り方はネット見りゃ、あるから。料理覚えるチャンスだと思いなさい。
くれぐれも火事には気をつけるのよ。あんた空想癖があるから、料理中にぼんやりしちゃ駄目よ」
母の目は、メラメラと火のように燃えていた。
「あっ、そうそう。おいしい手作り料理食べたくなったら、隣町のお祖母ちゃんに電話しなさい。あと困った時もね。
たまに様子見に来てくださるようにってお願いしてあるから」
一方的に母はこう告げると、バタバタと家を出て行った。玄関のドアがビシッと元気よく閉まった。
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