62話 晃の憂鬱
体育の柔道授業で野球部の森岡に勝利を収めた晃は制服に着替えて教室に戻ってきた、近づいて来たのは沙羅と田中美奈子である。
「晃君、野球部の森岡君に柔道で勝ったんだって? 教室じゃその話題で持ちきりよ!」
照れ笑いを浮かべる晃に田中美奈子が「そういえば、木崎君ってかなり痩せてるイメージだったけど、上半身……特に二の腕とか、太くなったんじゃない?」
「へへっ! まあこの2週間は本当に剣を振るってるからな」
プラスチック製の剣を重り入りリストバンドを着けて振っているというのが正確な情報ではあるが……。
田中美奈子は?顔をしながら、晃の発言をスルー。「沙羅ちゃんのバトンを使った創作ダンスもすごかったのよ、新体操部に所属するクラスの山口さんが沙羅ちゃんをスカウトしなきゃって言ってたわよ!」
「ちょ! それは評価高すぎよ、でも私も伊達に毎晩バトンを振り回してる訳じゃないからね!」
モーションキャプチャーモードでゲームしているお陰で二人共実際の身体機能がアップしていた。
二人の発言に子犬の様に首を傾け、ひたすら困惑する田中美奈子であった。
6時限目の授業も終わり終礼を終えて帰り支度を整えてから、晃の方に向かおうとした沙羅に教室後方の出入り口から声がかかる。
「姫宮さん!」振り返ると、そこには3年で生徒会長である新月透が立っていた。沙羅のお気に入りの高校生アイドル滝沢光にそっくりのイケメンでもある。
「はい?」間の抜けた返事をする沙羅に新月透は
「君が書いた、いじめ撲滅のレポート良かったよ、本当にいじめられる側からの視点で書かれた優秀な内容だった……それから君に興味が湧いてね、この放課後少し時間をくれないか?」
「え? いいですけど……」
と新月透の後ろをついていく沙羅……そんな出来事が起こっている事に、晃は教室前方で雷太達とゲーム談義に講じていたため気付く事は無かったのである。
「さーて今日は何をやってみんなと遊ぼうかな!」 胸をワクワクさせながらハンティングワールドオンラインにログインした晃であった。
自分の個室で目覚めた晃は、朝の空気を吸い込みながら深呼吸をする。ベッドの下からコタローが尻尾を振りながら、飛びついてきた「キューン! キューン」と興奮の鳴き声をあげながら晃の顔を舐め始めた。
「コタロー! 僕らが学校に行ってた間は、何してたの?」「ワン! ワン! ワン!」答えてくれるコタロー……まあ犬語はわからんが楽しかった様でなにより。
ダイニングルームに行くと20名が座れそうな長いテーブルや端の方にはソファが置かれたていた。それでもコタローが走り回るには充分な広さである。
ソファでくつろいでいるルーク、アリシア、エリザベス、葵、桜におはようの挨拶を交わす。
「この家具類は昨日、俺とアリシアとエリザベスで王都から買ってきたぜ!」
「ありがとうルーク!」
「まあ商人に適当なやつを見繕ってもらっただけだがな」
「あれ、沙羅さんは?」
「まだログインしてないようですわ! そういえばSNSメールにメッセージ入ってますわね!
あらあら生徒会長の新月透さんと一緒にファミレスに居るようですわね!」
それを聞いた晃の顔が曇り「えっ? 新月透だと!」と思わず声に出してしまう。なにせ沙羅のお気に入りタレントのタックンそっくりだけに……。
「おほほほ! 晃君、表情に出てましてよ! 大丈夫ですわ、多分生徒会役員への勧誘だと思うから速攻で断るつもりよ、って書いてますわ!」
「晃お師匠心配しすぎでござるよ! ははは!」
「はははは! 晃も心配症じゃのー!」アリシアまで加わって来た。
「べ、別に沙羅さんが誰と一緒にいても僕には関係ないからね!」強がる晃。そんな晃を微笑ましく見守ってくれる仲間たち。
その時葵のスマホがバイブする……といっても葵のはコンタクト端末だから、葵の目の前に架空の3Dスクリーンが展開する。
「沙羅ちゃんからSNSメッセージの続きが来ましたわ! あらあら……!」
「葵さん? その反応は……何です?」
「葵姉見せるでござるよ!」
葵の投影スクリーン端末を覗き込む桜……。
「これは……沙羅姉、今日は来れないかも……」
この二人のリアクションに不安が募る晃「僕にも見せてよー!」
「晃君、見ない方がよろしいかと思いますわ!」
「晃お師匠、精神衛生上よろしくないでござる」
「何! そのセリフは気になる、気になる……教えてください」
「後悔しますわよ!」
「いいから、教えてください!」
「沙羅ちゃん……新月透さんに告白されたみたいですわ……私達も桜が交通事故に遭うまではあなた達と同じ高校に通っていたから……沙羅ちゃんは新月さんが去年、生徒会の副会長に立候補した時から、素敵な人よねって言ってましたわ」
表情を変えずに固まる晃!
すっかり石化してしまった晃の膝にコタローが飛び乗って来て遊ぼうよっと催促するが、反応がない……まるでしかばねのようだ……。
ルークが「晃! 俺なんかたくさんのエルフ女性から言い寄られてはふって来たもんさ! そんなことは些細でよくあることさ!」何かフォローしているつもりだろうが単なるモテ自慢にしか聞こえない。
「あらあら、ある生命保険会社のアンケートによりますと、初恋相手と結ばれる確率は1パーセントしかありませんとのことですわよ! だから人生では良くあることですのよ!」もはや何のフォローにもなっていない。
こうして石化した晃の新居である湖畔の屋敷は、昼を迎えようとしていた。
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