ありがとう
枡田 欠片(ますだ かけら)
第1話
4月からここ2ヶ月ぐらい、ずっと体調が悪い。30代も後半にさしかかってから、いわゆる年齢のせいなのか身体は重いしダルさはとれない、肩凝り、偏頭痛と体調不良のオンパレードだ。挙げ句の果てには物忘れが多くなるわ注意力散漫になるわで否が応でも自分の年齢ってやつを実感する。
「花田さん。大丈夫ですか?」
心配して声をかけてくれたのは、同じ職場の丸岡さん。彼女は一回り以上も年齢が違う後輩だが、しっかりしていて実に良い娘だ。ただ心配なのは、自分の事より他人の事を優先する性格で、今なんかも僕にかけた声が少しかすれている始末。
「俺は大丈夫、丸岡さんこそ声。風邪?」
昨日からチョット。丸岡さんは簡単に答えてその場去ったが、次に顔を合わせた時にはマスクをしていた。
心配したつもりが、逆に気を使わせてしまう。丸岡さんはそういう人だ。
案の定、僕の体調不良など比べものならない位、丸岡さんの体調は深刻に悪くなった。
休めば良いものを、無理して出社するから余計に悪くなる。
見た目にも大分やつれた。
「丸岡さん。大丈夫か?無理して会社来なくてもいいんだよ?」
「花田さん」
彼女は、僕の顔を見るなり少し考え込んでから話し出した。
「花田さん、違うんです。私病気じゃないんです」
すがるようにそう答える彼女を見て、悪い予感が胸をよぎる。彼女が僕を選んで相談する事なんて、簡単に想像できる。
「実は、最近わたし見えちゃうんです。出るんです」
やっぱりそうだ、彼女は恐らく“憑かれて”いる。
僕はいわゆる“見える人”だ、子供の頃から色々な目にあっている。あまり気にせず周りに話すから、会社でも有名になってしまった。丸岡さんもすがる思いで相談して来たのだろう。
一応話は聞くことにした。丸岡さんは、ホントにそこかしこで“影”が見えるらしい。夜中も天井や壁に影が浮かび、観察でもするように丸岡さんを見ているらしい。
金縛りや声は無いようだから、単に“憑いて”いるだけで危害は無いみたいだけど、視線が気になって夜も休めないらしい。
しかし、僕が話を聞くのはここまで。実は僕も見定めたりだとか払ったりとかは出来ない。
そう言う事に詳しい友人に聴いて見る事にした。
「それぐらいなら、家のバスルームで、塩と冷たいシャワーで流せば、いくらか楽になりますよ」
綾野くんは、素っ気なくそう答えた。彼はこう言う事に詳しい高校生だ。友人の紹介で知り合った。とは言っても彼が僕に会いたいと言って来たのだけど。
「ちゃんとしたお払いとかはしなくていいのかなぁ?」
「別に、そう言うのじゃ無いと思うけど。それより花田さん。花田さんは大丈夫ですか?」
「ボク?うん、特段何も無いけど」
体調不良は関係無いので省略した。僕の方は今のところ、いわゆる“霊害”はない。
「そうですか。」
綾野くんは腑に落ちないような答え方をしたあと「俺は、花田さんの方が心配です」と言い電話を切った。
翌日、丸岡さんに“塩とシャワー”の話を伝えたかったが、結局彼女は仕事を休んだ。個人の連絡先を知るまでの仲でも無かったので、伝える事もできなかった。
丸岡さんは数日休んだ。状況がわからないので、とにかく心配だ。顔を見ない日が重なる度に、僕の具合も悪くなるようだった。
彼女と親しい女の子に、彼女の状況を聴いたら深刻そうな顔をして“お払い”をした事を教えてくれた。
ただ、その後も出社しないところを見ると、あまり思わしく無いのかもしれない。
今度は、僕が体調を崩した。あまりにもキツイので病院へ行くと、驚いたことにどこも悪く無いと言われた。
あまりにもきっぱり言われたので、違う病院へ行ったが、結局同じことを言われた。
いくら医者に言われても、自分の体調が悪い事くらい自分でわかる。僕はネットで自分の症状を検索して調べてみた。
そして、僕は一つの症状と自分の状況が一致する事を知った。
“なるほど。そう言う事だったんだ”
僕は、全てのつじつまが合うその症状を目にして、綾野くんに電話をした。
「生霊?」
「そう。回収する方法ってあるのかな?」
「もちろんありますけど。花田さん自覚はあるんですか?」
そう聞かれると返事に困る。でも恐らく間違いないだろう。僕の体調異変と、僕が彼女を意識しだしたのも時期としては一致している。あまり認めたくは無かったけど、とうの昔に気づいていた。
「綾野くん言ってただろ?僕は霊害に会いやすいって。これも似たようなもんじゃないのか?」
「確かに、花田さんは“飛ばし”やすいとは思います。でも自分で気づく人ってあんまりいないと思いますよ」
だから心配だと言ったんだ、と綾野くんはブツブツ言っていたが、取り敢えず生霊の回収の仕方を教えてくれた。
ひと通りの儀式を教えてくれた後、綾野くんは気まずそうに付け加えた。
「花田さん。生霊っていうのは“想い”だって事はわかってますよね?こんな方法じゃなくても“想い”が遂げられたら生霊は回収されますよ?」
まだ僕の半分しか生きていない綾野くんに、こんな事を言われるのは少し気恥ずかしい。
「ありがとう。それはいいや」
そう言って電話を切った。
早速、僕は僕の生霊を回収に行く。
まずは、彼女に対する想いを感謝に変える。彼女の好きなところ全てに感謝をする。
そして、その後“ありがとう”と口に出して一定回数呟く。
「ありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとう」
呟いていると、身体が軽くなっていくのを感じた。
「ありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとう」
一定回数呟き終わると、最後にお願いをする。
「お願いします。私の生霊戻って来てください」
嘘のように体調が良くなった。頭痛が取れて気分がスッキリしている。
“ああ、良かった”
安心したのか、何なのか。いつの間にか泣いていたみたいだ。
しばらくして、丸岡さんが出社して来た。顔色も大分良くなっている。「もうでない?」としらじらしく聞いてみたけど「はい」と嬉しそうに返事をされて、少し気まずくなった。
「花田さん」
「何?」
「いろいろと、ありがとうございました」
ただのお礼だとわかっていたけど、戸惑ってしまった。
別に彼女は“飛ばし”ていた訳じゃない。
ありがとうは、こっちのセリフだ。
ありがとう 枡田 欠片(ますだ かけら) @kakela
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます