episodeー3

「えーっと、まぁ、即席の案だがスタンプラリーとか宝探し、そう言う系で子供を楽しませる。必ず保護者も付いて回るから、全て廻った終着点で景品を用意してやる」

「なるほど? その経費は何処から?」

「ここにいるのは市内の商売人。孫に小遣いやると思えばポケットマネーのワンコイン位は出ますよね?」

「ワンコインって五百円ですか?」


 知らない若者がすかさず突っ込む。


「ここにいる全員が五百円出せば、この企画は成立しますよ。ここにお集まりの皆様方の店舗では、何かしらサービスチケットやパーオフサービスされているんじゃないですか?」


 珈琲のサービスチケット、二点買ったら10%オフ、次回ご利用時にデザートのサービス等、サービスチケットを配らない商売は昨今、殆どない。

 一哉が目を付けたのはソレだった。


「子供だけが楽しくても連れ回される大人は大変だ。大人にも嬉しい事があれば、子供の為に頑張ってくれる。ここにお集まりの店舗様、全てのサービスチケットを纏めて配布するんです」


 会議室に僅かなどよめきが起こった。

 一人に三十枚もサービスチケットを配る、となればお得な感じはするが奮発し過ぎではないか? と言う疑念があるのだろう。


「沢山貰えたら嬉しいのが人の心理。でもそれは使ってこそ価値がある。使って貰えるのは、ここにいる皆様のお店な訳で、紙切れ配るには持って来いの企画じゃないですか?」

「でもそれじゃあ、子供にメリットがあるとは言えないんじゃ無くて?」

「そうですね。そこでワンコインの出番です」

「合計しても一万五千円程度で、多くの子供に何があげられるって言うんです? 最低でも二百個くらいは用意しなければならないでしょう?」

「この祭りの一番の目玉は花火。花火を見る時に使える物をタダで貰えたら子供も喜ぶんじゃないかと思うんですけど……」


 一哉は徐にスマホを取り出し慣れた手つきで検索し始める。

 その様をただ黙って見ている経営者達は、そんな経費で何が出来るのかと半信半疑な様だった。


「コレどうです?」


 一哉がスマホの画面を向けて見せた。

 多分、画面が小さ過ぎて見えてはいないだろう。


「3Dメガネ。これ、原価五十円くらい? 一万五千円あれば三百個は買えますね」

「あ、でもスタンプラリーの費用までは出なくない? 綿貫わたぬき君」


 単純に疑問だ、とばかりに素直に常陸ひたちはそう聞いた。


「そこは私にお任せ下さい。スタンプラリーで必要なカードや景品のクーポンの原稿は俺が作る。市役所様のカラーコピー機位はタダで使わしてくれんでしょ?」


 一哉いちやが委員長へと視線を投げると、任せろ、と親指を立てられた。


「五百円と言わず、儂は一万出してもええぞ」


 そう言い出したのは和服姿で豊かな白い顎髭を蓄えたご老体で、一哉にはそれが何処のオーナーなのか、分からなかった。


出雲屋いずもやさん、そんな寄付良いんですか?」


 委員長が申し訳なさそうにお伺いを立てるが、一哉にはそれが確信犯の演技の様に見えてならない。


「小遣いが五百円じゃ、今時小学生でも喜ばんわ。呉服屋としても、浴衣を着る風習を失くしとうはない。それに、香坂さん達には毎年世話になっとるからのぅ」

「それは有難いですね! 市の職員も頑張り甲斐があります」

「あ、じゃあ、僕も! 祭に参加するの初めてなので、今年は奮発します!」


 相乗効果がノリに乗って満場一致で企画が決まり、寄付も大幅に増える結果となった。


「ぐっじょぶ、ワタイチ! スタンプラリーの件はお二人に任せるわ、じゃあね、思春期野郎ども」

「えっ? ちょ、香坂っ……!」


 委員長は意味ありげな視線を一哉に残して片手をヒラヒラ振って会議室を出る。

 最後まで会議室に残った一哉に、ホワイトボードを片付ける常陸が呟いた。


「相変わらず君は卒が無いって言うか……完璧主義って言うか……凄いよね……」


 暗に「あの日もそうだったよね」と、言われている様な気になって一哉は返す言葉に詰まる。

 素直に褒められている様に聞こえないのは、きっと自分の中にある罪悪感のせいだ。


「げ、原稿……出来たら連絡する……」

「うん」


 少し悲し気に、無理に口角を上げて、そんな風に笑わせてしまうのはきっと自分のせい。

 じゃあ、とまた無表情に踵を返す常陸に「あぁ」と短く返して姿勢の良い後姿をずっと見送ってしまう。

 自分から逃げた癖に、決して消す事が出来なかった携帯番号。

 祭を理由に、仕事を理由に、ただもう一度あの頃の様に……。

 そんな贅沢な夢を見てしまう。

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