episodeー2
実家に帰って来て一週間が過ぎる頃、
仕事を辞めてから久しぶりにスーツに袖を通した一哉は、クールヴィズと言えど真夏の炎天下にスーツは拷問だとばかりに襟元を外して天井を仰ぐ。
一哉の実家は
市内に数店舗【UNO】と言う名の店を出しており、そのイタリアンレストラン部門を一哉は任される事になっていた。
地元の経営者があつまり、市と合同で夏祭りをバックアップする為の会合であり、市役所からはこれまた会いたくない人物が来ていた。
「あ、ワタイチじゃん」
「出たな、委員長……」
「委員長言うな。いくつになったと思ってんのよ」
「相変わらず口の悪い才女だな」
「ワタイチこそ、ホストなのかセレブなのか分からない中途半端な感じは変わってないわね」
「うるせぇわ」
美しい姫と言うには中身が男前過ぎるが、細い割にバストが豊満でタイトスカートにメガネと言う、一部の男には絶大な人気のありそうな格好をしているこの女は、毎年委員長を務める優等生でありながら、男友達の様に喋りかけて来る変わった女だ。
市役所に勤めているとは聞いていたが、女教師の様な風体が妙に似合っている。
「ワタイチの大好きなセラヒタも、後から来るわよ」
「何の話してんだか……。つか、その略して呼ぶのヤメロ」
「いーじゃない、別に。名前すら呼ばずに委員長とか言うあんたに言われたくないわよ。セラヒタ、大学生に人気だからねぇ。ボランティアで参加してくれる大学サークルの説明会に行って貰ってるの」
「へぇ……学生も参加型なのか」
「話逸らす所も変わってないねぇ……ヘタレめ」
「……」
委員長はふふん、と厭らしい笑いを一哉に向けた。
妙に勘が良くて何故かこの女には昔から一哉が
「もう十年も前の話だろうが……」
「いくつになっても恋は出来るわよ?」
「真顔で言うな。怖いわ」
「あひゃひゃ、本気にしちゃって可愛いの」
「ゲスめ……」
商工会議所の会議室には昔から商店街を盛り立てて来た街の名士や、漁業関連のおっさん、若くして一念発起した青年実業家、一哉の様に親の後を継いで商売を続けている様な者まで老若男女三十名ほどが揃っている。
委員長は市役所側の代表として常陸と一緒にこの一筋縄では行かない経営者の猛者を束ねるらしい。
「すまない、香坂。おそくなっ……た」
数度瞬きをした常陸と目が合う。
何故、ここにいるんだと聞きたそうな顔をしている。
「全然、まだ始まってもないから大丈夫よ。セラヒタ」
「そう。大学生達の方には追って連絡する事になってるよ」
「了解。なら、とっとと始めて今日こそTHE定時で帰るわよ!」
「そうだな」
ほんの僅か、常陸の口角が上がる。
「わ……
「あ、あぁ……親父の代理で……」
会話が続かない。
そんな一哉と常陸を不思議なものを見える様な目で見た委員長はボソリと呟く。
「何なの、あんた達。永遠の思春期なの?」
「ししゅっ……!?」
「委員長、お前マジ黙れ!」
「アラサ―の男が二人並んで雁首揃えて、会話も儘ならないとか……ホント、図体と顔だけの男ってつまんないんだから」
ぐうの音も出ない。
委員長の遠慮のなさは昔から変わらないのだが、この十年でより磨きがかかっている。
「それでは、始めまぁす! 皆様お好きな席に座って頂いて、お手元に配布した資料をご覧下さい」
委員長の号令に従って一哉も空いている席に腰を下し、コの字型に並べられた長テーブルの上に置かれた資料にザッと目を通した。
十年前から何一つ変わっていない。
学生バンドの演奏会、どっかのダンスチームのダンス披露、地元出身の演歌歌手のステージに、売れない芸人の面白くない漫才。
漫才師
漁港恋歌ってどんな歌だよ……。
十年前は出来たばかりの水族館が花火が上がる八時には閉館。
人気の無くなった水族館の裏で常陸と隠れて二人で過ごした。
まだ、昨日の事の様に思い出せる。
「経費面は以上です。近年、祭りの参加者も減って来ているので、皆様から何か……、ご意見のある方ございませんか?」
委員長が明らかに一哉の方を見て笑っていた。
と言うより、作り笑いなのが余計に怖い。
一哉はその視線の理由に
東京でイベント企画の仕事をしていた事が委員長の耳に入っているのだろう。
お前、何か良い案出せよ。と言う視線だ。
「
「……チッ」
聞こえない様に舌打ちして、一哉は咳払いで誤魔化した。
「えー、
そう切り出した一哉は席を立ち、正面に置いてあるホワイトボード目掛けて歩く。
慣れた手付きで駅前広場の略図を書いた一哉は、各ポイントを丸で囲んで見せた。
「例えば、この駅前広場、そこから少し歩いて海沿いにあるこのステージ、終点が水族館とその隣の飲食系商業施設。子供達に全てを回って貰う為の仕掛けをする」
「例えば?」
委員長は長テーブルに片肘ついてつまらなさそうに話を促した。
常陸は真面目にジッとホワイトボードを見ている。
その視線が自分に向けられたものでない事は分かっているが、常陸の視線に気付いて一哉は一瞬、息を飲んだ。
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