回遊魚は覚めない夢を見る。
篁 あれん
episodeー1
回遊魚の様に狭い世界をグルグルと廻る。
泳ぐのを止めてしまっても死なない奴もいるらしいけれど、多分自分は死んでしまう方だ。
追われているのか、追っているのかすらもう定かじゃ無くなった。
今分かるのはただ恋焦がれて、ただそれを目指しているのだと気付くまでに十年かかったと言う事だけ――。
田舎の情報網を嘗めていた。
離婚して地元に帰ると言う事を、たまたま連絡があった同級生に話してしまったが為に、帰るなり早々居酒屋に招集される始末。
離婚したと言う事に負い目はそうないが、
「おい、イチよぅ。飲んでるかぁ?」
「おう。ってか、お前もう酔ってんのかよ?」
「バツイチ組が増えて、俺は嬉しいよぅ……」
狭い街で、都会から来れば完全な田舎だが、田舎から出てくればそうでもない。
そんな中途半端な街だ。
高校卒業と共に大学進学してからは殆ど帰っていなかった。
二十八になった今、着実に年齢を重ねているヤツもいれば、独り身を謳歌しながら若さに執着している者もいる。
それでも、昔から知ってる奴と言うのはあまり変わらないように見える。
「分かったから、絡むな……シゲ」
「あ、そういやお前と仲良かった……
「あ? あぁ……」
「今日は遅れて来るって言ってたけど、まだ来てねぇなぁ……」
居酒屋の宴会場をグルリと見渡したシゲが赤い顔を近づけて来る。
同窓会でもないのに、飲み会すると言えばクラスの全員が集まって来る。
そう言う所が地元らしいと言えばらしいのだが、常陸の姿が無い事には気付いていた。
「そういや、お前の元カノも来てねぇな? ひっく……」
「ニヤニヤ笑ってんじゃねぇよ、オッサンか!」
「あんないい女振って東京なんか行っちまって、バチ当たったんだよ、お前」
「……そうかもしれないな」
エアコンの効いた室内のハズなのに、酔い潰れたアラサー男のせいで室温が徐々に上がっている気がする。
酒には強い方だと自負していた一哉も少し酔っている様に感じて、一旦酔いを冷まそうと部屋を出た。
「あっと、すいません……」
「いえ、こちらこ……そ……」
開いた襖の前にあった細い肢体。
柔かそうな髪。色白でスーツが学生服の様に見える童顔。
久しぶりに見る
昔から表情が乏しい彼が、時々見せるその移ろいが一哉は好きだった。
「ひ、久しぶり……常陸」
「あぁ……うん」
「ちょっと待ってよ、常陸ったら……」
「ごめん、
「茜雫……?」
「あ、一哉、おっかえりぃ! 奥さんに逃げられたんだって? ざまぁみろだわ!」
「ははっ、お前は相変わらず明け透けだな……」
一哉が常陸を意識し始めたのは中学の頃だった。
その感情を認めまいとして高校に入ってすぐ付き合い出したのがこの
物言いはハッキリしているし性に奔放な女だったが、当時の一哉にとってそんな事はさして問題では無かった。
触れられない常陸への欲を満たす為の偽善行為。
建前、逃げ道、均衡を保つためのバランサー。
例え茜雫が浮気性だろうと、自分が瀬良常陸を、男を好きである事を悟られない為の防御線でしかなかったから、別れる時もお互い干渉は無かった。
高級クラブで働いていると聞いていた通り、二十代後半にしては若いし色気もある。
ただ、一点。そんな茜雫が常陸と腕を組んでいるのが解せなかった。
「私達、お付き合いしてるの。一哉、知ってた?」
「……は? え?」
「ねぇ、常陸。これ顔出したら私の部屋来るでしょ?」
「あぁ、そうだね……明日は休みだしね」
「常陸……お前……」
「何?
「いや、何でもない……」
一哉は足早にトイレへと逃げ込む。
綿貫君――。
もう名前すら読んで貰えないのか、なんて女々しい感情が湧いてくる。
三年に上がって同じクラスになった夏休み。
クラスの奴らと行った祭で、人目を忍んで初めてキスをした。
衝動といった方が良い。
そんな事するつもりは更々無かったにも関わらず、暗がりと夏の熱気と打ち上がる花火のせいにして、水族館の裏手にある従業員入口の塀の裏で、ただ触れるだけのキスをした。
そして、一哉と常陸はどちらがどうというわけでもなく、十八歳と冬の寒気と吹雪きのせいにして卒業前に一線を超える。
あの日、確実に受け入れられた実感があったのに、一哉は常陸の将来をダメにするかも知れない不安に
一哉――。
あの時の甘い嬌声。しがみつく常陸の熱を忘れた事は一度もない。
何事にも動じない様なあの綺麗な顔が快楽に歪んで、甘えた様に名前を何度も呼ばれた。
滑らかな肌に指を這わせるだけで震えるほど昂ぶったのは、常陸との情事だけだ。
それでも、逃げて結婚までして体裁繕って、彼を傷つけた報いを今更受けている。
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