ミッション24—11 SKYFALL

 ここはゲーム世界。

 現在はラスボス戦の真っ最中。

 当然、プレイヤーたちはラスボス戦を楽しんでいる。


 完全にゲーム心を失っていたカミは、ファルたちプレイヤーのそんな気持ちが理解できない。

 彼はモニターとスピーカーから伝わるプレイヤーたちを見て、目を見開いた。


「なぜ……なぜだ!? 死と隣り合わせであるのが、なぜ楽しい!? 仲間が死んでいく状況が、絶望的な状況が、なぜ楽しい!? なぜ笑っていられる!? 醜い戦争の何が楽しい!?」


 玉座を立ちフラフラと歩を進め、モニター前に立ったカミ。

 しばらくそうやってモニターを眺めながら、カミはスレイブに向かって叫んだ。


「我が信徒たちに伝えろ! あの愚か者どもに、自分たちの行いがどれほど愚かであるか見せつけるのだ! 死の恐怖を、味わせてやれ!」


「了解しました! カミさん!」


「だからその呼び方やめろ! もう嫌がらせで呼んでるだろ!?」


 必死なカミの言葉に、マイペースなスレイブは無線機を手に取る。

 一体、彼らは何をしようとしているのか。

 ファルたちは黙って事の成り行きを見守った。


 無線機の先にいるのは、氷河の上に群がるNPCと、ラグナロク山の上空を飛ぶヴォルケのようだ。

 ホーネットとデスグローに手を焼くNPCたち、扶桑からの攻撃に耐え忍ぶヴォルケに対し、スレイブは命令を下す。


「ただひたすらに祈る時は終わった。神へ身を捧げる時が来たのだ。さあ、今こそ悪魔を打ち倒すため、何もかもを捨て去ろうではないか。その先に、福音が待っている。全てを捨て去ることで、全てを得ることができるのだ」


 仰々しい言葉がラグナロク山周辺に響き渡った。 

 NPCたちはこれを聞いて、全てのステータスや思考パターンを停止させる。

 彼らは以降、単なるコンピューターとして行動するのだ。


 本格的に邪神となってきたカミ。

 ファルたちは正直な感想を、好き放題に口にする。


「カルト教団みたいだな。こういう宗教団体が敵のゲームだったっけ? イミリアって」


「う~ん、イミリアはなんでもありだから、そういうのもあるんじゃないかな。幽霊もゾンビも巨大白ワニもいたぐらいだからね」


「じゃあ次は宇宙人か?」


「だぞ! その通りだぞ! 宇宙人侵略クエストも用意してあるんだぞ!」


「俺は冗談のつもりで言ったんだけどな……」


「宇宙人の霊力、未知数」


「この英雄ミードンと爆破の女神様ティニーが一緒に戦うのだ! 宇宙人も敵じゃない! にゃ!」


「どうせなら、宇宙船も欲しいです! カッコイイ宇宙船で、ヌメヌメエイリアンをぶちのめしてやります!」


「ラムダさん、朗報だぞ。実は宇宙人侵略クエストがはじまると、宇宙船がアンロックされるんだぞ。宇宙船乗り放題だぞ」


「わーお! サダ大好きです! 最高のゲーム製作者です!」


「宇宙船か……宇宙旅行ってのも楽しそうだな。ヤサカ、一緒に無重力体験でもしてみよう」


「うん! 楽しみにしてるよ!」


「私たち、何か忘れてる」


「何か? ……あ! そういえば私たち、ラスボス戦の途中だったよ!」


「ああ、カミを倒すんだった。悪いなガロウズ、忘れてた」


 ようやく本題に戻ってきたファルたち。

 どう反応して良いのか分からぬ様子のガロウズは、黙って突っ立っていた。

 忘れ去られていたカミは、血がにじみ出るほどに唇を噛んでいた。


 彼らがのんきに話している間に、NPCたちは本気を出したらしい。

 モニターには、大量のNPCに踏み潰されるデスグローの姿が。


《最高だ! こんなに大勢に踏まれるなんて、夢みたいだ! ファルの野郎に撃たれるより快感だ! もういつ死んだって良い! ……あ、そうだ。この快感の中で死のう》


 何かおかしなことを口走りながら、ニヤニヤしたデスグローはメニュー画面を開いた。

 そして数百のNPCたちに蹴られながら、メニュー画面を操作する。


 数秒後、デスグローはメニュー画面のある場所をタッチした。

 彼は自分のチートである『体力・耐久値無限』をオフにしたのである。

 すると彼のHPは、海にロウソクを投げ捨てたかのごとく、一瞬で消え失せた。


 デスグローは死亡エフェクトに包まれ、ログアウトされたのだ。

 これに対するファルの感想は以下の通り。


「ああ、スグローも死んだか」


 以上、ファルの感想である。

 あまりにあっけない感想に、ヤサカは苦笑いを浮かべ、カミは歯ぎしりした。


 氷河の上にいたプレイヤーは、もはやホーネット1人しか残されていない。

 ところがホーネットがNPCにやられる気配がない。


「あの金髪少女、なんなの!? ええ!? HP17しかないんだろ!? おとなしくやられろよ! 色白金髪少女が数万の男たちを一方的に殺戮とか、そんな現実はあり得ん! 我の第2の現実を壊すな!」


 相変わらず唾を飛ばして怒鳴るカミだが、ホーネットは元気なまま。

 NPCたちも、彼女を倒すのが簡単なことではないのぐらい、理解している。

 理解しているからこそ、NPCはとてつもない作戦に打って出た。


「見てください! ヴォルケが防御壁を消しました!」


「ホントだ。あいつら、何をするつもりだ?」


「もしかして……」


 声を震わせたヤサカの頭に浮かぶ未来の光景。

 それが正解だ。


 防御壁を消したヴォルケは、扶桑からの攻撃に晒され、あっという間に炎上する。

 加えてクーノが放ったミサイルにより、機関部が派手に破壊された。

 ところが、ヴォルケの船首はまっすぐと扶桑の艦橋を捉えている。


《大変ですわ! ヴォルケが突っ込んできますの!》


《NPCのヤツらも滅茶苦茶しやがるぜ》


《後のことは、東也ファル君たちに任せるしかないみたいだわね》


《だな。ま、イミリアは十分に楽しんだんだ。そろそろ目覚めろってこったな。ヤサカ、ファル、カミの野郎は頼んだぜ》


 扶桑の艦橋に立つレイヴンたちは、迫り来るヴォルケを前にして余裕の表情。

 直後、ヴォルケの船首が扶桑の艦橋にぶつかり、艦橋ごと扶桑の表面が削られていく。

 炎と煙を巻き上げ、鉄の断末魔とともに、扶桑とヴォルケは氷河へと落ちていった。


「レイヴンさんとコトミさんには、いろいろとお世話になったな……。シャムは何もしてなかったけど」


 いくらファルでも、レイヴンとコトミに対する感謝の心ぐらいは持ち合わせているのだ。

 シャムに対する思いは薄いようだが。


 さて、巨大艦同士の激突は凄まじいものであった。

 撒き散らされた大量の破片は、空を飛ぶクーノの戦闘機をも襲う。

 武装と燃料をなくしていたクーノの機体は、破片に翼をもがれてしまったのだ。


《おっとォ、ベイルアウトも無理みたいだしィ、これはまずいねェ。よォし! 最後に叫ぶぞォ! ヤサちゃん、大好きだよォォ――》


 クーノの乗っていた戦闘機は空中爆発、クーノからの無線は途切れた。

 フクロウのエンブレムが描かれた垂直尾翼は、数多の破片に紛れ地上に降り注ぐ。


「やっぱりあいつは空で死ぬんだな。ま、お似合いだ」


 つい笑みを浮かべてそう言ったファル。

 クーノの死は、予想通りの死に方であった。


 多くのプレイヤーを巻き込み、全長約1000メートルの巨大空中戦艦が2隻、地上へと落ちていく。

 その光景は、空が落ちると言い換えることもできるだろう。

 鉄の空が、氷河に落ちようとしているのである。


 地上――氷河の上では、ホーネットがNPCを殺戮している真っ最中。

 彼女は近くのNPCを剣で切り刻み、それ以外のNPCには銃弾をお見舞いしている。

 HPは減るどころか、時間経過で100まで回復していた。


 跳躍でNPCの攻撃を避け、時にはNPCの頭の上に乗っかり、NPCたちを蹂躙する。

 さらにはNPCを盾に、あるいは武器にして、ただただ経験値稼ぎをする。

 そんなホーネットも、空を見上げて小さく呟いた。


《Oh my god. さすがにあれは無理》


 空が落ちてきてしまえば、さすがのホーネットも何もできない。

 どうすることもできなくなった彼女は、黙ってNPC狩りを続けた。

 NPC狩りをしながら、扶桑とヴォルケの船体に潰された。


「よし、ホーネットも無事に死ねたみたいだな」


「良かった。ログアウトできるかどうか心配だったから、これで一安心だよ」


 フレンド一覧、そのホーネットの項が光を失い、ホーネットがログアウトされたことを示す。

 ファルとヤサカは心の底から安心するのであった。


 60人のプレイヤーと数十万のNPCが戦場とした氷河は、強大な鉄の残骸に覆い尽くされてしまったのだ。

 ラグナロク要塞は大きく揺れ、雪山ではそこかしこで雪崩が発生する。

 世界の終りを告げるかのような轟音とともに、彼らの戦いは終わったのだ。


 だが、ファルたちの戦いはまだ終わっていない。

 プレイヤー救出作戦は、まだ終わっていない。


「さてと、そろそろ現実に戻る時間だぞ、瀬良カミ


 武器を構え、モニターから視線を移したファルたち。

 彼らの瞳に映るのは、焦りと困惑、怒りから全身を震わせたカミである。

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