ミッション24—10 仲間の死を見つめて何を思う

 治療キットを使い最低限のHPを回復させたガロウズ。

 切り落とされた左腕が綺麗に繋ぎ合わさったのを見て、ファルは驚き気持ち悪がった。


 ガロウズは回復したが、ホーネットは回復することなくHP17のまま。

 彼女はこれからNPCに殺されログアウトされなければならないのである。

 このぐらい弱っていないと、きっとNPCがホーネットを倒すことはできないであろう。


 さて、いよいよカミのもとへ向かう時が来た。

 ラグナロク要塞の頂上に繋がるエレベーター前で、ファルたちとホーネットは別れを告げる。


「じゃ、カミ退治、頑張って」


「うん。次は現実世界で会おうね」

 

「ヤサカたちが目覚めるの、待ってるから」


「なあホーネット、お前にはいろいろと助けられた。感謝してる」


「……あんたに感謝されるの、なんか気味が悪いんだけど」


「どうしてお前はそう俺を邪気に扱う!? 俺が何かしたか!?」


「ヤサカをたぶらかした」


「むむむ……」


 こればっかりは言い返せない。

 ファルは押し黙るだけだ。

 対してホーネットは、可笑しそうに笑った。


 可笑しそうに笑ったまま、ホーネットはファルたちに背を向け手を振る。

 すぐにエレベーターの扉は閉じ、ホーネットの姿は見えなくなった。


「あいつ、本当にログアウトできるのか? HP17なのに、随分と余裕そうだったぞ」


「私も心配だよ。聖剣でもないと、ホーネットは倒せないかもしれないからね」


「聖剣ならあるんだぞ。魔物クエストのために、どこかに用意しておいたんだぞ」


「おい、ホーネットは完全に魔物扱いか」


「妖なら、任せて」


「英雄ミードン、魔物を倒すのは宿命なのだ!」


「ティニーよ、ミードンよ、ホーネットさんを倒せるんですか!?」


「……霊力、不足」


「この世界には、英雄でも手出しができない相手がいると学んだのだ……にゃ……」


 なんだかホーネットの評価が妙な方向に行っている。

 そしてその妙な評価が否定できないのも、また事実だ。


 カミとの最終決戦を前に、こんなどうでもいい会話を繰り広げるのんきなファルたち。

 話に参加できず、黙ったままのガロウズが可哀想である。

 のんきな会話に参加するガロウズを想像することもできないのだが。


 エレベーターのパネルに表示された数字は、徐々に大きくなっていく。

 最上階に到着すると、鈴を鳴らしたような合図が響き、エレベーターの扉が開いた。

 開いた扉の先に見えたのは、広大な空間である『カミの間』だ。


 カミの間にやってきたファルたちの左側には、天から地を見下ろすかのような雪山の景色を映し出す、巨大なモニター。

 右側には、イミリアのあらゆる場所を映し出すモニター群。

 そして正面には、厳かな玉座に腰掛け神様気分のカミと、カミに付き従うスレイブ。


「人の子らよ、ついに我の目の前にまでやってきたか。どこまでも愚かな者たちだ」


「愚か者はお前だ、瀬良カミ。現実に帰るぞ」


「あなたの神様ごっこは、私たちが終わりにする」


「ほお、なんと愚かなことだ。汝らに、この我が倒せると? この我を前にして、汝らが無事でいられるとでも思ったのか?」


 広大かつ殺風景な空間に声を響かせ、カミは余裕そうに笑う。

 ただし、余裕だったのは早くもここまで。


「ところで……ところでだ。ガロウズ、ガロウズよ! なぜ汝までもが我に逆らうのだ!? 汝はNPCだろう! ええ!? NPCが創造主に逆らうとか、あり得ないだろ! ああ!?」


「お、早速キャラが行方不明」


「黙れ! ――っと、付け髭が邪魔だ! 汝ら、今度という今度ばかりは許さぬぞ!」


 ついに付け髭を床に投げつけたカミは、血走った眼球をファルたちに向けた。

 そしてニヤリと頬を歪ませ、スレイブに命令を下す。


「さあスレイブよ、見せてやるのだ! あの愚か者たちの心を、握りつぶしてやろう!」


「了解です! カミさん!」


「…………」


 カミさんと呼ばれ玉座にがっくりと沈み込むカミ。

 スレイブは気にすることなく、カミの命令通りにリモコンのボタンを押した。

 すると、雪山の景色を映し出していたモニターの映像が切り替わる。


 新たにモニターに映し出されたのは、数十万のNPCと戦うサルベーションとレジスタンスの面々だ。

 NPCたちに囲まれ、風前の灯の仲間たちだ。


「その目にしかと焼きつけよ! 汝らの愚かさによって、汝らの仲間たちが苦しむ姿を! 汝らの仲間たちが、我が信徒になぶり殺されていく様を!」


 悪魔のような表情で嘲笑しながら、カミはファルたちを見下した。

 カミの言う通り、巨大なモニターの中で、今にもファルたちの仲間たちが殺されようとしている。


 何千何万というNPCを倒したのだろう。

 プレイヤーたちの陣地を守っていた氷の堀は、NPCの死体で埋められてしまっていた。

 おかげNPCたちは、堀を乗り越え陣地になだれ込む。


 障壁を失った陣地は脆い。

 濁流のごとく襲いかかるNPCに対し、プレイヤーたちはどうすることもできない。

 NPCたちの持つ武器によって、プレイヤーたちは蹂躙されていった。


 陣地にいたキョウゴも例外ではない。

 サルベーション部隊の隊長キョウゴは、NPCに袋叩きにされ死亡エフェクトに包まれている。


「どうだ! 汝ら、どのような気分なのだ!? 何もできず、仲間たちが死んでいく様を見ていることしかできぬ弱者の気分は、どうなのだ!?」


 ケラケラと笑いながら、肘掛けを愉快そうに叩き嗤うカミ。

 ファルたちは口を閉ざしたまま。


「そうであろう! そうであろう! 悲しみと悔しさに沈み、何も言えないであろう! 汝らも、時には人間らしい反応をするでは――」


「おいカミ、なんか勘違いしてるだろ」


 モニターをじっと見ながら、ファルはふと口を開いた。

 カミはファルの言ったことの意味が分からず、首をかしげる。


「……勘違いだと?」


「俺たちが黙ってる理由、分かってるのか?」


「簡単だ! 汝らの思いなど手に取るように分かる! 汝らは深く傷つき、怒り、己の無力さに――」


「やっぱり勘違いしてるだろ」


「では、なぜ汝らは口を閉ざす!? 仲間が死にゆく様を見て、なぜ!?」


「別になんとも思ってないから」


「はあ!?」


 予想外の答えに驚き、口をあんぐりさせたカミ。

 間抜けなツラだ。

 ファルは構わず話を続けた。


「俺たちはログアウトするために戦ってるんだ。で、ログアウトする方法は、NPCに殺されることだ。なら、仲間たちがNPCに殺されてるところ見て、苦しむわけないだろ。むしろ嬉しいぐらいだ」


「なっ……!」


「仲間が殺されて嬉しい、なんて平気で口にできるんだから、ファルくんはすごいよ」


「ファルさんよ、期待通りの冷血漢っぷりです!」


「トウヤの背後霊、容赦ない」


 各々で好き勝手なことを言うヤサカたちに、ファルは少しだけ傷ついた。

 正直、仲間の死を見せつけられるより、彼女らの言葉の方が精神的に辛い。

 

 一方でカミは、体を震わせファルを睨みつけている。

 何も理解できない、と言わんばかりだ。

 このままカミは何も言いそうにないので、ファルはついでの質問を投げつけた。


「つうか、前々から疑問だったんだ。なんでお前、俺たちを殺そうとする? 俺たちの目的がイミリアからのログアウトで、そのログアウト方法をお前は知ってたはずだ。知った上で俺たちを殺そうとしたなら、俺たちの手伝いでもしてたのか?」


「……違う! 我は、汝らをこの第2の現実から追い出し、汝らの居場所をなくしてやろうと――」


 そこまで言って、カミの言葉が詰まる。

 数秒後、彼の口から飛び出したのは、彼の本音であった。


「ここは第2の現実だ! ここでの死は現実での死と同じだ! だからこそ我は、愚かなお前たちへの罰として、死を与えようとしたのだ! それを……それを喜ぶなど、汝らは人間などではない!」


「第2の現実? いや、ここはゲーム世界だ。ゲーム世界の死と現実世界の死を一緒にするな」


「黙れ黙れ黙れ! 見よ! お前たちの仲間が死ぬ瞬間を!」


 言うに事欠いて、モニターを指差し叫ぶことしかできないカミ。

 ところがだ。

 モニターに映し出された景色は、カミが望むようなものではなかった。


《NPC弱すぎ》


 不満そうに口を尖がらせ、数万のNPCを相手に、HPたったの17で戦う少女。


《良いねェ良いねェ。やっぱりィ、大規模戦闘はこうでないとねェ》


 自分の体の一部のように、フクロウのエンブレムを付けた戦闘機を動かす、間延びした口調の少女。


《もっとだ! もっと俺様を痛めつけろ!》


 無敵状態の体に走る激痛を楽しむ変態少年。


恭吾キョウゴさんもログアウトしたみたいね》


《だな。ヘッヘ、NPCのヤツら、俺たちもきちんとログアウトさせてもらうぜ》


《かかってこい! ですわ!》


 優しい女神と飄々としたおっさん、それに元気いっぱいのエセお嬢様。

 

 ファルの仲間たちは、己の技と愛機、チート、扶桑の力を借り、戦い続けているのだ。

 苦しむどころか、最後のクエストを心の底から楽しんでいるのだ。

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