ミッション24—9 どっちが賢い選択?

 ラムダによる、消防車を使った突然の放水。

 あまりに想定外の事態にガロウズは対応できなかった。

 彼は強烈な水の勢いに吹き飛ばされ、橋から落ちていく。


 橋から落ちたガロウズは、暗闇に落ちることはなく、10メートルほど下にある橋に叩きつけられた。

 だが、ファルたちの攻撃はまだ終わっていない。


「悪霊、退散」


 橋から体を乗り出し、ティニーがSMARLスマールを撃ち放つ。

 放たれたロケット弾はガロウズのいる橋に直行、破裂した。

 

 爆炎に包まれ、橋は崩れ去り、ガロウズの姿は見えなくなる。

 ロケット弾の直撃だ。

 さすがのガロウズも耐えられないだろう。


 そう、ファルたちは思っていた。

 だがガロウズは、ファルたちの想像以上の力の持ち主であったらしい。


「Oh shit ! 油断しないで――」


 暗闇を見つめながら、何かに気がついたホーネット。

 しかし彼女の警告が言い終わる前に、彼女を吊るすワイヤーが切られた。

 ワイヤーを切ったのは、ガロウズの剣である。


「ホーネット!」


 友人の危機に叫ぶヤサカ。

 ところが彼女にできることは何もなかった。


 ホーネットは吹き抜けに落ちていき、暗闇に呑まれてしまう。

 代わってファルたちの前に現れたのは、スキル『衝撃無効』でロケット弾をやり過ごし、崩れ行く橋から飛び上がったガロウズだ。


 HPを大きく減らしながら、それでも見た目に変化はないガロウズ。

 彼は橋の上に横たわる剣を拾い上げ、ファルたちを睨みつける。

 レオパルトと同じ目が、レオパルトではない目つきで、ファルたちを睨みつけたのである。


「マジか……さっきので勝ったと思ったんだが……」


「その感じだと、次の作戦はない、かな?」


「悪いがヤサカの言う通りだ」


「除霊、効かなかった」


「ホーネットさんの仇です! これでもくらえです!」


 半ば絶望したファルたちとは対照的に、ラムダは攻撃を続行した。

 彼女の持つホースから吹き出した水は再び、ガロウズに襲いかかる。


 同じ攻撃をくらうほど、ガロウズも弱くはない。

 ラムダの放水は、ガロウズに難なく避けられてしまった。

 それでも、ファルたちは戦わなければならないのだ。


「なあヤサカ、ホーネットは死んだと思うか?」


「フレンド一覧を見る余裕がないから、分からないよ……」


「お前の直感は?」


「……ホーネットは、いつも私たちを驚かせてくれた」


「よし、お前がそう思うなら、ガロウズと戦うぞ」


「え? もしかしてファルくん……分かったよ。戦おう」


 覚悟は決めた。

 あまりに小さな希望を胸に、ファルとヤサカはガロウズに銃口を向ける。


「ティニー、ラムダ、やるぞ!」


「私の背後霊、負けない」


「最初からそのつもりです! やってやりましょう!」


 凛々しい無表情のティニーと、やる気満々満面の笑みのラムダ。

 どうしてだろうか。

 そんな彼女らを見ていると、ファルはガロウズに勝てそうな気がしてくる。


「だぞ! みんななら勝てるんだぞ! 頑張るんだぞ!」


「この戦い、英雄ミードンが見届ける! にゃ!」


 後方の廊下から聞こえてきた、サダイジンとミードンの応援。

 2人はファルたちを信じているのだ。


 冷静に考えれば、誰が見ても勝ち目のない戦い。

 その勝ち目のない戦いに、ファルたちは真正面から挑もうとしてる。

 これにガロウズが容赦することはなかった。


 ファルが瞬きをした時。

 次の瞬間にはガロウズの剣先がファルの眉間を捉える。

 あと数センチで、ファルの頭をガロウズの剣が貫通していたことだろう。


 たった1人で戦うガロウズと違い、ファルにはヤサカたちがいた。

 ヤサカはファルの前に立ちライフルを盾に剣を防ぐと、すぐさまライフルを捨てマグナム銃に持ち替える。

 そしてヤサカは、引き金を引いた。


 数発の44口径マグナム弾がガロウズの脇腹に突き刺さる。 

 ガロウズのHPは500ほど削られ、さらに出血デバフによって漸減していった。

 だが彼は、スキル『デバフ無効化』を使用し、平気な顔をして数歩退くだけ。


 いや、数歩退けさせただけでも十分だ。


「ティニー! ラムダ! やれ!」


「今度こそ、除霊爆破


「放水も良いですけど、やっぱり火薬ですね!」


 ファルの叫びに応じたティニーとラムダ。

 ティニーはSMARLを構え、ラムダはいつの間に用意した対空砲の銃座に座る。

 同時に、ロケット弾と3インチ砲から放たれた砲弾がガロウズに殺到した。


 ただ相手を倒すためだけに突き進む、2人の少女からのプレゼント。

 こんなプレゼントを貰えば、誰しも喜ぶ暇もなく吹き飛んでしまうだろう。

 ガロウズ以外は。


 ロケット弾が、数発の砲弾が、宙で炸裂しファルたちに熱波を浴びせた。

 思わず地面に倒れたファル。

 何が起きたのかと、すぐに振り返る。


 ガロウズの周りには、薄く青い防御壁が張られていた。

 ヤサカと同じスキル『シールド』だ。


「シールドを使わせるとは、見事」


 そう言ったガロウズは、アビリティ『俊敏』を利用し踏み込む。

 狙いはヤサカ。


 攻撃が効かぬことに唖然としたヤサカは隙を突かれた。

 彼女はガロウズに殴られ、宙を舞い、壁に叩きつけられ、地面に倒れてしまう。


 チート持ちでないヤサカは後回しということか。

 ガロウズはショットガンでラムダの対空砲を破壊すると、ティニーに狙いをつけた。

 SMARLを撃とうとするも間に合わず、ティニーはガロウズに首を掴まれ持ち上げられてしまう。


「クソ……ティニー!」


 ティニーは首を絞められ、地面から足を離され、えずいている。

 ファルはそんな彼女を救うため、コピーNPCを出現させた。

 出現させようとした。


 ところがメニュー画面を開いた時点で、ガロウズの手はファルの首を掴んでいた。

 背後には地面に手をつくティニーの姿が。

 どうやらティニーは危機を脱したが、今度はファルが危機に陥ったらしい。


「楽しそうだな……レオパルト……!」


「レオパルト……?」


 その名を聞いて、一瞬だけ動きを止めたガロウズ。

 チャンスである。

 ファルはクイックモードでナイフを手に持ち、それをガロウズの腹にねじ込ませた。


 ガロウズはほんのわずかに表情を歪め、しかしファルの首を掴む手を強く握る。

 意識が今にも飛びそうなファルの視界には、銃を構え何かを叫ぶヤサカと、SMARLを構えたティニーの姿が。


――さすがに、もう耐えられない。


 目を瞑りゲーム内での死を受け入れようとした、その瞬間であった。

 まぶたの向こう側に閃光が走る。

 直後、ガロウズの手がファルの首から離され、ファルは床に落とされた。


 ファルとともに、ガロウズの左腕も床に落ちた。

 咳と呼吸で唾を吐き出しながら、ファルが見上げた先。

 そこでは、HPわずか17のホーネットが、剣でガロウズの胸を貫いていた。


「貴様……!」


「あたしがそう簡単に死ぬと思ったら、大間違いだから」


 冷たく言い放ち、剣を抜くホーネット。

 ガロウズは床に膝をつき、そして仰向けに倒れ、吹き抜けの頂点をじっと見つめた。


「ファルくん! 無事で良かったよ」


「お前こそ、無事で何よりだ」


 ファルに抱きつき、笑顔でファルの顔をのぞき込むヤサカ。

 そんな彼女の頭を撫で、喉の痛みを忘れ去るファル。


 一方でティニーはSMARLを、ホーネットは剣をガロウズに向けていた。

 驚いたことに、未だガロウズは生きているのだ。

 生きていてもらわなければいけないのだ。


「救急キットの用意だぞ! ガロウズを治療だぞ!」


「ミードンも手伝う!」


「なんだかやる気が出ませんけど、やるっきゃないです!」


 倒れたガロウズに駆け寄り、急いで治療を開始するサダイジンたち。

 ろくに動けぬガロウズは、ファルに尋ねた。


「なんの……つもりだ……?」


 単純な質問。

 ファルはゆっくりと立ち上がり、ガロウズを見下ろしながら答えた。


「思い知ったろ。俺たちよりもカミを先に始末した方が、賢い選択だって」


「…………」


「治療が終わったら、カミを始末しに行く。手伝ってもらうぞ、レオパルト」


 再び手を差し伸べたファル。

 治療により徐々にHPを回復させていくガロウズは、ファルの手を取ることはなかった。

 だが、彼らに襲い掛かることもなかった。


「チート持ちの手を借りるつもりはない。カミと戦うというのなら、勝手にしろ。邪魔だけはするな」


 無感情で、ぶっきらぼうなガロウズの答え。

 彼のAIは賢い選択・・・・をしたのだ。

 彼の中にあるレオパルトの意識の一部は、ファルたちの言葉を聞き入れたのだ。


 イミリアの番人が、ついにカミに牙を剥く。

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