ミッション22—4 過疎化

 クエストが終わり、直後にクエストでの護衛対象も吹き飛んだ。

 こうなると、プレイヤーたちが戦う理由は経験値稼ぎぐらいしか残らない。


 経験値稼ぎを嫌がるプレイヤーは少なく、彼らは戦い続けた。

 だがその戦い方は、だいぶ雑になる。


 そんな状態の彼らにとどめを刺そうと、NPCたちは本気を出したらしい。

 渋丘に近づくNPCの中に、アレスターの部隊が含まれていたのだ。

 これで勝負は決した。


「武装した敵が出てきたぞ! 気をつけ――」


「1人やられた! 右だ!」


「右って……誰から見た右だ!?」


「敵の位置は方角で――うわ!」


「またやられたぞ! 右側に気をつけろ!」


「だから――」


 意思疎通がうまくいかぬうちに、プレイヤーたちは次々とアレスターに撃たれていく。

 クエスト終了時に120人いたプレイヤーは、あっという間に100人を切った。

 

「ボクがみんなを守る!」


 複数の死亡エフェクトが輝く中、あああいが一歩前に出る。

 彼はオーバーヒートを恐れずガトリングを乱射。

 さすがのアレスターも進軍を止めた。


 今がチャンスだ。

 ヤサカはファルに言う。


「ファルくん、サダイジンちゃん、撤退しよう。ティニーとラムにも伝えておいてね」


「分かった」


 ファルはすぐに無線機を手に取り、ティニーとラムダに連絡した。


「ティニー、ラムダ、撤退だ。渋丘区役所とYHKの間で合流するぞ」


《すぐ行く》


《了解です! 戦車で突っ切れば一瞬です!》


「目立たないように行動しろ! 敵をわんさか連れてきたら、置いてくからな!」


 NPCは全て敵。

 渋丘から逃げ切るには、全てのNPCからプレイヤーだと気づかれぬようにする必要があるのだ。

 それがティニーとラムダにできるのか、大いに疑問である。


 なんにせよ、あああいも長くはもたない。

 アレスターがファルたちのもとまでやってくるのは時間の問題だ。


「行くぞ!」


「うん! サダイジンちゃん、手を離さないでね!」


「絶対に離さないんだぞ!」


 ヤサカの手を強く握るサダイジン。

 ファルは『潜伏』と『逃げ上手』を使い、準備は完了だ。

 3人はビルから飛び出し、北へ向かって走り出した。


 死屍累々、死亡エフェクトのイルミネーションに飾られたスクランブル交差点。

 混乱の中をファルたちは突破する。

 ちょうどその頃であった。


「弾切れか……でもボクは諦めない!」


 ガトリングを捨て、あああいは筋骨隆々とした体を盾にアレスター部隊に突撃。

 数発の銃弾をその身に受けようと、あああいはアドレナリンを痛め止めにし、数人のアレスターを殴りつけた。


 とはいえ、マッチョにも限界はある。

 あああいのHPは一瞬にして削られ、死は目の前。

 それはあああいも理解していたようで、彼はああああのいる車に向かって叫んだ。


「ああああさん! 現実世界で目覚めたら、まず最初にあなたを探しに行きます!」


 これが、あああいのイミリアでの最後の言葉となった。

 彼はアレスターの銃弾に体を貫かれ、ついに死亡エフェクトに包まれたのである。


 あああいを撃破したことで勢いづくアレスター。

 アレスターはプレイヤーたちに向かってロケット弾を撃ち込み、ああああがゲームに勤しむ車を爆破した。

 続けざまに、ああああとあああいはイミリアから去って行ったのである。


「あああいさん、現実世界でもああああさんと会えると良いね」


「きっと会えるさ。先を急ごう!」


 もうアレスター部隊を止められる者はいない。

 スクランブル交差点に残る約70人のプレイヤーは、ログアウト確定だ。

 ファルたちは合流地点に急ぐだけである。


 戦場を後にし、銃声は遠ざかる。 

 周りには逃げ惑う一般人NPCが溢れていた。

 そんなNPCたちに紛れ、ファルたちは北へ向かう。


 途中、ふと渋丘に続く街道へ目を向けたファル。

 するとそこには、複数のアレスターを従えスクランブル交差点に向かうガロウズの姿が。


「レオパルト……」


 ファルは思わず足を止め、考えた。

 もしガロウズの中にあるレオパルトの意識の一部に語りかけることができれば、レオパルトを救えるのではないかと。

 そう思うと、ファルは居ても立ってもいられない。


 ほとんど衝動的に、ガロウズに向かって歩き出すファル。

 ところが、ヤサカはそんな彼の腕を握り、ファルを止める。


「ファルくん、今はその時じゃないよ」


「ヤサカ……俺はレオパルトを救いたいんだ」


 しかしヤサカは、凛とした瞳をファルに向け、首を横に振った。

 続けて口を開いたのはサダイジンである。


「お姉さんの言う通りだぞ。今ガロウズに話しかけたって、お兄さんのお友達は救えないんだぞ」


「いや、ガロウズの中にはレオパルトの意識の一部がある。そいつを呼び起こせば……」


「それがダメなんだぞ」


「……え?」


 首をかしげるファルに、サダイジンは大人びた表情で説明をはじめた。


「お兄さんのお友達の意識を呼び起こせば、お兄さんのお友達がガロウズを乗っ取る可能性があるんだぞ。そうなれば、2人目のディーラーが生まれちゃうんだぞ」


「レオパルトの意識が完全にガロウズに乗り移って……現実のレオパルトが……死ぬってことか……?」


 迷いなく首を縦に振ったサダイジン。


「どうして人の意識がNPCに乗り移るのか、その原理はまだ分かってないんだぞ。このイミリアには、ゲーム開発者も把握できてないことが多すぎるんだぞ。だからこそ、下手なことはできないんだぞ」


 喧騒の中でも、サダイジンの重い言葉はファルにしっかりと刻まれた。

 ファルは再びガロウズに視線をやり、歯を食いしばる。


「必ずレオパルトくんは救えるよ。だから、そのためにも、一緒に帰ろう」


 ファルの腕を握るヤサカの手に、力が入った。

 ヤサカはじっとファルを見つめている。

 

「……分かった。帰ろう」


 レオパルトは救いたい。

 だが、ヤサカとの約束も果たさなければならない。

 ファルは家に帰ることを優先させた。


 ガロウズとはすれ違い、合流地点へと向かうファルたち。

 上空を攻撃ヘリが通り過ぎ、そのさらに上を攻撃機が飛び抜ける。

 渋丘から聞こえる断続的な爆発音が、プレイヤー救出作戦の順調さを物語っていた。


 数分後、ファルたちは渋丘区役所と放送局YHKに挟まれた道に到着する。

 そこにはジープを用意し退屈そうにするラムダと、区役所前の公園のベンチに座り、足をぶらぶらとさせるティニーの姿があった。

 

「だぞ! ティニーさん、待ったかだぞ?」


「待ってない。着いたばかり」 


「わたしは待ちくたびれました! 早く早く! 早くお家に帰りましょうよ!」


 呑気な2人だ。

 ファルとヤサカは苦笑いしながら、サダイジンと一緒にジープの後部座席に座る。

 続いてティニーが助手席に座り、ラムダはジープのエンジンをかけた。


「出発です! 飛ばしますよ!」


「法定速度内で飛ばしてくれ」


 ファルたち5人を乗せたジープは、悠々と江京の街を走る。

 こちらがプレイヤーであると気づかれていなければ、平和なものだ。


東也ファル君たち、聞こえるかしら?》


「コトミさん、どうしました?」


 無線機から聞こえてくるコトミの声。

 彼女の声色は明るい。


《やったわね。クエスト参加者、全員がログアウトに成功したそうよ。これでイミリアに残ってるのは、私たちサルベーションとレジスタンスの65人だけね》


 クエスト達成。

 救出作戦成功。

 最高の結果である。


 だが、ヤサカは複雑な心境であった。


「なんだか、ちょっと寂しいね。イミリアにはもう、65人のプレイヤーしかいないなんて」


「完全に過疎化したな」


「運営がクソな結果だぞ。仕方ないんだぞ」


「開発者のお前がそれを言うのか?」


「でも、イミリア、まだ遊べる」


「そうです! プレイヤーがいなくても、好き勝手できることに変わりはありません! まだまだイミリアを楽しむことはできますよ!」


「ティニーさんとラムさんの言う通りだぞ」


 寂しさなど微塵も感じさせぬティニー、ラムダ、サダイジンの言葉。

 これにヤサカは微笑んでいた。

 そして、そんなヤサカを見て、ファルも頬を緩めるのであった。

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