ミッション22—3 愛は力なり

 丸腰の一般人NPC相手ならば、260人もの武装したプレイヤーたちが負けるはずがない。

 だが、攻撃機と攻撃ヘリを出してきた八洲軍相手では、そうはいかない。

 もはや一方的な戦いは終わった。


 それでもヨツバとヒヨコは歌うことをやめない。

 そして彼女らの歌声に鼓舞されたプレイヤーたちが、諦めることもない。


「次の曲、行きますよッ!」


「次の曲は~『Dance with Dreamer』です~!」


 ヨツバの掛け声と同時に、スピーカーから流れるパーカッション。

 続いてギターの奏がプレイヤーたちのテンションを盛り上げる。

 どこまでも明るく突き抜けた曲だ。


 前奏が終わりヨツバとヒヨコの歌声が響くと、プレイヤーたちも踊るように攻撃を再開。

 八洲軍の到着など気にすることなく、クエストを続行した。


「ああああさん、絶対にここから動かないで!」


「最初から動く気ないから大丈夫です」


 クエストに参加するああああとあああい。

 あああいに無理やり連れてこられたああああは、やる気なさげに車の中でゲームに勤しむ。

 そんなああああを守ろうと、あああいは迫り来る八洲軍にガトリングを撃ち放った。


 毎分3000発の勢いで飛び出す弾丸は、八洲軍の攻撃ヘリの接近を許さない。

 ただでさえ攻撃ヘリは、ビルに遮られ30ミリ機関砲とミサイルでの攻撃を行えないでいるのだ。

 あああいのガトリングは、完全に攻撃ヘリの動きを封じているのである。


「攻撃機が戻ってくるぞ!」


「対空ミサイルみたいなのはないの!?」


「ヨッツーとヒヨは、俺たちが守り抜くぞぉーー!!」


 大空を旋回し、渋丘上空へ舞い戻る攻撃機。

 プレイヤーたちは被害を最小限に抑えるため、スクランブル交差点から散会する。

 秋山らヨッツーファンは、大型トレーラーを守ろうと無意味に体を張った。


 だが、ここには攻撃機にも負けぬプレイヤーが2人紛れ込んでいる。

 ティニーとラムダだ。


「悪霊退治、任せて」


「わたしとティニーで、みんなを守りますよ!」


 轟音を引き連れ近づく攻撃機は、2発の爆弾を翼から投下。

 対してラムダは、自走対空砲を使って35ミリ弾を空にばらまく。

 地上から天に昇る弾丸の糸は、プレイヤーたちを吹き飛ばそうと落ちる2発の爆弾を貫き、それらを破壊した。


 続いて、対空ミサイルを構えたティニーが攻撃機をロックオンし、引き金を引く。

 対空ミサイルは勢いよく打ち上げられ、空を舞う攻撃機を火だるまに変えた。


 一連の出来事をビルから眺めていたファルたち。

 サダイジンは割れた窓から体を乗り出し、心を躍らせている。


「これだぞ! こういうゲームを求めていたんだぞ! みんなの笑顔が嬉しいんだぞ!」


「ラムダが自走対空砲を対空攻撃に使ってるところ、はじめて見た気がする」


「この勢いなら、クエスト達成できそうだね」


「プレイヤー救出作戦は危機的状況だがな」


 時折、ビルの隙間から覗き込んだ攻撃ヘリがプレイヤーを蜂の巣にする。

 NPCがプレイヤーを倒せるのは、その時ぐらいだ。


 八洲空軍の攻撃機は、ティニーとラムダがいる限り渋丘に近づけない。

 一般人NPCは、相変わらず丸腰であるためプレイヤーを倒すことはできない。

 クエストを達成しようと盛り上がったプレイヤーたちは、そう簡単には潰せないのだ。


 少しずつではあるが、プレイヤーは減少し現在140人。

 ところがそれ以上にNPCの減りが早い。

 順調にクエストは進み、プレイヤー救出作戦は滞り気味である。


「みなさ~ん! 次の曲が~、ゲリラライブ最後の曲ですよ~!」


「もう最後の曲だなんて、とっても寂しいですッ! でも、ライブが終わっても、ヒヨたちはみなさんの側にいますッ!」


「ヨッツーー!! ヒヨーー!! 俺たちもずっと2人のファンだよぉーー!!」


「では~、聞いてくださ~い! 『ぷりてぃブレイブズ!』」


 ついにはじまるゲリラライブ10曲目。

 疲れた様子が一切ないヨツバとヒヨコは、心の底からの笑みを浮かべて最後の曲を歌う。

 可愛らしく呑気な、そして前向きな曲と歌詞に、プレイヤーたちの心も踊っていた。


 攻撃ヘリや攻撃機すらもはね退け、ゲリラライブは大盛り上がりだ。

 NPCたちはもはや、ヨツバとヒヨコに近づくこともできない。


 ヨッツーとヒヨコが10曲目を歌い終えると、2人はステージ上から手を振った。

 『ぷりてぃブレイブズ』の演奏をBGMに、別れの挨拶である。


「今日はありがとう~! ゲリラライブの成功は~、みんなのおかげです~!」


「ヒヨ、とっても嬉しいですッ!」


 たった今、『アイドル護衛クエスト』が達成されたのだ。

 無事、ヨツバとヒヨコのゲリラライブは成功したのだ。


 ライブを終え、大型トレーラーの上で頭を下げ、あるいは手を振るヨツバとヒヨコ。

 そんな2人のもとに、1人の男が花束を持ってやってきた。

 メガネに七三の髪型を決めたおっさん、秋川である。


「ヨッツーー!! ヒヨーー!! あ、ああ、あ、握手してください!!」


「あ~! 秋川さんじゃないですか~。フェスの時は~、お世話になりました~」


「秋川さんは、マスターの恩人さんですッ!」


「いやいや、とんでもない! そ、それよりもヨッツー、で、できれば……その……私のことは……プレイヤー名で呼んでほしいのだが……」


「良いですよ~。でも~、秋川さんのプレイヤー名を知らないんです~」


「私のプレイヤー名は、トリノカラアゲだ」


「うん~?」


 突如として子供に人気の食べ物ランキング上位の常連の名が登場したが、どういうことなのか。

 きっと、トリノカラアゲが秋川のプレイヤー名なのだろうが、ヨツバは混乱中。

 彼女らの話を遠くから聞いていたファルとヤサカも、ヨツバと同じ反応を示していた。


「ええと……トリノカラアゲ?」


「秋川さんのプレイヤー名が、そんな名前だったなんて……」


「トリノカラアゲ前総理大臣。いやいやいや」


 どうにも現実を受け入れきれないファルとヤサカ。

 現在、2人は目が点の状態である。


 一方で、サダイジンは特に驚いた様子もなく、うんうんと頷いていた。


「秋川さんが総理大臣になれたのは、NPC支持率が異様に高かったからなんだぞ。でもどうしてNPC支持率が高かったのか、ずっと分からなかったんだぞ。だけど、これで納得できたんだぞ」


「納得する要素あったか? 総理大臣がトリノカラアゲだったことしか分かってないけど」


「それが答えなんだぞ! イミリアのNPC、特に八洲のNPCのAIは、プレイヤー名で人を判断することがあるんだぞ。きっと、トリノカラアゲっていう美味しそうなプレイヤー名が、八洲のNPCたちの満腹度を高めていたんだぞ」


「プレイヤー名だけで、満腹度が高くなることなんてあるのかな?」


「ここは現実世界じゃないんだぞ。そのくらいの不具合はあるんだぞ」


「結局は不具合かよ……」


「もし事件が起きなかったら、イミリアってメンテナンスの連続だったんだろうね……」


 秋川が総理大臣になれた理由を知り、ファルとヤサカは余計に目が点になってしまった。

 カミが第2の現実と言い張るこのイミリアも、サダイジンからすれば不具合だらけのゲーム世界でしかないのだろう。

 今の所は迷惑なことは起きていないので、問題ないのだが。


「こ、この花束、受け取ってください!」


「わ~、綺麗なお花です~。すごく嬉しいです~」


「ありがとうございますッ!」


 なんにせよ、大好きなアイドルと話ができた秋川は満足そうだ。

 首脳会談により相手国から有利な交渉条件を勝ち取った時よりも嬉しそうである。


 ただし、残念なことに楽しい時間は長くは続かない。

 ラムダの自走対空砲の弾丸が尽きた隙をつき、八洲空軍攻撃機が爆弾を投下した。

 爆弾が直撃した場所は、ヨツバたちのいる大型トレーラー。


 大型トレーラーは爆炎に包まれ、大小さまざまな破片を辺りに散らばせる。

 ヨツバとヒヨコ、秋川の姿はない。

 スクランブル交差点に転がる大型トレーラーの燃えたタイヤを眺めながら、ファルは呟いた。


「秋川さん、アイドル2人と一緒に本当に唐揚げにされたぞ……」


「ファルくん、せめてログアウトされたって言おうよ」


 ヨツバ、ヒヨコ、秋川――トリノカラアゲはイミリアから去り、現実で目を覚ましていることだろう。

 この3人のログアウトを境に、プレイヤー救出作戦は軌道に乗りはじめたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る