第23章 彼女が見つけた知らない世界ですし

ミッション23—1 多葉の街

 渋丘でのクエストを終え、護衛艦『あかぎ』に帰る最中のファルたち。

 多葉の港まではジープでの移動だ。


 クエストは昼過ぎには終わり、昼食は江京で済ませている。

 江京島と多葉のある坂東島は海底トンネルでつながり、江京から多葉までの距離は約100キロ。

 ラムダの運転ならば1時間半程度の道のりであり、多葉の荒廃した街にジープが到着した頃の時間はまだ15時であった。


 少しだけ西に傾いた太陽に照らされる、ガラスのない無人の高層ビル。

 銃痕と煤で装飾された住宅街。

 捨てられた街である多葉は、普段通りの様子である。


「あ」


「うん? どうかしたかティニー?」


SMARLスマール、撃ちたい」


「は? ここでロケラン衝動!?」


「霊力、抑えられない」


「ティニー! 今はまずいと思うよ!」


「そうだ! 俺たちがプレイヤーだとバレたら――」


 焦るファルとヤサカだが、ティニーはお構いなしのようだ。

 彼女は窓を開け、狭い車内でSMARLを構えてしまう。


「どうしたんだぞ?」


 トランクで眠っていたサダイジンが、ファルとヤサカの必死の声に目を覚ます。

 まさにその時であった。

 ファルとヤサカの言葉はティニーの衝動を抑えることができず、ティニーはSMARLを発射したのだ。


 SMARL発射と同時、バックブラストの凄まじい衝撃が車内を突き抜ける。

 おかげでファルとヤサカは、ジープの外に吹き飛ばされてしまった。


 ロケット弾により爆破される廃墟を、地面に倒れながら眺めるファルとヤサカ。

 なんとか即死だけは免れたようだ。

 しかしHPはレッドゾーンまで減っている。


「ったく……霊力だけになるところだったぞ……」


 救出作戦完遂直前というところで、危うくティニーに殺されかけたファル。

 彼の怒りは頂点すらも突破し、もはや感情すらも湧かない。

 

「大丈夫? はい、救急キット」


「ありがとうヤサカ」


 救急キットを使って治療をはじめるファルとヤサカの2人。

 そこにラムダから連絡が入った。


《ファルさんよ、ヤーサよ、無事そうですね!》


「無事ではないぞ」


《すぐに迎えに行きます! そこで待っていてください!》


 そんなラムダの言葉に、首を横に振ったのはヤサカだ。


「ううん、ラムたちは先に帰って良いよ」


《おお?! これは意外な返答です! どうしてですか?!》


「SMARL発射でNPCに目をつけられてたら、面倒だからね。先に帰って、っていうよりも、早く逃げて、って言った方が正しいかな」


《なるほどです! ヤーサがそう言うなら、すぐに帰ります! ティニーよ、サダよ、シートベルトを確認してください!》


 俄然テンションが上がったラムダの声。

 そこで彼女との連絡は途切れる。

 直後、遠くから唸り声のようなエンジン音が聞こえてきた。


「あいつら、スピード違反でNPCに目をつけられるんじゃないか?」


「その時は……その時だよ」


「随分とテキトーだな」


「ファルくんのテキトーさを見習おうかな、って思って」


「見習うようなことあるか?」


 苦笑いするファル。

 対して、ヤサカは白い歯をのぞかせ微笑んでいた。


「で、俺たちはどうやって帰るんだ……」


「タクシーやバス、電車はないし、歩くしかないね」


「歩くのか……結構な距離あるよな……」


「たまには多葉の街をお散歩するのも、楽しいと思うよ」


 どうしてだろうか。

 ヤサカの表情は楽しそうだ。

 そんな彼女を見て、ファルもネガティブな気分を切り替えた。


「じゃ、行くか」


「うん」


 ティニーに殺されかけた2人は、港に向かうため、多葉の街を歩く。

 なかなか長い道のりになりそうだ。


 サルベーション部隊の一員としてイミリアに再度ログインしてから半年以上。

 実のところ、ファルが多葉の街をゆっくりと歩くのは、これがはじめてだった。

 だからこそファルは、多葉の街の姿に驚く。


「へ~、意外とNPCたち、普通に生活してるんだな。店とかもやってるし」


「廃墟みたいな街でも、NPCのみんなにとっては故郷だからね」


 細々とではあるが、多葉の中心地には露店が並び、NPCたちが集まっていた。

 廃墟と化した高層ビルの下で、多葉に住むNPCたちは生活を続けていたのである。


 港へ向かうのであれば、露店が立ち並ぶ多葉中心地を歩く必要はない。

 それでもヤサカは言った。


「ファルくん、お店、見てみようよ」


「別に良いけど」

 

「それじゃあ、行こっか」


 ファルの答えに満面の笑みを浮かべたヤサカ。

 彼女はファルの手を引き、露店が並ぶ大通りへ向かう。

 

 大通りに並ぶ露店は、廃墟の寂しさを跳ね飛ばすには十分すぎるほどに多種多様であった。

 カラフルな野菜が並ぶ店、豊富なアイテム類が並ぶ店、ぬいぐるみが並ぶ店。

 本屋や家電屋、さらには骨董品屋など、怪しい店までなんでもありである。


 プレイヤーである、と気づかれなければNPCが敵対してくることもない。

 ファルとヤサカはのんびりと、あらゆる店を見て回った。


「あれ……ゲーム屋だ。ゲーム内にゲーム屋があるぞ」


「ゲーム屋さんの向かいには、家電屋さんもあるよ」


「パソコンもタブレットもテレビもゲームも、全部ここで揃うな」


「お隣さんは、お菓子屋さんだね。ほら、NPCの子供たちが集まってる」


「店主は駄菓子屋のお婆さんNPCってとこか。ホント、イミリアはなんでもありだ」


「イミリアには、まだまだ私たちの知らない世界がいっぱいあるね」


「もっと自由に冒険できれば良かったんだがな」


 これで普通にゲームができたら、イミリアはどんなに楽しいゲームだったのだろうか。

 カミのわがままで終わらせてしまうには、あまりにもったいない。

 ふと、露店街を歩きながらファルはそんなことを思っていた。


 一方でヤサカは、ある露店の前で足を止めている。

 彼女の視線の先には、蝶の飾りがついたネックレスが。


 ファルはヤサカの隣に立つ。

 そして露店の店主に声をかけた。


「このネックレス、買います」


「毎度あり」


 商品が売れたことに喜ぶ店主NPC。

 思いもよらぬファルの言葉に驚くヤサカ。


「ファルくん!? 本当に良いの!? 本当に!?」


「どうしてそんなに驚くんだ……」


「だって、あの金の亡者のファルくんが、プレゼントだなんて……!」


「おい! 俺をなんだと思ってる! 俺だって安ければプレゼントぐらいする!」


「やっぱり金の亡者だったよ……。でも、プレゼントは値段じゃないけどね」


 ヤサカは少しだけ顔を赤くしながら、そう言って微笑む。

 蝶の飾りがついたネックレスを店主NPCから受け取ったファルは、ヤサカの背後に立った。


 背後から手を回し、ヤサカの首にネックレスをかけるファル。

 またしても思いもよらぬファルの行動に、ヤサカは顔を真っ赤にした。

 そんなヤサカの表情を、彼女の背後にいるファルが見ることはできない。

 

 ネックレスをつけ終えると、ヤサカは少しだけその場に固まった。

 だが、すぐに振り返り、ファルに言う。


「……どうかな?」


「おお、似合ってる」


「よかった……ファルくん、ありがとう」


 自分の姿を鏡で確認することもなく、ファルの言葉に喜んだヤサカ。

 ファルはヤサカの嬉しそうな表情を見て、急に顔が熱くなる。

 今さらになって、ファルは自分の行動が照れくさくなってしまったのだ。


 店主NPCがニヤニヤとする前で、次に言うべき言葉が思いつかぬファルとヤサカの2人。

 困ったファルは、苦し紛れに近くの店を指差した。


「なんか、飲み物でも買っていかないか?」


「そうだね」


 足早に店を去るファルと、ネックレスの蝶の飾りを輝かせるヤサカ。

 照れから顔を合わせることもできぬ2人だが、しかし2人は仲良く並んで、次の店に向かうのであった。

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