ミッション21—5 昏睡状態の理由
1人のプレイヤーの意識がNPCに乗り移り、プレイヤーは死亡しNPCとなった。
にわかには信じられぬ話も、ディーラーを見ていると、それが事実であるように思えてくる。
だがやはり、ファルは完全にディーラーの言葉を信じることができない。
それはヤサカやティニー、ラムダも同じだ。
ディーラーも自分の話が簡単に信じてくれるとは思っていなかったのだろう。
彼は能面をデスクに置き、以降は自分の正体を語ろうとはしなかった。
彼は話題を変えたのだ。
「もうひとつ、〝話したい〟ことがある」
「なんだ?」
「その前に、今は〝何時〟か知りたい」
何の脈絡もない質問に、ファルは戸惑ってしまった。
そんなファルに代わって時間を確認し、ディーラーに答えを与えたのは、ヤサカだ。
「15時20分だよ」
「そうか。それは〝ちょうどいい〟時間だな」
なぜか満足そうにするディーラー。
どこまでもマイペースな男だ。
「おい、話したいことってなんなんだ?」
現在の時刻など興味がないファルは、デスクを指で細かく叩きながら、ディーラーに聞いた。
するとディーラーの落書きのような顔が、ファルをじっと見つめた。
じっと見つめ、いつもとは違う低い声で言葉をぶつけてくる。
「どうやら〝不完全な〟ログアウトによって、現実世界で〝昏睡状態〟に陥ったプレイヤーが〝2人〟いるらしいな。うち1人は、君たちの〝お友達〟だとか」
「…………それがどうした?」
「なぜ、どうして〝彼ら〟が〝目覚めない〟のか、知りたくないか?」
「まさか……お前……!」
「ああ! その〝まさか〟さ! オレは〝彼ら〟が目覚めない〝理由〟を知っているし、〝彼ら〟を目覚めさせる〝方法〟も知っている。そして〝理由〟も〝方法〟も、君たちに〝教えて〟やる」
低い声は影を潜め、普段通りのおどけた口調に戻ったディーラー。
彼は再びデスクに体を乗り出し、頬を歪ませている。
一方でファルは、ディーラーの話に目を丸くした。
レオパルトがガロウズに殺され、護衛艦『あかぎ』でヤサカと話した時から求め続けた、レオパルトを救う方法。
それが今、ファルの手に転がり込もうとしているのだ。
「いいね、その〝表情〟を待っていたんだ。それじゃ、よく〝聞いて〟くれよ」
ヤサカ、ティニー、ラムダはディーラーの眼中にない。
そしてファルもまた、ディーラーが話そうとしていることに全神経を集中させている。
「〝彼ら〟は昔のオレと〝同じ〟存在だ。意識の〝一部〟がNPCに〝乗り移っている〟状態だ。意識が〝プレイヤー〟と〝NPC〟に〝分裂〟していると言えば分かるな? ということは――」
「プレイヤーだけがログアウトされても、NPCに乗り移った意識はゲームに残るってことか」
「だから、現実世界で〝昏睡状態〟に陥る」
「意識が分裂した状態だから、ログアウトが不完全になる」
「まさしく〝その通り〟。それが〝理由〟だ。ということは、〝どうすれば〟彼らの目を〝覚まさせる〟ことができるか、もう〝分かる〟はずだ」
「……意識の一部が乗り移ったNPCを殺せば良い」
「そうだ! それが〝方法〟だ!」
「お前みたいに、NPCが死んでも意識だけは別のNPCに乗り移る、って可能性はないのか?」
「〝現実世界〟の体が〝生きている〟限り、意識が〝帰る場所〟がある限り、それは〝起きない〟さ」
「本当なのか?」
「じゃあ〝試して〟みるか」
「試す? どうやって?」
「オレが〝どうして〟、君たちと話す〝場所〟を〝ここ〟に決めたと思ってる。オレは〝同類〟を〝見分けられる〟んだ。現実世界で〝昏睡状態〟にある1人のプレイヤーの意識の一部は、ここにいる〝NPC〟に〝乗り移って〟いるんだよ」
そこまで言って、ディーラーは部屋に仕掛けられたカメラに視線を向けた。
「ドン・レオーネたち、オレたちを〝覗き見〟してるんだろ? 話は〝聞いていた〟はずだ。オレたちがいる部屋の〝扉の前に立つマスクの男〟が、例の〝NPC〟だ。ヤツを〝殺し〟て、昏睡状態のプレイヤーが〝目覚めた〟か、現実世界に〝問い合わせて〟みろ」
ディーラーがドン・レオーネたちに話しかけて数秒後だ。
部屋の外から1発の銃声が聞こえてくる。
さらに数分後、トニーがファルたちのいる部屋に入ってきた。
彼はファルたちに、はっきりと言う。
「先ほど、扉の前にいたNPCを殺害しました。その後、IFR事件特別捜査本部に問い合わせた結果、昏睡状態に陥っていた1人のプレイヤーが目を覚ましたと、報告がありました」
淡々とした説明を終わらせ、トニーは部屋から出て行く。
ファルたちは言葉を失った。
ディーラーが話していたことは、間違っていなかったのだ。
「SFみたいな話が本当だったなんて、びっくりです! イミリアはすごい場所です!」
「これで……どのNPCにレオパルトの意識が乗り移ってるかさえ分かれば……!」
「ファル、君に〝朗報〟だ。オレは君の〝お友達〟の意識が、どの〝NPC〟に乗り移っているかを〝知っている〟し、〝教える〟つもりだ」
「ほ、ホントか!? じゃあ、すぐにでもレオパルトを救えるってことか!?」
素直に喜ぶラムダとファル。
ところがティニーは、一言も喋らずディーラーを見つめ続けていた。
ヤサカもまた、厳しい表情を崩さない。
どうしても分からないことが、ヤサカにはあったのだ。
彼女は遠慮なく、ディーラーに質問する。
「なんで、私たちにいろいろと教えてくれるの? 何が目的なの?」
「ううん? オレの〝目的〟か? 君たちを〝助けたかった〟と言っても、信じてはくれないよな」
「…………」
「なら〝正直〟なことを言おう。オレは君たちに、新しい〝ゲーム〟を〝提供〟してやろうと思うんだ。新しい〝おもちゃ〟、きっと〝気に入って〟くれるはず」
今までで1番の笑みを浮かべて、ディーラーは手錠がかかった両手を高く掲げた。
彼の言う〝ゲーム〟という単語に、ファルたちは嫌な予感がする。
まさにその時であった。
部屋の外、レオーネ・ファミリーのビル内から銃声と悲鳴が聞こえてきたのだ。
銃声と悲鳴の数は瞬く間に増え、そして減っていく。
このビルが何者かに襲撃されていることに、疑いの余地はない。
ところがディーラーは、笑みを浮かべたままファルたちに質問した。
「今、〝何時〟だ?」
「15時30分」
「おお! 時間〝ぴったし〟の到着じゃないか! さすがは〝イミリアの番人〟だな」
聞き覚えのあるディーラーの言葉に、ヤサカは顔色を変える。
ディーラーの言葉が正しければ、ファルたちには危機が迫っているのだ。
「イミリアの番人……まさか!? ファルくん! ティニー! ラム! 戦闘準備を! ガロウズが来るよ!」
幾度となくファルたちの前に立ちはだかった、黒仮面の男の名。
ファルにとってはレオパルトの仇である存在。
ガロウズの接近をヤサカに伝えられ、ファルはディーラーの胸ぐらに掴みかかった。
「おいおい、マジかよ!? ディーラー! これもお前の仕業か!?」
「オレはただ、〝この時間〟に〝ここ〟へ来るよう、ガロウズに〝伝えた〟だけだ。オレがヤツを〝呼んだ〟わけじゃない。ヤツがここに〝来てくれた〟だけだ」
「同じことだろ……! ああ、もう! 面倒くさい!」
まさしく〝ゲーム〟を楽しむような表情をしたディーラー。
やはりガロウズの接近は、ディーラーの仕業で間違いなさそうである。
最悪の状況に、ファルはディーラーを放って拳銃とコピーNPCの準備をはじめた。
しかし、手荒く突き放されパイプ椅子に腰を押し付けたディーラーは、なおも楽しそうに笑う。
彼は戦闘準備を進めるファルたちに言い放った。
「ちょっと〝待って〟くれ。まだ、君の〝お友達〟がどこにいるのか、〝教えてない〟だろ?」
ディーラーが放った言葉に、ファルは動きを止める。
それと同時であった。
鉄の扉が破壊され、ガロウズがファルたちのもとまでやってきたのは。
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