ミッション21—6 冗談話

 部屋に飛び散る鉄の扉の破片。

 扉のあった場所からは、紫の光を纏う剣を右手に握った、黒いロングコートと黒仮面に身を包むガロウズが現れた。


 狭い空間で対立するファルたちとガロウズ。

 ヤサカはライフルを、ティニーはSMARLスマールをガロウズに向けていた。

 どちらか一方がわずかにでも動けば、すぐにでも殺し合いがはじまる状況である。


 ところが、最初に動いたのはファルたちでもガロウズでもない。

 ガロウズの到着を歓迎するディーラーだ。


「やあガロウズ、〝待っていた〟よ。まったく〝約束通り〟の時間じゃないか」


「貴様と約束をした覚えはない」


「おや? ガロウズまでオレに〝冷たく〟当たるのか? そろそろ〝傷つく〟ぞ」


 そう言いながらも、ディーラーは笑った。

 彼は笑ったままパイプ椅子から立ち上がり、ファルたちの横を素通りしガロウズの前に立つ。


「なんだか〝殺伐〟としてるな。そうだ! オレが〝面白い話〟をしてやる。眉間にしわを寄せた〝君たち〟を、〝笑顔〟にしてやる」


 手錠がかけられた手を叩き、そんなことを言い出したディーラー。

 はっきり言って、彼の話を聞く必要はない。

 このままディーラーを無視しても良いのだが、ディーラーは構わず話を続けようとした。


 だがその前に、ファルがディーラーに対し言う。


「おい。面白い話とやらはどうでもいいから、レオパルトの件、早く教えてくれ」


「そんなに〝焦るな〟よ、ファル。オレの〝話〟が終われば、必ず〝教えて〟やるからな」


 ファルの言葉など意に介さず、ディーラーは自分の話を優先させた。

 ガロウズの前に立つディーラーは、ニタニタと笑った口をペラペラと開きはじめる。

 

「ある時ある場所に、1人の〝暗殺者〟がいた。彼は〝ドジ〟な性格で、1度も〝仕事〟を成功させたことがない。ボスにいつ〝処分〟されるかも分からない。だから次の仕事に失敗したら、せめて〝派手〟に死のうと考え、自分の〝体内〟に〝爆弾〟を仕掛けたんだ」


 ここでふと、ディーラーは人差し指を立てた。


「ただ、ひとつ〝問題〟があった。どうやって爆弾を〝起爆〟するかだ。仕事の〝都合上〟、起爆スイッチを〝携帯〟することはできない。となると、起爆スイッチも〝体内〟に仕掛けるしかない」


 振り返り、ファルやヤサカに顔を近づけ、話を続けるディーラー。


「そこで〝暗殺者〟は、起爆スイッチを〝太もも〟に埋め込み、〝太もも〟を強く叩くことで、自分の〝体内の爆弾〟が〝爆発〟するようにしたのさ。これはもちろん、〝自害〟するための仕掛けだ」


 姿勢を正したディーラーは、部屋の中をゆっくりと1週する。


「そうして〝暗殺者〟は、次の〝仕事〟に出かけた。暗殺対象の〝男〟はどうやら〝話〟が大好きらしい。だから〝暗殺者〟は、〝男〟に近づき〝話〟をはじめた。だがこの〝話〟がとても〝楽しい〟話だったんだ」


 ディーラーの笑顔がはじけた。

 一方で話に飽きたラムダがあくびをしているが、ディーラーは気にしない。


「〝話〟が盛り上がり、〝暗殺者〟は大笑いした。その時、あまりに笑いすぎて、〝暗殺者〟は〝太もも〟を強く〝叩いて〟しまったんだ。すると〝体内の爆弾〟が〝起爆〟、〝暗殺者〟は暗殺対象の〝男〟も巻き込み木っ端微塵に〝吹き飛んだ〟」


 ディーラーはわざとらしい演技を交え、両手の指を細かく動かす。

 そしてガロウズの前に戻り、ガロウズの仮面をじっと見ながら話を続けた。


「本来は〝仕事〟が〝失敗〟した時に起爆する〝爆弾〟だったのに、〝暗殺者〟はその〝爆弾〟を誤って〝起爆〟させて、はじめて〝仕事〟を成し遂げられた。ホントに、〝ドジ〟な男だろ」


 何が面白い話だったのか分からぬファルたちは、呆然と立っていることしかできない。

 しかしディーラーにとっては、面白い話だったのだろう。

 彼は部屋中に笑い声を響かせていた。


 大笑いし、左手をガロウズの肩に乗せるディーラー。

 そして彼は、大笑いする勢いで、自分の太ももを右手で強く叩いた。


 次の瞬間である。

 ディーラーの体内から炎が噴き出し、ディーラーの体が木っ端微塵に吹き飛んだ。

 彼のすぐ目の前にいたガロウズも、爆発に巻き込まれたらしい。


 凄まじい破裂音と衝撃によって、ファルたちは床に倒れた。

 それでもすぐに体勢を立て直して、ディーラーのいた場所に視線を向ける。


「クソ……ヤサカたち! 大丈夫か!?」


「私は大丈夫だよ! 怪我もない!」


「背後霊も、無事」


「ディーラーの肉片が体に当たって気持ち悪いです! それ以外は大丈夫です!」


「そうか……なら良かった。にしてもディーラー、体内に爆弾でも仕掛けてたのか?」


「たぶんそうだろうね。もう、本当に趣味が悪い人だよ……」


 土煙が舞う部屋の中で、4人の無事に胸をなでおろし、ディーラーの凶行に眉をひそめるファルたち。

 それでもまだ、安心はできない。


 無事なのはファルたち4人だけではなかった。

 目の前の爆発に巻き込まれたガロウズも、ゆっくりと立ち上がったのだ。


「お前もしぶといヤツだな」


 ため息混じりにそう呟くファル。

 しかし、立ち上がったガロウズの顔を見て、ファルは言葉を失った。


 爆発に巻き込まれたガロウズは、その衝撃で仮面を破壊されてしまったようである。

 今、ガロウズは素顔をファルたちに見せているのだ。

 半分は真っ黒な影、そして残りの半分は、ファルたちのよく知る人物の顔を持つ、ガロウズの素顔が。


「レ……レオパルト?」


 間違いない。

 間違えるはずがない。

 ガロウズの素顔の半分は、まさしくレオパルトであった。


 これにはファルだけでなく、ヤサカたちも混乱してしまった。

 なぜ、どうしてガロウズの素顔がレオパルトの顔なのだろうか。


 そしてようやく、ファルはディーラーの言葉を思い出す。

 レオパルトの意識の一部が乗り移ったNPCが誰なのか、話の後に教えると、ディーラーは言った。

 これが、ディーラーの答えなのだ。


「そうか……ガロウズ、お前に……レオパルトの意識の一部が乗り移ったんだな?」


 一度事実を受け入れると、ファルの驚きは薄れた。

 レオパルトの性格を考えると、彼の意識の一部がガロウズに乗り移っても不思議ではない、と思えたのだ。


 ただし、今のレオパルトはガロウズだ。

 イミリアの番人として、チート持ちであるファルたちを処分しに来たガロウズだ。

 彼は躊躇なく、ファルに剣先を向け襲いかかった。


 ヤサカもすぐさま反応し、ライフルを盾にガロウズの剣を払う。

 おかげでヤサカのライフルは破壊されたが、ファルは無事であり、ガロウズは姿勢を崩した。

 この隙に、ティニーがガロウズに向かってSMARLを撃ち込む。


 どうにもガロウズの動きは鈍っていた。

 彼はロケット弾を切り刻み命中だけは避けたものの、爆発に巻き込まれ動きを止める。


 しかし、このままガロウズを倒そうとするのは間違いだ。

 今は逃げるべきだ。


 振り返ったティニーは、別のSMARLに持ち替えリロード時間を省く。

 そして引き金を引き部屋の壁を破壊。

 破壊された壁の向こう側には、雨の降る外の景色が開けていた。


「みんな、飛び降りて」


「はあ!? おいティニー! ここは18階だ! 飛び降りたら死ぬぞ!」


「これで大丈夫」


 ティニーは無表情のままメニュー画面をいじり、ある箇所をタッチ。

 すると、巨大かつ分厚いマットが現れ、それがゆらゆらと地面に落ちていった。

 

「なあ……あそこに飛び込めってことか?」


「うん」


「ティニーよ、グッジョブです! 早く飛び降りましょうよ! みんなで一斉に飛び降りましょうよ!」


「いやいや、俺はまだ死にたくない!」


「ファルくん! ここにいてもガロウズに殺されるだけだよ! 私が一緒にいてあげるから、飛び降りよう!」


「ああ……ああ!」


 こういうのは勢いが大切だ。

 グダグダすればするほど飛び降りられなくなってしまう。

 だからファルは、ヤサカたちとともに壁の穴を抜け、18階の高さから地面にあるマットに向かって飛んだ。

 

 まさに体が宙に浮いたような感覚。

 雨粒とともにファルたちは地面に向かって落ちていく。

 それが数秒続き、そしてマットの上に体が打ち付けられた。


「痛い! マットの上に落ちたのに、死ぬほど痛い!」


 HPを確認すると、3分の2が削られている。

 さすがに18階からの飛び降りは、マットがあろうと無謀だったようだ。

 ガロウズ――レオパルトに殺されるよりはマシなのだが。


「楽しかったです! またやりたい――うわあ! 大きなワニです!」


「ワニ!? た、大変だよ! 白いワニが1、2……大群に囲まれてるみたい!」


 せっかくガロウズから逃れたというのに、災難はまだ終わっていないらしい。

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