ミッション21—4 ディーラーの正体
雨の中、ドン・レオーネが乗った黒塗りのセダンを追って、ファルたちは再びニューカーク中心街にやってきた。
ファルたちとドン・レオーネは摩天楼の中に紛れるビル――レオーネ・ファミリーのビルへと入っていく。
飾り気のない廊下を歩き、エレベーターに乗って18階へ。
18階のとある部屋のドアを開けると、そこにはトニーと数人の部下たちが待っていた。
トニーの背後には、どこかの部屋で手錠をかけられパイプ椅子に座る、能面を付けたディーラーの姿が。
モニターの側にあるスピーカーからは、ディーラーの「まだか? まだなのか?」という声がしきりに聞こえてくる。
その声を完全に無視して、トニーはドン・レオーネの前に立った。
「お待ちしておりました」
「ディーラーはどこにいるのかね?」
「隣の部屋に監禁しています」
ドン・レオーネの質問に答えるトニー。
続けてトニーは、ファルたちを見て言った。
「すでに15時を過ぎています。あなた方に会わせろと、ディーラーがうるさくて仕方がない」
「それは、遅れて申し訳ないです」
「あちらの扉の向こうに、ディーラーがいます。どうぞ」
トニーに案内され、鉄の扉を前にするファルとヤサカ、ティニー、ラムダの4人。
するとレオーネ・ファミリーの部下の1人――衛生用マスクをつけた男が、鉄の扉の鍵を開ける。
鉄の扉は重々しい音とともに開かれ、ディーラーの待つ窓のない部屋が4人の視界に広がった。
ファルたちが扉を通って部屋に入った瞬間だ。
デスクの向こう側でパイプ椅子に深く腰掛けた、中肉中背のディーラーが、手錠をかけられた手を振り言い放つ。
「やあ〝君たち〟、また会えたな。オレはとても〝嬉しい〟気分だ」
「偶然会ったみたいに言うな。お前が呼んだんだろ」
「君たちが〝来てくれた〟んだろ」
粘り気のある口調は、おそらくニタリとした口元から流れ出たもの。
蛍光灯に照らされた能面の微笑みにぴったしの口調だ。
相変わらずの調子のディーラーに、ファルたちは苦笑い。
鉄の扉が閉じられると、デスクを挟んでディーラーの対面に置かれたパイプ椅子にファルは座った。
ヤサカはそんなファルの隣に立ち、ティニーとラムダはディーラーの両脇に立つ。
特にラムダは、般若のような形相でディーラーの顔を覗き込み、大声を出した。
「ほら、洗いざらい全部吐いちゃいましょうよ! 俺がやったって言えば、救われるんですよ?!」
「ラムダ、ここは警察の取調べ室じゃないぞ」
「取調べみたいなものじゃないですか! ドラマや映画でよくある、あのシチュエーションじゃないですか!」
「……好きにしろ」
「好きにします! ということで、ほらほら! 隠したって無駄ですよ! 黙秘権が通用するなんて思うんじゃないですよ!」
威圧感満載(主に胸のあたり)のラムダ。
一方でティニーは、無表情のまま、まばたきもせずにディーラーを見つめている。
「じー」
ラムダの刑事ごっこと巨乳、そしてティニーの視線。
これほど人を困惑させるような布陣は他にないであろう。
だが、ディーラーはティニーとラムダを無視し、ヤサカの太ももにある銃を見て可笑しそうに笑っていた。
「ハッハッハ、ファルの〝ガールフレンド〟たちは〝怖い〟なあ。すぐに〝殺されて〟しまいそうで、体が〝震えて〟きた」
「変なこと、言うんだね。あなたは死なんて怖くないはずだよ。あなたは何をされても、死なないんだから」
「その通りだ。ここは〝ゲーム世界〟だ。〝死〟は存在しない」
ヤサカの話に感心したとばかりに、ディーラーはそう言った。
その余裕に溢れた言葉は、まさしく死を恐れぬ者の言い草である。
話をする準備は整ったのだ。
早速、ファルは話を切り出した。
「ゲームの妖精、俺たちに話したいことって?」
「君たちが〝興味〟を持ってくれれば〝良い〟んだが……。君たち、〝オレの正体〟を知りたくないか?」
思わずファルたちの表情が強張る。
その言葉は、ファルたちに向けられたものではない。
この部屋に仕掛けられたカメラでこちらを確認する、ドン・レオーネに向けられたものなのだ。
「オレは〝知ってる〟ぞ。〝君たち〟が――いや、より〝正確〟に言えば、あのドン・レオーネが〝オレの正体〟を知りたがっていることを。君たち、あの〝ドン〟に〝そそのかされて〟ここに〝来た〟んだろ」
今度こそがファルたちに向けられた言葉。
一体ディーラーはどこまでお見通しなのか。
「あの〝男〟の部下が、しつこくオレのことを〝調べて〟いたんでね。聞かせてくれ。〝ドン〟はオレのこと、〝どこまで〟知っているんだ?」
デスクに体を乗り出し、ファルの返答を待つディーラー。
不気味な能面がファルの心を揺さぶる。
ファルはヤサカと視線を合わせ、少しだけ考えた。
考えた結果、ファルは知っていることのすべてを話すことに決めた。
「少なくともお前の体がNPCであること。NPCの体が死んでも、お前の人格は別のNPCに乗り移ること。これだけだ」
「ああ! まさか〝そこまで〟オレのことを〝調べて〟くれていたのか! 〝嬉しい〟なあ! オレにも〝ファン〟がいたのか! せっかくのオレの〝ファン〟の疑問だ。全ての〝答え〟を〝教えて〟あげよう!」
どこまでディーラーが本気で喜んでいるのかは分からない。
しかし、彼がおどけているのは確かだ。
ディーラーがこれから話そうとしてることは真実なのか、嘘なのか。
そもそもなぜ、ディーラーは自ら己の正体を明かそうとしているのか。
分からぬことは多いが、ファルたちの興味は、すでにディーラーの言葉を待ち構えている。
ゆっくりと、しかしいつも通りの軽い口調で、ディーラーは喋りはじめた。
「まず、これだけは〝伝えて〟おかないとな。オレは〝プレイヤー〟だ。現実に〝存在していた〟プレイヤーだ」
「存在
「ログアウトができなくなって〝半年ぐらい〟だったか。どうにも〝頭痛〟がひどくてね。どうしたのかと〝思って〟いたら、ある日〝突然〟、現実の体が〝死んだ〟んだ」
「死んだ……?」
「ああ、〝死んだ〟。調べてくれれば〝理解〟できるはずだ。きっとオレの〝体〟は、どこぞの病院で〝死亡宣告〟を受けているはずだからな」
あまりに突飛な話が、ディーラーの口から飛び出した。
彼の話が真実なのかどうか、それをファルたちが判断する前に、ディーラーは話を続けてしまう。
「〝現実世界のオレ〟は死んだ。ところが、〝オレの意識〟は、このイミリアに〝残った〟んだ。NPCの体を〝乗っ取って〟な。驚いたよ。まさか自分が〝ゲーム世界の住人〟になるなんて」
あとはレオーネ・ファミリーの調べ通り。
簡単には信じられぬ話だが、プレイヤー感覚を持つディーラーがNPCなのは事実だ。
AIが作り話をしているとも思えない。
「それで、〝NPC〟になってから〝分かった〟ことがある。ひどい〝頭痛〟の〝原因〟だ。〝頭痛〟がしはじめた頃から、〝プレイヤー〟としての〝記憶〟だけじゃなく、〝NPC〟としての〝記憶〟が残っていた」
ここまで話して、ディーラーは自分の頭に人差し指を当てながら言う。
「つまり、あの〝頭痛〟は、オレの〝意識の一部〟が〝NPC〟に乗り移ったのが〝原因〟ということだ。オレは〝現実で死ぬ〟まで、〝プレイヤー〟であり〝NPC〟でもあったんだ。〝冗談〟みたいな話だが、これが〝事実〟だ」
説明を終え、ケラケラと笑うディーラー。
黙り込むヤサカたち。
驚くべきことに、あのラムダまでもが口を閉ざしている。
ファルは自分の耳が受け取ったディーラーの話を信じきれない。
だからこそ、ファルはディーラーに確認した。
「お前の全ての意識がNPCに乗り移ったから、現実世界のお前は死んだ。そういうことか?」
「〝そういうこと〟だな」
「信じられない……」
「君たちが〝信じられない〟からといって、〝事実〟は何も〝変わらない〟さ」
そう言ってディーラーは能面を外し、子供の落書きのような顔を晒した。
彼の言葉とその顔が、ファルにディーラーの正体を信じさせようと迫ってくる。
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