ミッション18—7 ライアン・マウンテン基地襲撃作戦 VI

 コンドル出現に対して、扶桑がとれる手段はひとつだけ。

 防御壁を展開し耐えることだ。

 扶桑はすぐさま青い光に包まれ、コンドルから放たれる数多の砲弾、ミサイル、レーザー攻撃を耐え忍ぶ。


《予測よりも少し早めに来やがったか……》


《クーノ、ラム、撃墜されないように気をつけてね!》


「ヤサちゃんのォ、仰せのままにィ」


《分かってます! せっかく2隻の巨大空中戦艦を、空の特等席から眺められるんです! 撃墜されてたまるかです!》


《扶桑とコンドルの戦い、派手で楽しい》


「お前らなんでちょっと楽しそうなんだよ……レイヴンさん、いつ撤退を?」


《コンドルと戦って消耗する場面じゃねえからな。本当は今すぐ撤退してえところだが――》


「まだ何か?」


《やらなきゃいけねえことがひとつあるだろ。なあ、クーノ》


「フフフ……トンネルに飛び込んでェ、ライアン・マウンテン基地の発電施設を破壊する任務だねェ」


「あ……そういやそんなヤバイ任務があったな……」


 地上を見下ろし、山の中へと続くトレンチとトンネルを眺め、ファルはため息をつく。

 あんな場所に、戦闘機で飛び込まなければならないのだ。

 人間にとっては巨大なトレンチとトンネルも、戦闘機と比べれば狭い。


 不安がるファルとは対照的に、クーノはやる気満々であった。

 彼女はさっそく、ティニーたちに呼びかける。


「ティニーさん、空対地ミサイルを2発ゥ、装着の準備をしてほしいなァ」


《うん》


「ラムさんはァ、普通に飛んでてくれて構わないからねェ」


《また近くで戦闘機が見られるんですね! 最高です!》


 コンドルの攻撃を避けるため、扶桑の陰に隠れるラムダの機体。

 クーノはそこにF150Eを飛ばし、当たり前のようにラムダの機体にF150Eを寄せた。


 ラムダの機体に乗るティニーは、すでにメニュー画面を開きこちらに手を伸ばしている。

 おかげで、クーノの機体とラムダの機体が5メートル以内にまで近づいた瞬間、クーノの機体に対地ミサイルが装着された。

 数秒後には2発目のミサイルが装着され、準備は完了。


「2人ともォ、ありがとうねェ」


 感謝の言葉を述べ、機体をロールさせたクーノ。

 クーノとファルを乗せたF150Eは、ラムダの機体から一瞬で遠ざかる。

 行き先は、地上に伸びる巨大なトレンチだ。


 戦闘機でトレンチを進み、トンネルを抜ける。

 そんな危険な任務に自ら飛び込んでいくクーノたちに対し、ヤサカが言葉をかけた。


《クーノ、ファルくん、私は2人を信じてるからね》


「俺を信じたって意味ないぞ。任務の成功はクーノ次第だ」


「あれェ? ファルさんは分かってないなァ。まあァ、このクーノに任せなさいなァ。ヤサちゃんの信頼をォ、裏切るようなことはしないよォ」


《ありがとう、クーノ。ファルくんも、お願いね》


 微笑む顔が容易に想像できる、ヤサカの優しい言葉。

 その言葉を最後に、ヤサカからの無線は一旦切られた。


 ファルは首をかしげている。

 どうしてもクーノの言葉が理解できなかったのだ。


「おい、分かってないってどういうことだ?」


「ファルさんはァ、ヤサちゃんがファルさんの何を信じてるのかァ、分かってるゥ?」


「そりゃ、俺が任務を成功させることだろ。だけど今の俺はクーノに――」


「ほらほらァ、分かってないねェ」


「はあ?」


「まあ大丈夫ゥ、このクーノさんがァ、ヤサちゃんのファルさんに対する信頼もォ、守るからねェ」


「は、はあ」


 意味が分からないファル。

 だが、ヤサカの真意を探る余裕はなかった。

 トレンチに向かう間、コンドルからの激しい弾幕に晒されるのだから。


 警報が鳴りっぱなしの中、クーノとファルを乗せたF150Eは弾丸の雨を避け、トレンチへと突っ込んでいく。

 高度計の針は凄まじい勢いで機体が降下していることを示していた。

 周りの景色を見ても、地上がすぐそこまで迫ってきている。


 目の前には、深く長く、広い溝――トレンチ。

 そこに、F150Eは滑り込むように飛び込んだ。


 コンクリートの壁を揺らし、時折トレンチ内に置かれていたクレーン車などをかすめる。

 時速約800キロで飛び抜けるスリルは、なかなかのものだ。

 ファルは恐怖のあまり気絶寸前。


「お、おい……もう少しスピードを緩めてくれないか……?」


「それだとォ、地上からの銃撃で撃墜されるかもしれないよォ。今はァ、速い方が安全だねェ」


「究極の世界だな……」


「これからァ、もっと究極の世界に突入するよォ。トンネルの中だとォ、ベイルアウトもできないからァ、心の準備をしてねェ」


「逃げ場はなしか」


 そうファルが呟く頃には、ファルとクーノが乗ったF150Eはトンネルに差し掛かっていた。

 大口を開けて待つ怪物のようなトンネルに、F150Eは突っ込んでいく。

 

 人工的なコンクリートの壁が、F150Eを包み込んだ。

 曇り空とはいえ太陽の光に照らされていた外と比べ、トンネル内は暗い。

 ジェット音もトンネルの壁に反響し、ファルの緊張した心を揺さぶる。


 それでも、ファル以上に驚いているのは敵NPCであった。

 国籍不明機の凶行・・に、無線の向こう側はざわついている。


《発電所へと繋がるトンネルに国籍不明機が侵入!》


《悪い冗談はよせ! 戦闘機がトンネル内に入り込んだというのか!?》


《私も信じられませんが、そのようです!》


《まさか……フクロウのエンブレム!?》


《その通りです!》

 

《化け物か……》


 NPCたちの恐怖ステータスは最大値を超えたか、彼らはついに言葉を失う。

 もしかすれば、AIが現状を認識しきれず、最適なセリフを見つけ出せないのかもしれない。

 トンネル内に戦闘機が突っ込んでくれば、人間も驚くであろうから、当然の反応だ。


 わずかな灯りに照らされた、戦闘機が飛ぶには狭すぎるトンネル。

 クーノは一切機体を揺らすことなく、まっすぐとF150Eを飛ばし続けていた。

 ファルは目を半開きにしながら、なるべく外を見ないようにしていた。


 攻撃目標である発電機は、徐々に近づいてきている。

 ここでクーノは、ある言葉を呟きはじめた。


「Almost there, Almost there」


「クーノ! それ言うのやめろ! 絶対に標的外すから!」


「ええェ? じゃあァ、どんな心構えが良いのォ?」


「そうだな……Use the force, Cuno」

 

「……分かったよォ、それでいくねェ」


 ファルに言われ、理力・・を信じ、全神経を標的の攻撃に集中させるクーノ。

 発電機をロックオン、ミサイル発射のタイミングは、ほんのわずかしかないのだ。


 断続的な機械音がコックピットを跳ね回る。

 数秒して『lock on』の表示とともに、甲高い音がクーノとファルの鼓膜を震わせた。

 その瞬間、クーノはミサイルを発射するため親指を動かす。


 クーノの指令に従い、2発の空対地ミサイルがF150Eよりも早くトンネルを飛び抜けていった。

 それから少しして、針路上に2つの派手な火球が浮かび上がる。

 どうやらクーノの攻撃は、ライアン・マウンテン基地の発電施設に命中したようだ。


 発電施設が置かれた広い空間を駆け巡る爆風と炎、飛び散る鉄の破片。

 F150Eはそれらに構うことなく、発電施設の脇をかすめていく。


「命中だよォ! やったねェ!」


「すごいぞクーノ! さすがだ!」


「おやおやァ、ファルさんに褒められちったよォ。ヤサちゃんも褒めてくれるかなァ?」


「当たり前だろ!」


「ムフフ、楽しみだなァ。早くトンネル抜けてェ、ヤサカ神の御言葉をォ……!」


 発電施設を壊した喜びよりも、ヤサカに褒められる喜びを求めるクーノ。

 ファルは壊れゆく発電施設を背後に、恐怖心を吹き飛ばしていた。

 ライアン・マウンテン基地襲撃作戦は、これにて成功である。


 暗闇のトンネルを抜け、山の反対側に伸びたトレンチに飛び出したF150E。

 ファルとクーノは、太陽光に一瞬だけ目を細めながらも、すぐさま目を開き空を眺めた。

 

 空には防御壁を展開する扶桑と、そんな扶桑を攻撃するコンドルという2つの巨影が並び立っている。

 あとは、そそくさとこの場から退散するだけだ。

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