ミッション18—8 ライアン・マウンテン基地襲撃作戦<撤退>

 たまに無線に入り込んでいた敵の無線は、先ほどから黙り込んでいる。

 発電施設を破壊され、ライアン・マウンテン基地の無線は機能停止中なのだ。

 もはやライアン・マウンテン基地は、文字通り沈黙している。


 クーノは地面を沿うように、F150Eを低空飛行させていた。

 ライアン・マウンテン基地は沈黙しても、巨大空中戦艦コンドルは健在なのである。

 ここまでやって、コンドルに撃墜されるわけにはいかない。


 ファルとクーノが乗るF150Eがトンネルを抜けたのを確認したのだろう。

 次の指示が、レイヴンからもたらされた。


《ヘッヘ、本当にやりやがったぜ。よしお前ら、撤退しろ。コンドルを相手に戦う意味はねえからな。逃げるが勝ちってヤツだ》


「了解だよォ」


「レイヴンさん、地上部隊はどうなってます?」


《あいつらは……ヤサカ、地上部隊はどうなってやがる?》


《ライアン・マウンテン基地内に突入したみたいです。今は、基地の兵士NPCたちと戦闘中ですね》


《だそうだ》


「じゃあ、ほっとけば地上部隊は全滅、プレイヤーたちはイミリアから解放、と」


《だな。メリア軍の基地ぶっ壊して、挙句にプレイヤーも解放しちまう。最高の結果だぜ》


 地上部隊を放置し逃げる。

 普通であれば味方を見捨てる最低の行いだが、今回はそうではない。


 放置された地上部隊が全滅すれば、彼らはイミリアから解放されるのだ。

 つまり、地上部隊を見捨てることで、彼らを救出・・しているのである。

 だから最低の行いではない。最低の行いではない。


 ファルたち戦闘機部隊と扶桑は、地上部隊を放置しこの場から撤退することを決めた。

 クーノはラムダに伝える。


「ラムさん、撤退するからねェ。谷を高速で飛び抜けてねェ」


《お!? 今『高速で飛び抜けて』って言いました!?》


「言ったよォ」


《やっほー! アフターバーナー全開です! 音速を超えます! 最高です!》


「おいおいラムダ、燃料のこと考えてるか? 空中給油地点に到着する前にガス欠で墜落しました、なんてシャレにならないぞ」


《大丈夫。私の霊力が、戦闘機を飛ばし続ける》


「なあ、お前らが乗ってるのはUFOじゃないんだぞ」

 

 不安である。

 非常に不安であるが、ファルにはどうすることもできない。

 正直、こればっかりはなるようにしかならないだろう。


 ラムダたちのことは忘れて、ファルはシートに深くもたれかかった。

 ライアン・マウンテン基地の襲撃は成功したのである。

 あとはクーノに操縦を任せて、家に帰るだけだ。


 いっそ眠ってしまおうかとも思うファル。

 その時、地上部隊からの無線が紛れ込んできた。


《こちらレッドチーム、B3区画の敵を殲滅! ブルーチームはどうだ?》


《こちらブルーチーム、こちらも順調だ》


《了解。イエローチームは?》


 イエローチームの応答を待つレッドチーム。

 ところが、いつまでたってもイエローチームの応答はない。


《応答しろイエローチーム。繰り返す、応答しろイエローチーム》


《応答がありませんね。何かあったんでしょうか?》


《こちらブルーチーム。イエローチームの確認に向かう》


《ああ、頼んだ》


 プレイヤーたちの緊張感は高まるばかりだが、ファルは安心感に浸っていた。

 少なくとも、イエローチームを構成する50人のプレイヤーが行方不明になったのだ。

 彼らは順調に、イミリアから解放されているのだろう。


 ただし、ファルの心が落ち着いていたのはここまで。

 少しして届けられた地上部隊たちの叫び・・によって、ファルの心はかき乱されることになるのだ。


《こちらブルーチーム、イエローチームは全滅している》


《そうか……敵に気をつけろ》


《分かって――待て、あの紫色の光はなんだ?》


《どうしたブルーチーム?》


《クソ! 撃ってきた! 反撃しろ!》


《撃て撃て》


《どうなってる!? 撃っても撃っても弾丸を弾かれるぞ!?》


《味方がやられた! 次々殺されていく!》


《ブルーチーム! 大丈夫か!? こちらレッドーチーム! 救援に向かう!》


《来るな! 逃げろ! 敵は仮面の男、ガロウズ――》


《ブルーチーム? おい! 応答しろ!》


 イエローチームと同じく、一切の反応を示さないブルーチーム。

 彼らも全滅してしまったのだろうか。


 しかしファルは、ブルーチームの全滅などに関心はない。

 今のファルが関心を持つのは、彼らを全滅させた男――ガロウズ。

 そのガロウズの居場所。


 振り向けばキャノピーの向こうに見えるライアン・マウンテン基地に、ガロウズがいるのだ。

 レオパルトを昏睡状態に陥れた、あのガロウズが。

 

「……クーノ、バルカン砲の弾はどれだけ残ってる?」


「200発ちょっとだねェ」


「じゃあ今すぐ――」


「ガロウズを倒しにはァ、行かないよォ。今はァ、撤退する時だからねェ」


「あのクソ仮面は、レオパルトを昏睡状態に陥れたんだぞ! 頼む、レオパルトの仇を取らせてくれ!」


「ダメだよォ。ほらァ、お家に帰ろうよォ」


「どうしてもダメってんなら、ここでベイルアウトして、1人で仇を取りに行く!」


「冷静になりなよォ」


 呆れ果てるクーノの忠告も、ガロウズへの怒りで冷静さ――正気を失ったファルの耳には届かない。

 彼は本気で、レオパルトの仇を取るためベイルアウトのためのレバーに手をかけていた。

 

 ガロウズはファルの目の前で、レオパルトの心臓に剣を突き刺したのだ。

 いくらここがゲーム世界であろうと、その衝撃的な光景をファルは忘れていない。

 現実のレオパルト――佐山を昏睡状態に陥らせたガロウズを、ファルは許しはしない。


 武器の確認を済ませ、すぐにでもベイルアウトをしようとしたその時である。

 ヤサカの優しくも鋭い声色が、ファルの鼓膜を震わせた。


《今のファルくんじゃ、レオパルトくんの仇討ちなんて、できないよ》


 そんなヤサカの言葉に、レバーを引こうとしたファルの手が止まる。

 ヤサカは言葉を続けた。


《たぶん、私が一緒に戦っても、ガロウズは倒せない。それどころか、2人ともログアウトさせられちゃって、レオパルトくんを救えなくなると思うよ》


「…………」


《私たちが今やるべきことは、レオパルトくんが確実に目覚める方法を探すことじゃないかな。だとしたら、ガロウズに無謀な戦いを挑むより、生きてお家に帰ることが大事だと思うんだ》


 ヤサカの言葉のおかげで、ファルの失われていた冷静さが拾われていく。

 気づけばファルは、ベイルアウトするためのレバーから手を離していた。


 続けてヤサカは、小さな声で呟くように言う。

 

《それに……これは私のわがままかもしれないけど……もしガロウズを倒せずにファルくんがログアウトしちゃったら、私との約束はどうなるのかな? なんて、思っちゃうんだよ》


「ヤサカ……」


《ファルくん、一緒にお家に帰ろう。お家に帰って、一緒にレオパルトくんを助ける方法を探そうよ》

 

「……そうだな、俺が間違ってた」


 冷静さを取り戻せば、今やるべきことはすぐに理解できる。

 今やるべきことは、怒りに任せてガロウズを倒すことではないのだ。


「みんな、悪い。さっさとここから撤退しよう」


 ファルはプレイヤー解放のため、ガロウズを捨て置き撤退することを受け入れる。

 ファルはレオパルトを救うため、無意味な仇討ちなど捨て去る。

 ファルはヤサカとの約束を守るため、家に帰ることを選ぶ。


《話はまとまったみてえだな。んじゃ、超高速移動開始だぜ》


 飄々とした口調のレイヴン。

 彼の指示に従い、扶桑はライアン・マウンテン基地上空から消え去った。

 1000メートルもの巨体が、一瞬にして、戦場を去って行ったのだ。


 最大の標的を失ったコンドル。

 そんなコンドルに攻撃されぬよう、クーノやラムダたちは戦闘機を低空飛行させ、やはり戦場を去っていく。

 追っ手はいない。


 ライアン・マウンテン基地襲撃作戦は、完全に成功したのだ。

 任務をやり遂げたファルたちは、次の任務のため、我が家である『あかぎ』に向かったのだ。

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