ミッション18—6 ライアン・マウンテン基地襲撃作戦 V

 レーダーに映る、最もクーノに近い敵戦闘機。

 それがクーノの次の獲物であった。


 ファルの意識が飛びそうになることなどお構いなしに、クーノはF150Eを急旋回させる。

 HUDに敵戦闘機の後部が入り込むと、すぐさまロックオンを報せる音が鳴り響いた。

 同時に、再び1発のミサイルが空を飛ぶ。


 ミサイルは見事に命中。

 敵戦闘機はコントロールを失い、翼や尾翼、オイルをばら撒き、落ちていった。


 1機の戦闘機に部隊を半壊させられる。

 この状況に、敵戦闘機パイロットNPCたちは明らかな動揺を示していた。


《4番機が応答しない! どうなってる!?》


《4番機は『フクロウのエンブレム』に墜とされた!》


《なに!? また墜とされたのか!?》


《相手は1機しかいないはずだ……どうなっている……》


 漏れ聞こえてくる敵パイロットNPCの言葉。

 単なるNPCでしかなく、ある程度は用意されたセリフを口にしているだけの彼らだが、その言葉にクーノのテンションが上がった。


「良いねェ良いねえェ、クーノを恐れてるねェ。フフフ、もっと恐怖を味わいたまえェ」


「なに魔王様みたいなこと言ってんだ!?」


「魔王様かァ。悪くないねェ。メリア空軍よォ! 我の力の前にひれ伏すのだァ!」


「なんか妹を思い出す……」


 クーノは随分と楽しそうだ。

 ファルからすれば、冗談じゃなく今のクーノは魔王か妹の沙織にしか見えない。


 さて、ドッグファイトの最中ではあるが、ヤサカから報告が入ってきた。


《ラムたちの空爆は成功、地上部隊もライアン・マウンテン基地内部に突入したみたいだね。クーノとファルくんは順調?》


「順調だよォ」


「絶好調だ。おかげで吐きそうだ」


《ファルくんが無事に帰ってくることを祈ってるよ。もしかしたら、そろそろコンドルが来るかもしれないから、警戒しておいてね》


「はいはいィ」


 ヤサカの報告にテキトーな相槌を打つクーノ。

 しかし彼女は、その傍で1機の敵戦闘機をロックオン、ミサイルを発射していた。

 ミサイルはロックオンした敵機のすぐ側で破裂、爆風と破片で敵機を切り裂く。


 切り裂かれ空中爆発を起こし、小さな破片へと姿を変えた敵機。

 あの敵機は、ヤサカと会話するクーノの片手間で撃墜されてしまったのである。

 

 残された敵機は2機だけだ。

 しかも、クーノはヤサカとの会話を終えた。

 つまり残りの2機は、クーノの本気と戦わなければならないのだ。


「残った敵のうち1機はァ、隊長機だねェ。少しは強いパイロットだとォ、嬉しいなァ」


「いやいや、敵は弱い方が良いと思うが?」


「弱いにも限界があるよォ。アリさんとカマキリさんならァ、カマキリさんと戦いたいなァ、って思っただけだよォ」


「あ、さいですか……」


 ついに強者を求めはじめたクーノ。

 やっぱり魔王っぽい。


 空飛ぶ銀翼の鳥を操る魔王クーノは、残り2機の敵機に食らいついた。

 彼女は楽しみを後にとっておくタイプらしく、先に狙うのは隊長機でない敵機である。


 隊長機でない敵機との対決は、なんとも味気ない結果となった。

 クーノは普通にF150Eを動かす――ファルは失神寸前であったが――と、容易に敵機の背後をとってしまう。

 そしてミサイルが放たれると、敵機はミサイルに破壊されバラバラになってしまったのだ。


「ううん……隊長機に期待かなァ」


 心底がっかりした様子のクーノは、すぐさま標的を敵隊長機に変えた。

 F150Eは敵隊長機を追うため、エアブレーキを駆使し狭い範囲で旋回する。


 最後の1人になってしまった敵隊長機も、ただ墜とされるつもりはないらしい。

 敵隊長機は高度を下げ、山肌をかすめていく。

 そんな彼を追って、クーノも負けじと高度を下げた。


 キャノピーの向こう側では、山の木々が目にも留まらぬ速さで過ぎ去っていく。

 それでもクーノは敵隊長機を逃さない。

 ミサイルはすぐさま敵隊長機をロックオンし、発射され、空を駆けた。


 しかし、ミサイルに追われたと同時に敵隊長機は山の頂上を越え、山に沿うように降下していく。

 この動きにミサイルは対応できず、山の斜面に激突し木々をなぎ倒すことしかできなかった。


「回避された!?」


「やるなァ」


「ミサイルは全部使い果たしたぞ! どうするんだ!?」


「機銃はまだァ、400発残ってるよォ。だからァ、大丈夫ゥ」


 余裕と言わんばかりの口調で、親指を立ててみせたクーノ。

 ファルは彼女を信じ、深呼吸をする。


 全てのミサイルを使い果たしてしまい、軽くなったF150E。

 そのおかげなのか、敵隊長機に追いつくことは難しくない。

 あっという間に敵隊長機は、F150Eの機銃の射程内に入ってしまった。


 クーノは狙いを定め、機銃を撃つタイミングを見極める。

 機銃の残弾は400発もあるのだが、4秒も撃てば弾切れになるため、外すことはできない。

 

 今撃てば当たる、とクーノが判断したまさにその時であった。

 敵隊長機は急減速、機首を上げたまま機体をロールさせ、クーノとファルが乗るF150Eは敵隊長機を追い抜いてしまう。

 いわゆるバレルロールと呼ばれる機動によって、敵隊長機はクーノの背後に回ったのだ。


「このクーノの背後をとるなんてェ、さすがァ。NPCもォ、雑魚ばっかりじゃないみたいだねェ」


「呑気に褒めてる場合か! すぐにロックオンされるぞ!」


 コックピットには敵にロックオンされたことを示す警報が鳴り出している。

 それでもクーノは、ファルと違って余裕の表情。


 余裕のクーノはスロットルを絞り、エアブレーキを使い機体を急減速させる。

 そして操縦桿を思いっきり引き、機首を天に向けた。

 これにより、F150Eは機首を上げたまま横滑りするかのようにゆっくりと飛行、敵隊長機は再びF150Eの前に飛び出してしまう。


 バレルロールに対し、クーノはコブラと呼ばれる機動に似た技を披露し、戦況を元に戻したのである。

 結局のところ、敵隊長機の有利は一瞬で終わりを迎えたのである。


「これでェ、終わりだよォ」


 機体を水平に戻し、加速を開始したF150Eの照準には、敵隊長機の姿が。

 クーノは一切の容赦もなく、それどころか満足げな笑みを浮かべながら、機銃を発射した。


 コックピットのすぐ側を整列して飛び抜ける、数百発の20ミリ弾。

 そのほとんどが敵隊長機の機体を噛み砕く。


《クソ! フクロウのエンブレムめ!》


 悔しさと怒りを無線にぶちまける、敵の隊長NPC。

 彼がそれ以上に言葉を発することはなかった。

 翼をなくした敵隊長機は、無秩序に回転しながら山肌に激突、跡形も残さず四散したのである。


「敵戦闘機ィ、全機撃墜だよォ。やったねェ」


「本当に全機撃墜したぞ……」


 たった1機で、8発の対空ミサイルと500発のバルカン砲で、クーノは8機の敵戦闘機を落としてしまったのだ。

 5機の敵を落とせばエースパイロットと呼ばれるが、クーノは1回の空戦でエースパイロットの要件を満たしてしまったのだ。

 当然、驚くのはファルだけではない。


《空爆が止まないぞ! 第112飛行隊はどこをフラフラと飛んでいるんだ!?》


《第112戦術戦闘飛行隊……全機撃墜されたようです……》


《なんだと!? あり得ない! 空戦を挑んだ国籍不明機は、フクロウのエンブレムの機体だけだろう!?》


《そのフクロウのエンブレムの機体に……全機撃墜されたようです……》


《信じられん……》


 おそらく、ライアン・マウンテン基地の司令部は絶句していることだろう。

 謎の武装集団を前にお手上げ状態であることを、NPCたちのAIは絶望していることだろう。


 だが、ここでメリア軍に強力な援軍が到着した。

 それを伝えたのは、扶桑にいるヤサカである。


《レーダーに強い反応! きっとコンドルだよ!》


 ヤサカの言う通りであった。

 彼女の言葉の直後、扶桑と相対するように、メリア空軍の巨大空中戦艦コンドルが超高速移動を終え出現したのだ。

 これにより、ライアン・マウンテン基地襲撃作戦は新たな段階に移行する。

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